— 2 —
「例えば、文字に化けた線の集まり……」
それは、慰めとして手向けた言葉の筈だった。
「例えば、線へと変わった沢山の点……」
肌を流れる血液の静けさと、脳裏に浮かんだ花の影。指先から生まれてくる、花束の感触。
「苦くて、切なくて……」
私の神経は、まるで赤の他人のようであり。知らない風景ばかりが伝わってくる。紙川様から頂いた言葉。
「すごく、美しかった……」
覚えた台詞の中に隠された空白が、こっそりと。ありありと、浮かび上がってくるのである。
きっと、少し前に起こった事なのだろう。
「祈りは、届いているのでしょうか……?」
彼女は、手紙を書いている。
両方の手のひらが、安らかに。ぴったりと合わさって。指の先から、手首まで。
「
沈むように、脈が流れている。静かな息。心臓の鼓動すらも、ゆったりと。
「どうか、紙川様……」
目は、深く閉じて、瞼の裏がぼんやり見える。冷たく
「どうか、
とくとくと。血液が、肌を流れてゆく。それは、まるで注がれた冷酒のように。
「白い花束に、爪先の血……」
奥深く。心髄を溶かしてゆくのだ。酩酊している、手紙の書き手の精神。ご息女の視界が、明滅するかの如く。
「
何もかもを、得られる気でいる。傲慢な発想。己が身一つで
「だから、お願いです……」
この子の頭を、支配している。伝わってくるのだ。祈りを捧げる、生贄からの手紙。書いた文字に、まざまざと。
「
「贅沢な、沢山のご褒美を……」
実に、望ましい。最適なのである。ぐしゃぐしゃに乱れた、あの子の血液の跡。筆致の色は、
「ください……」
香りは、花冷えの白。膨らんでゆく。お腹に溜まった、ガス状の。
「いっぱいの……」
真っ暗闇。グラスの底の冷たさが。言葉を通じて、広がって……。
「いっぱいの、幸せを……」
脳裏を過ぎった、机に花束。祈りの声が、人気のない雪のように。
「
手紙の中から、聞こえてくる。ひっそりと、溜め息を殺した名残。静かなる空間。部屋の中が、美酒の
混ざり合ってゆく。
熱さに、しんと凍えた手指。血液の流れが合わさって、爪先の神経に集まる。
万年筆を、持っているのだ。
机に置かれた、
この子は、記している。
書き始めたのだ。感謝の気持ちに、溶けゆく記憶。すぐに崩れる、手紙の文体を。
冷たくて、仕方がない。
浮かんだ映像は、朧げで、輪郭だけが残る。次第に変わってゆく、あの子の風貌。眼前の筆跡が、ぐにゃぐにゃと。
揺らいで、移ろってゆく。
形が、固まらない。定まらないのだ。熱の込もっていない、あの子の筆致。嘘が混ざった祈りでは。
——だから、私は差し上げたのに。
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