夏。冷房の効いた部屋の真ん中で。

佐藤ぶそあ

第1話

 玄関を一歩外に出ただけで、熱気に包まれる。湿度が低いことは救いだが、三歩も進めば屋根の作る影は途切れ、暴力的な日差しが降り注ぐ。

 思わず、手に持った回覧板をかざして影を作った。帽子でも被ってきた方が良かったかもしれない。五分もあれば終わる用事で熱中症の心配をしなければいけないなんて、まったく正気とは思えない暑さだ。

 サンダルの裏から熱を主張する道をぺたぺたと歩いてすぐ隣の家、坂井と表札の下がったドア脇のインターホンを押した。キンコン、と聞き慣れた音が鳴る。都会の方であれば、まず表札を出したりはしないのだろうし、きっと回覧板なんて文化も死滅しているのだろう。田舎なんて、本当にいいところがない。けれど、その文化のおかげで約束がなくても岬の顔を見れるかもしれないわけで。その辺は差し引きプラス……とカウントしておく。

「はい、はい、はい」

 廊下を駆ける音と、声が近づいてきた。カチャカチャと鍵を開けたらしいその声の主は、確認もせずにドアを開けた。

「ケン兄だ。おはよ」

 俺の希望に反して、顔を出したのは岬の妹。湊だった。夏休みだからと、起きた後もそのままごろごろしていたのだろう。寝間着よりはちょっとマシ、程度の私服。

「おはようじゃない。いきなり開けるな。不審者だったらどうする」

「えー、でも、カメラに映ってたよ。ケン兄」

 ちらりとインターホンへ顔を向ける湊。

「癖をつけておけよ。心配だろうが」

 ため息混じりに言えば、俺の話を理解しているのかいないのか、湊はにこにこと笑っている。中学生になっても、こいつは鼻を垂らして俺と岬の後をくっついて回っていた頃から変わらない。

「で、なになに。どっか連れてってくれるの?」

「あほ、これを持ってきただけだ」

 湊からも見えていたに違いない回覧板を押しつける。

「おー夏祭りの案内だ。お母さんとお父さん出かけてるから、次に回すの夕方くらいになっちゃうけど大丈夫だよね?」

 台紙に挟んであるチラシをざっと確認したらしい湊。町会テントに詰める順番の割り振り希望だとか、そんなことが書いてあるはずだ。

「週末までに三班全部に回ればいいって」

「了解、了解」

 用件を終わらせ、「それじゃあ」と言おうとした俺の口が、「ところで」と言った湊の言葉に止められる。

「ケン兄、デートじゃなかったんだ?」

「はあ?」

 なんだそれ知らん、という感情が顔にも声にも出てしまったのだろう。湊が不思議そうに首をかしげる。

「じゃあ、お姉ちゃん誰と遊びに行ったんだろう」

 ちょっと待って詳しく話を聞かせてほしい。

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