体育祭中、校庭にて。
体育祭。『学校の行事』と言われ、真っ先に浮かぶ人も多いだろう。二人の通う中学にも、もちろん体育祭はある。
だが、長浜も島田も、別に体育祭が好きではない。部活中も話題にすることなく、本番を迎えた。
「あ、先輩」
「お。島田」
人が溢れている体育館前。長浜と島田はお互いの顔を見つけ、声を上げた。
「島田、黄団なんだ」
「はい。先輩も黄団ですか」
鉢巻を見て、長浜はにやりと笑う。
「じゃあお互い、頑張ろうねえ。島田、何に出るの?」
「私は障がい走に出ました」
言われてみると、島田の額にうっすら汗が滲んでいる。丁度走ってきたばかりなのだろうか。
「お疲れ様。結果は?」
「六位です」
胸を張る島田。長浜は何度か瞬きをし、確認するため言った。
「……つまり最下位?」
「はい」
それが? という顔をしてみせる。そんな島田が面白すぎて、長浜は思わず吹き出した。
「ふっ……ちょ、島田……」
「な。何笑ってるんですか……?」
「だって、最下位なのに……。『ドヤ!』って顔してたよ、今……ふふふふ」
顔を覆い、肩を震わせる。島田は狼狽えた。
「だって、しょうがないじゃないですか……。引いたカードも良くなかったし、元々、足も速くないし……」
「それは、何となく察したけどさぁ……ふ、ふふ」
荒くなった呼吸を必死で整える長浜に、島田は膨れて言った。
「そういう先輩は何の競技に出るんです?」
「あたし? あたしは借り物……ならぬ、借り人競走に出るよ」
『借り人競走』。聞き慣れない単語に、島田は目を丸くした。
「……何ですか? それ……」
「物じゃなくて、人を借りるの。例えば、お題が『陸上部』だったら、『陸上部の人』を借りるんだよ」
なるほど、と頷いた。分かりやすいルールだ。体育祭初参加の島田にも良く分かる。
「前は借り物だったんだけど、物の紛失が問題になってさ。人になったんだって」
「あ、諸事情あったんですね……」
裏事情は話さなくても良かったな、と長浜はぼんやり思った。
まあ、良いだろう。
「二年生ー! 借り人に出る人、並んでー!」
その時、係の招集がかかる。
「あ、あたしもう行かなきゃ。一位取ってくるからね!」
「行ってらっしゃい。頑張ってくださいね」
鉢巻を締め直し、長浜は列へ駆けていく。
「……」
一人、残される島田。
(……後ろの方で、見てようかな)
✳︎ ✳︎ ✳︎
『一位、赤団。二位、青団……黄団、頑張っています!』
若干棒読みの実況が響く。長浜と島田が所属する黄団は、かなり負けていた。
ちなみに去年も負けている。赤団と青団が強いのか、黄団が弱いのか。理由は不明だが、とにかく黄団は体育祭で勝てていない。
(ここは一位、取りたいな。島田も頑張ったみたいだし)
やはり、緊張する。ピストルの音が鳴るたびに、長浜の肩はびくりと跳ねる。
「長い靴下の人ー!!」
「テニス部の人! 誰か、いませんか!?」
呼びかける声が続く。お題のカードを拾い、それに合った人を見つけるのだ。見つけたら、その人を連れて一緒にゴールまで走る。
なお、生徒は一ヶ所に固まっているので探し歩く必要はない。余計な体力を使わなくて良いのは優しいところだ。
(長い靴下の人、って。ピンポイントすぎ)
長浜は苦笑した。次々叫ばれるお題に耳を傾けていたら、もう長浜の番だ。
「位置について」
ふう、と大きく息を吐く。
「よーい」
パン!
ピストルと共に、全員が勢い良く飛び出した。
スタートダッシュには、割と自信がある。上手くいったからか、長浜はトップを走っていた。
『黄団、速いです! 赤団、青団も頑張ってください!』
長浜の目の前には、カードが六枚。取りあえず、長浜は正面のカードを取った。
「あっ」
書かれたお題を見て、長浜は思わず声を上げた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
『黄団、速いです! 赤団、青団も頑張ってください!』
島田は人混みの後ろの方で、真っ先に飛び出した長浜を見ていた。
(先輩、結構足速い……)
長浜がカードを取る。お題が気になるところだ。
人混みの方に走ってきた長浜は、叫んだ。
「島田!! いる!?」
「!?」
思わず、島田は自分の顔を指差す。その間に、長浜が島田の目の前まで来ていた。
「島田お願い! 来て!」
「私ですか!? どうして!?」
「良いから早く!」
ぐい、と手を引っ張られる。訳の分からないまま、島田は走ることにした。
『黄団、借り人を見つけました! 今一位です!』
「ちょ、速……! せんぱ……」
「後ろ来てるから! スピード上げるよ!」
島田は口を閉じた。後ろを見ると、青団の生徒が追ってきている。
(走らないと)
とにかく走った。長浜に手を引かれるまま、ただ彼女の背中を追いかけて。
直後。
長浜の体が、白いテープを突き破った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「……やったー!!」
一位でゴールした長浜は、息を切らしながらもガッツポーズをした。後ろを必死で走っていた島田は、まだ喋る余裕がない。膝に手をつき、何とか深呼吸する。
「島田っ、ありがとね!! 一位、一位だよー!!」
「っは、わ、分かりました。よか、ったです」
ふう、と長く息を吐くと、ようやく落ち着いてきた。上体を起こし、島田は長浜に問う。
「……ところで、お題は? 何だったんですか……?」
「あ、言うの忘れたね。ほんとごめん……」
ぺらり、と長浜がカードを見せる。
「『眼鏡をかけている人』……?」
読み上げて、きょとんとした。確かに、島田は眼鏡をかけているが。
「……いっぱいいるじゃないですか。何でわざわざ、私を……」
そう言いつつ、島田は長浜の顔を見た。
長浜は満面の笑みを浮かべ、こう言った。
「だって、一番最初に浮かんだのが島田だったから!」
島田は何度も瞬きをする。そして、ふっと口角を上げた。
「……そうでしたか」
涼しい風が、長浜の癖っ毛をふわりと揺らしていった。
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