夏の技術室にて。

 みんみんみん、と外からはセミの声。あちらこちらからは、運動部の声。

 鏡に映る自分と長浜を見ながら、島田は考えていた。長浜は機嫌良く鼻歌を歌いながら、島田の髪を結っている。

(……どうしてこうなったんだっけ)

 数分前の出来事を、思い返す。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「ねえ島田、髪暑くないの?」

 部活中。長浜が唐突にそう聞いてきた。木材切断の真っ最中だった島田は、電動糸のこを止めて長浜の顔を見た。

「……えっと、どうしてです?」

「え、だって島田は髪長いじゃん。暑そうだなーって」

 言われて、島田は自分の髪に触れた。毛量は調整しているが、長さはしばらくそのままだ。島田の黒髪は肩を越え、もう少しで背中を覆うくらいまで伸びていた。隠れる首は汗で濡れている。

「……まあ、確かに暑いですけど。慣れたので平気です」

「えー、そうなのー? こっちから見てると暑そうなんだけどなー」

「それは、先輩が髪短いからだと思いますけどね……」

 確かに! と長浜は笑う。長浜の髪は相変わらずの癖っ毛で、湿気でいつもよりくるくるとしていた。

「あたし天パなんだよね。だからヘアアレンジとかできなくてさ」

「したいんですか? ヘアアレンジ……」

 島田が思わずそう問い返すと、長浜がにやりとした。

「うん。したいの。それで島田にお願いなんだけど」

「……。何ですか」

 この時点で、薄々察しはついた。

「島田の髪、アレンジさせてよ!」


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 そして、今。技術室に近いトイレで、島田は髪を結われている。

「……先輩、どんな風にするんですか」

「んー? 決めてないよ。島田に似合う髪型を探すの」

 この数分間、長浜はただ島田の髪を撫でている。時折ため息をついている。

「……いやー、綺麗だなーって。何すればこんなさらさらになるの?」

「何もしてないですよ。毎日、ちゃんと髪洗ってるだけです」

「はぁー、羨ましいねえ」

 しばらくそんな風にしていた長浜だったが、やがて「よし」と頷いた。さらりさらりと、島田の髪が揺れる。

(……くすぐったい)

 誰かに髪を触られるのは、久しぶりだった。懐かしい感覚が、島田を包む。

「見て、島田」

 島田は顔を上げた。左右の耳の横に、それぞれ二つの髪の束。

「ツインテール!」

「……」

 眉を寄せる島田。それを見て、長浜は口を開けて残念そうにした。

「ええ、嫌?」

「……嫌……というか、……私には、こんな髪型似合いません」

 可愛いすぎる、と島田は思った。

「そう? ……んー、でも本人が言うんだもんね。変えよう」

 パッと髪を離す。

「次はどうしよう」

「え、まだやるんです? 部活は」

 島田は思わず振り返り、長浜に聞いた。長浜は笑って首を横に振る。

「良いの良いの、どうせ部活は明日もやるんだから。ほら、前向いて!」

「あ、はい……」

 素直に前を向く。長浜はもう、手を動かしていた。

「……はい! できたよー!」

 今回はかなりの時間がかかった。鏡に映る島田の髪は、ふわふわと編まれて綺麗になっていた。

「おお……。先輩、器用ですね……」

「でしょー? これ、似合うんじゃない?」

 島田は手を伸ばし、髪に触れた。かなり細かく編まれている。

(私の髪、こんな風になるんだ……)

 どきどきして、島田は長浜に聞いてみる。

「これ、三つ編みですか?」

「ううん。編み込み」

「編み込み……?」

 島田が知らないヘアアレンジだ。聞いたことはあるがやったことはない。

「それ、朝とかにパッとできますか……?」

「……。……少し、技術と時間がいるかな」

 かくり、と首を傾げる島田。

「……多分、私には無理です……。不器用なもので……」

「うーん、そっかあ……。じゃあ何が良いかな……」

 ゆっくり、三つ編み――いや、編み込みを解いていく長浜。次は何にするのだろう。

「……じゃ、シンプルなのにしよう」

「シンプル?」

 長浜は髪を一つにまとめた。高めの位置に、髪の束を持ってくる。

「ポニーテール」

「!」

 ゆらゆら、束が揺れている。顔まわりがどことなくすっきりして、長浜に言わせたら「暑くなさそう!」という感じなのだろう。

「どう!? 良いんじゃない、これ! 簡単だし可愛いし、島田に似合うよ!」

「確かに……私でも、できそうですかね……」

 振り返った島田に、長浜は何度も頷いた。

「できる、できるよ! 良いじゃん!!」

 頬を真っ赤にして、何度も叫ぶ長浜。

「あー、楽しかった! ありがとね島田ー!」

 島田の手を握り、ぶんぶんと上下に振る。相当テンションが上がっている。

「ちょ、わ、分かりました……」

 頬を染め、島田は俯く。

「……こちらこそ、ありがとうございます」

 その言葉が、テンションが上がっていた長浜に届いたかは分からない。でも、長浜はにっと笑っていた。

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