村長の娘、ジローの正体に気づく


「留守……よろしくされちゃいました。ふふっ」


 キキョウはつい笑ってしまった。


 ジローとは、ほんの数日前に知り合ったばかり。

 なのに、留守宅を預けて行くなんて危機感が無いのか、お人好しなのか。

 いずれにしても、あまり周りにはいないタイプで新鮮だ。


 クン。


 クンクン。


 ずっと気になっていた、鼻孔をくすぐるいい匂い。

 コカトリスのスープ、と彼は言っていた。


 コカトリスといえば、このあたりでは滅多にお目にかかれないレアモンスター。


 その身はオーク――豚とか猪みたいなヤツ――や、オロクス――牛と考えて差し支えない――と比べると脂が少なく、あっさりとした味をしていると聞く。


 高級すぎて実際に口にしたことは無い。


「たまたまコカトリスを見つけたから自分ひとりで倒してスープにしてみた」などと言われても、普通ならば信じはしない。


 しかしキキョウはジローという男がどれだけ規格外なのかを知っている。

 そういうこともあるだろう、と思えてしまうくらいには衝撃的な出会い――正確には一方的に見ていただけ――だったのだから。


 なんにせよ、先ほどから鼻先をくすぐってくる食欲をそそる香りのせいでキキョウはもう我慢の限界だ。


「少しくらいなら……いいですよね」

 

 キキョウは鍋にそっと近づき、手近なところに置いてあった木皿でスープをすくった。


 スープは黄色く透き通っていた。

 それこそ鍋の底が見えるほどに。


「具が……入ってない?」


 スープといえば、茹でた肉や野菜が入っているものではないのか。

 キキョウは首を傾げるが、ふわりと立ち上った湯気の匂いに思わずヨダレが出そうになる。


「ああ、なんて良い香りでしょう」


 ズズッ。コクッコクッ。

 木皿に直接口をつけ、スープを飲む。


「…………ッ!?」


 これまで口にしてきたどんな食べ物よりも豊かな味わい。

 何ひとつ具は入っていないのに、コカトリスの繊細な風味と、野菜の素朴な味が染みだし、溶け合っている。


「これはコカトリスだから? それとも彼のウデ?」


 独りごちながら、頭ではすでに答えは出ていた。

 そんなものに決まっている。


 大事なことは、彼が食材モンスターを自力で狩れる力を持ち、それを高い水準で調理できるという2点。



 キキョウは思い出す。


 まだ宿場として栄えていた頃の活気づいた村を。

 客足が途絶えたことで心労が重なり、身体を壊して他界してしまった母の笑顔を。

 母を喪ったショックで、今では部屋に引きこもって出てこない父の働く姿を。


 ジローの手によって大型モンスターは排除された。

 近隣都市との接続路は復活したから、徐々に客足は戻ってくるはずだ。


 しかし、村が元のように戻るにはまだまだ時間がかかる。


 なにせこの村には人がいない。去っていってしまった。

 人がいないということは、売り手が足りないということだ。


 疲れを癒せる温かい宿、腹を満たす美味しいメシ屋、旅人向けの商店などなど。

 人が集まるところには店が必要なのだ。


 待っていれば、客足の戻りを見て売り手も増えるかもしれない。しかしぼんやりと時の流れを見守るだけなら猿でも出来る。


 この村にがあれば。

 この村にがあれば。


 時の流れを待つまでもなく、この村は息を吹き返すのではないか。


 ジローなら出来る、とキキョウは確信している。


「ジローさんはきっと、この村の救世主メシヤに違いありません」


 初めて彼を見たとき、不思議な詠唱を叫んでいたことを思い出す。


『ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ』


 まるで異国の呪文のようだと思った。


 今ならキキョウにもわかる。

 アレはきっと神の国の神聖な祈りに違いない。


 そしてジローはこの村に恵みをもたらす神の御使みつかいなのだ。


「ああ、神よ。主の御慈悲に感謝します」


 キキョウは村長の娘として、この村に住むひとりの村人として、神に祈りを捧げた。



 さて、ジローが神の御使いだとするとひとつ問題がある。


 キキョウはこれまでジローを『なんかワケアリだけどすごく強い旅人』だと思って接してきた。

 神の御使いだというなら、もっと丁重な扱いをすべきなのかもしれない。


 しかし、キキョウが彼の正体に気づいてしまったことに、彼が気づいたらどうなるだろう。


 もし、これがおとぎ話ならば、正体がバレたことを知った彼は姿を消してしまうだろう。


「もしそんなことになったら大変です」


 村が復興するチャンスを失ってしまう。

 それだけは絶対に避けなくてはならない。


「それなら……私はこれまでどおりに」


 そうだ。

 彼が帰ってきたら、いつもと変わらない笑顔で「おかえりなさい」と出迎えれば良い。


 この秘密は誰にも言わず、自分ひとりの心の内にしまっておけば良い。



   §   §   §   §   §



「ぶわぁぁっくしゅん!」


 なんか、すんごいクシャミが出た。


 ズズッと鼻をすすりながら、俺はギルドの片隅で『危険モンスター討伐リスト』をペラペラとめくる。

 

 なんだろう。

 誰か俺のことウワサしてんのかな……。


 まあ、昨日の今日だし。

 ウワサされてたとしても不思議じゃないんだけど。


 んん?


 なんだか背中に視線を感じたような……。

 後ろを振り向いてはみたものの、こちらを見ている者はいない。

 

「んー。ま、いっか」


 索敵スキルとか持ってるわけじゃないし、あんまり気にしてもハゲちゃいそう。


 俺は再び『危険モンスターリスト』に目を落とす。

 お目当ての食材は、ネギ、ニンニク、ショウガ。


 モンスターの名前とイラストが手がかり。

 手がかりっつーか、もう答えみたいなところがある。


 ネギは……うん、コイツ。

『カモネギソルジャー』だな。

 イラストでもカモがネギ背負っているし、間違いなさそうだ。


 ニンニクは……間違いなく、コイツ。

『ニンニクン』に違いない。

 名前もそのまんまだし、イラストもニンニクそのものに手足生やしただけだ。

 子どもが書いた落書きみたいなモンスターだ。


 ショウガは……たぶん、コイツ。

 この中じゃ一番わかりずらいけど、『ジンジャッカル』だな。

 ジンジャはたぶんショウガを意味するジンジャーのことだ。

 ショウガがどこにあるのか、イラストからは読み取れなかった。実際に狩ってみて調べるしかなさそうだ。



 こうして俺は街を出発した。

 この先に災難が待っているとも知らずに。




 🍜Next Ramen's HINT !!

 『昭和のヤンキー』

 

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