限界ラオタ、野菜スープを飲む


「えーっと。つまり、東の山道に住み着いた大型モンスターを追い払って欲しい、と」

「ええ。アイツのせいで、この村は廃村の危機なんです」


 俺を村に連れてきた女の子の名前はキキョウ=イカルガ。村長の娘さんらしい。


 年齢?

 俺が女性にそんなこと聞けるわけないだろ。



 キキョウさんの住むこの村は、かつては街に一番近い宿場――街まで大体10kmくらい――として栄えていたそうだ。今では見る影もないけど。


 近隣都市との接続路である東の山道。

 そこに危険な大型モンスターが出れば、商人も、旅人も、山道を避けて迂回路を通るようになる。


 遠回りになろうとも、命に勝るものは無い。

 当然、宿場であったこの村に立ち寄る人はみるみるうちに激減した。


 モンスター討伐を冒険者ギルドに依頼したくても、先立つものがない。

 多くの村人たちが、ここでは生きていけないと村を離れていったそうだ。


 村にいくつもある寂れた家屋だけが当時の名残。


 キキョウさんは寂しそうな顔で、そんな話をしてくれた。



 依頼の対価も、この捨てられた家屋のひとつをくれるって話だった。


 俺の『美少女とひとつ屋根の下』という妄想は脆くも崩れ去った。


 とはいえ、家を貰えるのは普通に有りだ。


 冒険者になるためにも、豊かな異世界ライフを送るためにも、固定費のかからない住居はノドから手が出るほど欲しい。


 一応、住める程度に補修はしてくれるみたいだし、依頼を受けない理由がなかった。



「その依頼、受けましょう」

「いいんですか!? すっごく大きいモンスターなんですよ?」

「別に倒してしまっても構わないんでしょう?」

「…………ッ!?」


 俺のチートスキルがあればどうにかなるさ。


 キキョウさんが瞳をキラキラさせて、小さな両手で俺の手を握ってきた。


 うひゃあ。

 こんな可愛い女の子に手を握られるとか。

 前世じゃ考えられない奇跡のような出来事。


 キモい、とか。

 近寄るな、とか。

 スイカの匂いがする、とか言われて避けられる人生だったからな。


 ……イカじゃないぞ、スイカだぞ。間違えるな。


「最っ高です、ジローさん! ああ、私の目は間違ってなかった!!」


 俺のこと最高だって!

 ここはカッコつけておくべきじゃないか?


「この俺に任せておけば――」


 グウウウゥゥゥ!


 タイミング悪く、決め台詞を前にして盛大にお腹が鳴った。そういえば、転生してからこっち何も食べてなかった。不覚ッ!


「お腹、減ってるんですか?」

「あ、いえ、その……はい。恥ずかしながら」

「残り物の野菜スープくらいならありますけど、食べます?」

「も、もしかして! キキョウさんの手料理ですか!?」

「え、ええ。そうですね」


 よっしゃああぁぁい!!


 ここでヒロインの手料理イベントは激アツ!

 よくぞ鳴いた腹の虫、グッジョブだっ!


「いただいても良いんですか?」

「今回だけ。依頼の前払いってことで、いいですよ」


 次からはお金を取るぞ、ってことかな。

 こっちの世界の子はしっかりしてるなあ。


 出てきた野菜スープには、小さくカットされた野菜が申し訳程度に浮かんでいた。

 すごく小さいけど、色から判断するにニンジンとキャベツかな?


 これでお金を取るつもりだったのか……。


 なんてあくど――いや、これはキキョウさんの手作りスープ。それだけで十分に価値がある代物なのだ。


 俺は木製スプーンでスープを一口すする。


 ん?

 


 器の底までしっかりかき混ぜて、もう一口。


 んん?



 ニンジンらしき物体をすくって口に入れる。


 んんんん?



 ああ。涙が出てきた。


「ふふふ。泣くほど美味しかったですか? よほどお腹が減ってたんですね」

「…………はい」


 違う。


 違うんだ。



 あまりのマズさに涙腺が崩壊しただけなんだ。


 まずスープは薄い塩味しかしない。ちょっとしょっぱいお湯だ。

 野菜スープなのに野菜の旨味すら無いのは、いったいどういうことなのか。


 そしてニンジンはめちゃくちゃ土臭い。

 噛めば噛むほどに、口から鼻へと広がっていく大地の香り。


 逆にキャベツは味気なくて繊維ばかりが主張してくる。

 ふやかした紙でも食べているかのようだ。


 キキョウさんの料理の腕に問題があるのか。

 それともこの世界の料理の水準が、このレベルなのか。



 お腹は減っているのに全くスプーンが進まない。

 早くも胃が閉店準備をはじめている。


 俺は胃のシャッターが下りてしまう前に、スープをノドの奥へと流し込んだ。

 野菜が小さくて助かった。


【スキルが解放されました】

──────────────────

☆パッシブスキル

  ・ベジ系Ⅰ

   植物系への特効(小)を得る


解放条件:原生野菜を食べる

──────────────────


 なんそれ……。

 ハッキリいうと微妙な……アクティブスキルのチートっぷりに比べると明らかに見劣りする。


 まあ、すんごいマズいスープだったから仕方ないか。

 それに『Ⅰ』って書いてあるから、これからの成長に期待しよう。


 俺は一晩泊まらせてもらい、早朝から東の山道へと向かうことにした。


 キキョウさんから案内された寝床は、たくさんの干し草が敷かれた小屋だった。

 俺が小屋の中に入ると、先客が「ヒヒィィーン」といななく声がする。


 そう。ここは馬小屋である。


「ここで……寝るんですか」

「あっちの家の方が良かったですか?」


 キキョウさんが指差したのは、うち捨てられし寂れた家屋。


 もちろん補修なんてされていない。

 前世の感覚でいうなら立派な廃墟だ。

 臭いとか汚いとか通り過ぎて、もはや怖い。


「いえ、こちらで結構です」


 最悪だ。繊細なシティボーイだった俺が、こんなところで眠れるわけがない。

 ぶつぶつと文句を言いながら干し草に寝ころんだ。



 ハッ!


 気がついたら朝だった。




 🍜Next Ramen's HINT !!

 『ジビエ料理』


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