妖怪探偵

C-take

妖怪探偵と雪女

 死体を見つけた。


 それはどこからどう見ても死体だった。


 それは人形のような死体だった。


 それは白磁のような死体だった。


 それは奇跡のような死体だった。


 とにかく綺麗な死体だった。




 探偵を生業なりわいとしている俺のところには、いつも妙な事件ばかりが転がり込んでくる。依頼人は現代を生きる妖怪達。何故そうなってしまったのかはわからないが、妖怪達は俺のことをこう呼ぶ。妖怪探偵と。


 今回の依頼人は雪女。わざわざ東北から遠路遥々電車を乗り継いでやって来たらしい。


「今回はどういったご依頼で?」

「私の冤罪を証明して欲しいんです」

「冤罪とは穏やかではないですね。詳しくお伺いしても?」

「……数日前のことです。私は少女の変死体を発見しました。あまりに美しい氷結遺体だったので、つい見入ってしまったほどです。ですが、それがよくなかったのでしょう。すぐに警察の知るところとなって、事情聴取を受けました。私が雪女だと言うことは近所の方が知っていたので――」

「なるほど。それで白羽の矢が立ってしまった、と」

「警察の方々も「こんなことが出来るのは雪女しかいない」の一点張りで、取り合ってくれないんです。そもそも被害者の方とは面識もないのに。あ、これ、被害者の写真です」

「拝見します。なるほど、これは死体にしておくにはもったいない。ところで、あなたはテレビは見ますか?」

「何ですか? 藪から棒に」

「まぁまぁ、これも捜査の一環ですよ」

「……見ますよ、多少は。旅番組を見るのが好きなので」

「音楽番組やバラエティなどは?」

「そういうのは見ませんね。それが何か?」

「いや。先ほど見せていただいた写真を見るに、ガイシャは有名なアイドルなんですよ。俺もアイドル業界にはそんなに詳しくないんですがね? そんな俺でも知ってるくらいの知名度の」

「そうなんですか。知りませんでした。でも、それなら尚更私には無縁の方ですね。殺す動機がありません」

「けど、それを証明できないから今の状況がある、と」

「残念ながらおっしゃる通りです。どうしたら信じてもらえるんでしょう?」

「それは真犯人を見つけるしかないでしょうね」

「真犯人……。その人はどうやって彼女を殺したんでしょう? あの遺体はどう考えても綺麗過ぎます。私が言うのもなんですが、とても人間の仕業とは――」

「可能ですよ?」

「そうなんですか!? 一体どうやって!?」

「検死をした訳ではないので正確なところはわかりませんが、例えば眠らせた状態で練炭などを使い、一酸化炭素中毒で死に至らしめる方法。これならば死亡した段階で遺体に傷は付きませんし、抵抗した痕跡がないのにも説明がつきます」

「遺体は凍っていたんですよ?」

「写真を見る限り、この少女の遺体には凍傷が見られません。身体が凍り始めた段階で、彼女が既に死んでいたことがわかります」

「写真だけでそこまでわかるなんて、警察の方とはえらい違いですね」

「直接の目撃者でない分、冷静に物事を見られているだけですよ」

「では、彼女を凍結させた方法は? あれほど綺麗な状態で凍結させるなんて、人間に可能なんですか?」

「人体冷凍保存、と言うのがありましてね。方法自体は確立しているんですよ。尤も、本来の用途としては、現代医学で治療が叶わない病気の患者を冷凍保存して、治療が可能になった時点で解凍、治療を施すと言うものなんですが」

「そんなSFみたいなことを、実際にやっている、と?」

「まぁ、オカルトの極みたるあなた方からすれば信じられないでしょうけどね。俺も実物を見たことがないので、その方法で凍結された人体がどのような見た目になるのかは知らないんですけど」

「その方法と言うのは?」

「まず死亡直後に体液を不凍液と入れ替えるんですよ」

「不凍液? これから凍結させるのに?」

「はい。冷凍時における細胞膜の破壊を防ぐためです。これをやらないと、いわゆる冷凍焼けが起こってしまうので」

「ああ、一度冷凍したお肉や野菜が美味しくなくなるあれですね」

「その通り。それから冷凍の方法ですが、恐らく液体窒素を使ったのでしょう。冷凍に時間をかけると、その分細胞は劣化してしまいますから」

「不凍液や液体窒素って、そんなに簡単に手に入るものなんですか?」

「購入するだけならネットからでも可能ですよ。ただ、どちらも人体冷凍保存を行えるだけの量を用意するとなると、かなり高額になるでしょうがね。それにちゃんとした知識がなければ、そもそも人体冷凍保存なんて出来ませんし」

「つまり真犯人は、アイドルであった彼女に近しく、財力と医学知識の双方を持った人間、と言うことですか?」

「まぁ、それだけの条件を満たす人間なんて早々いないでしょうし、調べて見る価値はあるかと。尤も、組織立った犯行であった場合はこの限りではありませんが――」


 と、可能性を口にしたものの、真犯人は恐らく単独犯であろうことは、俺の中ではほぼ確定していた。


 仮に犯人が組織であった場合。アイドル一人を消すのに、死体を晒すような真似はしないだろう。それもわざわざ、手のかかる人体冷凍保存などという手間も費用もかかる方法を使ってまで。


 事故に見せかけて殺す方がずっと楽だし、費用も安く済む。秘密裏に処理する必要があるのなら、そもそも死体が上がらない方法を取った方が安全だ。リスクの多い手段を取る意味は皆無である。


 恐らくだが、真犯人はこう考えたのではないだろうか。少女の時を永遠にしたい、と。


 生きている以上、人間はいつしか劣化する。全盛期でいられる時間はあまりに短く、無常に過ぎ去っていくものだ。真犯人がこれに抗うために犯行に及んだのだと考えれば、納得は出来ないが、辻褄は通る。それほどまでに、この氷結遺体は美しく飾り立てられていたのだから。


 俺は依頼人である雪女とともに、東北の地へと旅立つ。これまでのやり取りはあくまで彼女に希望を持たせるためのカウンセリングのようなもので、肝心の冤罪を解くという依頼が、まだ達成されていないからだ。


 こうして、妖怪の間での俺の評判は広がっていく。たまには人間からの依頼を受けたいものだが、恐らくは期待薄だろう。


 雪女とともに電車に揺られながら、俺はこれからも続くであろう波乱の日々に思いを馳せた。

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