図書ラウンジにて。

 帰りの挨拶もそこそこに、長浜は早足で技術室に向かう。部活のために学校に来ているようなものだから、長浜の部活に対するモチベーションは高い。

「こんにちはー……って、お」

 ドアを開けると、中には既に人がいた。黒髪に、眼鏡。真面目な顔で床の掃き掃除をしている。

「しーまだっ」

「あ。先輩、こんにちは」

 長浜が声をかけると、島田は軽く会釈をした。手は止めない。

「掃除してるの?」

「はい。床に落ちた木屑がすごくって」

 小さくため息をついてみせる島田。そんな彼女を、長浜はにやにやとしながら見ている。

「……何ですか?」

「いや? 島田、本当に慣れたよね。科学部に」

 島田が科学部に入ってから、もう三週間が過ぎた。仮入部期間は終わり、どの部も普通に活動をしている。

 ちなみに、科学部には男子六名、女子一名が入部した。

「そうですか?」

 貴重な女子一名の島田は、木屑を一ヶ所に集めてから奥に進む。あっちを見たり、こっちを覗いたり。ちりとりを探しているらしい。

「そうだよ。最初の内は緊張してたけど、だいぶリラックスしてるじゃん」

 軽く微笑んで、「はい」とちりとりを手渡した。

「ありがとうございます」

 木屑がまとまって、ゴミ箱に落ちていく。

「よし」

 作業を終えた島田は、長浜の隣に椅子を出して座った。

「そういえば、今日の部活は何をするんですか?」

「え? ……んー」

 顎に手を当て目を瞑る長浜。しばらくして目を開け、自慢気に言った。

「特に何もしないよ」

「え?」

 島田の表情は分かりやすい。何を言っているんだこの人は、という呆れた顔になる。

「どういうことですか」

「そのままだよ。だって、科学部ってすることないんだもん。木の加工か、レポート作成か、プログラミング」

「じゃあどれかをやれば良いですよね」

「分かってないなー。今日はね、顧問の先生が来ないんだってさ。先生がいない中で作業ってできないから、何もできないんだよ。……学生って無力だよねえ」

 長浜は机の上に腕を投げ出し、突っ伏した。技術室の机特有の、木の感じが肌に当たる。

「……つまり、『今日は暇』ってことですか?」

「そーゆーこと! やっぱり島田は頭良いね!」

 ぐっと親指を立てる。が、島田の無表情は変わらない。

「じゃあ、ここに来た意味って……」

 ぽつり、そんな声が聞こえた。長浜は目だけ声の方に向ける。

「……島田ってさ、結構科学部好きなんだね」

「はい?」

 島田は目を丸くしたが、少し頷いた。

「……そうですね。プログラミングとかは、好きです」

「良いねえ……。だから、科学部に来たんだね」

 しみじみと、長浜は呟く。

「先輩は違うんですか?」

「……んー……あたし、は……」

 軽く考えて、ぼんやり口を開く長浜。

「……この学校って、全員強制で部活に入れって言われるじゃん」

 島田は黙って聞いている。

「でもさ、あたし……運動部も文化部も嫌だったのね。だから、適当に。何すんのかな、って入ったの」

「そうだったんですか」

「でも、入ってみたら暇な部活だね。話す人いないし。……まあ、どこ行ったって同じだけどね」

 ため息。

「……あの、前から思ってたんですけど」

「ん?」

 島田がおずおずと口を開いた。

「先輩って、友達いないんですか?」

 ぐ、と胸を抑える長浜。

「し、島田。本当に遠慮がなくなったね……」

「あ、す、すみません。失礼だと思ったけど、気になってしまって……。いつも、すごく早く来るし」

 素直な後輩に思ってもいなかった攻撃を受けた長浜だったが、ほんの少し笑って言った。

「島田の質問の通り。あたし、友達いないよ」

「……。……どうして」

「なんかねー……。分かんないよ、あたしにも。できないものはできないんだもん」

 長浜は頬杖をつき、ぼんやりと宙を見る。遠い目をしている。

「部活来ないと暇なんだよね」

「そうだったんですか……」

 島田が黙る。長浜も、これ以上話すこともないので黙る。

 何となく、気まずい。暇を潰そうにも何もできない。


「……そうだ!」

 突然、長浜は席を立った。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「はい到着ー!」

「ちょ、先輩。ここは」

 長浜の足が、たん、と一番上の段を踏んだ。広い空間に、声が良く響く。

「どこ、ですか? ここ……」

「ここはね? 図書ラウンジだよ」

 辺りを見回す島田。どうやら、ここに来るのは初めてらしい。

「本、こんなにいっぱいあるんですね。知らなかった……」

 本。本。本。どこの棚も本でいっぱいだ。教室の四分の一ほどの小さなスペースが、本の匂いで満ちている。

「良いとこだよね。ここ、最高のサボり場所なんだよ」

 とん、と背表紙に触れながら長浜は言った。しゃがんで、適当な本を引き抜く。

「あ、ほら。見てこれ。あたしが小学生の頃に読んでた本」

「へえ……。確かに、色々置いてあるんですね」

 島田は少しかがんで長浜の手元を覗いた。すいすいと、視線を背表紙に滑らせていく。

「島田って、本、好き?」

「好きです。小学生の頃は、ずっと図書室にいました」

「へえー……」

 少し、無言になる。長浜が口を開いたのは、適当に取ってめくっていた一冊を本棚に戻した時だった。

「……もしかして島田ってさ」

「はい?」

「……友達いない?」

「……」

 眼鏡に手を当て、黙っている島田。

「……はい。いないです」

 島田は相変わらず仏頂面だ。その言葉に含まれた感情は、長浜には読み取れない。

「……もう、作るのも億劫になってしまって」

 それだけ、島田はぽつりと言った。

(何があったんだろう。島田は……)

 「何があったの?」と聞けるほど、長浜と島田は仲良くない。二人の仲は、ただの『部活の先輩と後輩』というだけだ。

「――そっか。あたしたち、仲間だね」


 だから長浜は、それだけ言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る