リアル・マシュマロ・ブレット
矢向 亜紀
第1話
#realmarshmallowbullet
ここ最近、どのSNSを開いてもこのハッシュタグは延々とトレンドに乗り続けている。大体の場合が、このハッシュタグは写真と一緒に使われる。キャンプをしながらマシュマロを焼いて笑う人たちの写真と一緒に。彼らは右手にマシュマロを刺した串を持ち、時々、左手に拳銃を持っている。そしてこんな風にコメントを書き添える。
『倉庫にあった銃弾で、今からマシュマロパーティー! パパの大事な猟銃も、今ではただのマシュマロマシンだよ!』
私は見ず知らずの世界のどこかに居る誰かの写真に“いいね”とハートを押す。反射的に、特にいいとも悪いとも思っていないとしても。
リアル・マシュマロ・ブレット。その名の通り、ある日、世界中の兵器や武器はすべてマシュマロに変わった。
正確に言うと、銃弾や弾丸、爆弾といった固体の兵器はマシュマロ、それを発射する兵器はマシュマロ排出機としての機能以外を失った。兵器を製造していた工場ラインは、お菓子工場よろしくマシュマロだらけ。武器庫には甘い砂糖の香りが充満していると言う。
国際機関からの発表曰く。
「液状の兵器はジンジャエール、気体状の兵器は綿菓子に変わっている。基本的には、殺傷能力の高い兵器ほど変化が早い。どれも殺傷能力を失い、マシュマロに代表される菓子類になったと考えていい」
世界中のお歴々が集まる中開かれた会見で、きっとこの世で一番高い水準の教育を受けて来たであろうお役人は言った。彼もさすがに、こんな晴れの舞台で発言することがやれジンジャエールだマシュマロだなんて話題になるとは、思っていなかっただろう。
しかし現実世界では、すべての兵器が殺傷能力を失い、次々とお菓子に変わっている。
初めは某国の軍事施設で観測されたこの現象は、個人の拳銃保有率が高い国で一般市民に発見され、誰が名付けたかリアル・マシュマロ・ブレットと呼ばれるようになり、#realmarshmallowbullet というハッシュタグと一緒に一気に世界中に広まった。彼らはそれが元々何だったかも気にせず、「マシュマロがあるなら焼いて食べなければなるまい」という確固たる信念に基づいて、次々と庭先でマシュマロを焼いた。
私はそのハッシュタグを眺めながら、ふと、自分の家にある日本刀もいつかマシュマロに変わるんだろうかと思いを馳せる。曾祖父の代から我が家に受け継がれている代物で、かつての祖父の寝室の床の間に置かれている。確か
だけど、存命の家族の中であれを刀として構えたのは祖父だけだ。若かりし祖父が日本刀を手にした写真を、昔どこかで見た記憶があった。その一方、両親も私も、あれを刀として振るったことは一度もない。あの白銀の輝きは、かつて人の血を吸ったことがあるんだろうか? その答えを知っている者は誰も居ない。そのせいか、まだあれは日本刀の形を保っている。
もしあれがマシュマロに変わったら、私は、両親は、一体どうするんだろう?
動画サイトを開けば、あらゆる紛争地帯や戦場の景色が様変わりしているのがわかった。生々しい戦闘の跡が残る瓦礫の中で、子どもたちは地べたに落ちたマシュマロを拾って食べている。道端に転がる兵士の遺体の隣に、大量のマシュマロが落ちている。
しかし、生き残った兵士も子どもも男も女も気にせずに、巨大なマシュマロ製造機になった戦車の前には、大勢の人たちが行列を作っていた。片腕の兵士は、笑顔で彼らにマシュマロを配給している。
『倉庫でジンジャエールを見つけたので飲みました。ぴりぴりして美味しいです』
戦争しか知らない子どもは、生まれて初めて飲むジンジャエールに嬉しそうな顔で笑って見せる。
不思議なもので、最初は『元々兵器だったものを飲み食いするなんて』と思っていたはずなのに、段々とリアル・マシュマロ・ブレットに慣れてしまうと、『どうやって食べようか』の方が最初に頭に浮かぶようになる。遺体と瓦礫の山の中、マシュマロやジンジャエール、綿菓子を食べる人たちを眺めていると、『そんなもの食べて平気だろうか』という心配よりも、『そのまま食べて飽きないだろうか』なんて考えの方が先行するようになる。
いつしか、どこかの国のパティシエが、SNSに #realmarshmallowbullet のハッシュタグと一緒に豪華なデザートの写真を公開した。すべて、リアル・マシュマロ・ブレットで発生した菓子類で作られたデザートで、『世界平和を願って作りました』と、当たり障りのないコメントが添えられていた。
もちろん、この何気ない投稿は世界的に大流行りした。人々はすっかり、巷にあふれる大量の菓子が元は何であったのかを忘れ始めていた。
「お前の顔を見てると、マシュマロになりそうだ!」
やがて、そんな慣用句がSNSから現実世界に広がって流行した。
意味は「お前の顔を見てると気が抜けて、こっちまで呑気で平和な気持ちになる」だった。
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