しまえなが

たちばな

技術室前廊下にて。

「あの、長浜さん」

「はい!」

 男子生徒に呼ばれて、長浜は振り返った。同学年なのに敬称が抜けないその生徒は、『科学部』と書かれたポスターを持っている。

「これ持って、新入生呼んでくれませんか……? 俺らで仮入部の人の対応するんで」

「あ、了解! 頑張ってくるよ。佐藤くんも説明頑張ってよね」

 笑ってポスターを受け取り、技術室を出る長浜。廊下には、大量に人がいる。

 バスケ部の練習を眺める生徒、卓球の体験をする生徒――……。緑のラインが入った真新しい上履きは、新入生だ。

(眩しいなぁ、一年生って。……いや、あたしも去年はそうだったけどさ)

 自分で自分にツッコミを入れて苦笑し、長浜は大きく息を吸い込んだ。

 そして叫ぶ。

「科学部、どうですかー?」


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「じゃあ今日の活動は終わり!」

「お疲れ様でしたー」

 お疲れ様でした、と長浜は口の中で小さく言った。机の下から自分の鞄を引っ張り出して、背負う。部活が終わったら帰るだけだ。

「あ、長浜さん。ちょっと」

「え? どうしたの?」

 誰かに呼び止められる。部活が始まる時、長浜にポスターを渡した男子生徒の佐藤だった。

「その、……新入生、立ち止まってた?」

 長浜は肩をすくめた。

「ぜーんぜんだねぇ。皆バスケ部とか、卓球部とかに見入っちゃってるよ」

「やっぱりそうか……」

 しゅんとした様子の佐藤。部員が少ないせいでこの春から副部長になった佐藤は、どうやら新入部員のことを気にしているらしい。

 一年生が部活を体験する『仮入部期間』。この時期に部員を集めないと、科学部の人数は大きく減ってしまうのだ。

 もちろん長浜も焦っていたが、とりあえず笑顔を浮かべた。

「まあ、あたしは明日も人寄せするからさ。お互い頑張ろ?」

「……うん。そうだね」

 ようやく佐藤の顔から力が抜ける。そして、「じゃあ」と満足気に去っていった。

(……改めて振り返ると、誰も来なかったな)

 技術室を出て、廊下を歩いていく。その間で、長浜はぼんやりと考える。

(科学部って人気ないのかな。……うーん、それはないだろうけど。でもな)

 昇降口の奥の方に、一年生数名の姿が見えた。「何部行ったの?」「バレー部!」という賑やかな会話が聞こえる。仮入部に行った部活の話で盛り上がっているらしい。

 自分の癖っ毛に指を絡ませながら、長浜はしばらくそれを見ていた。一年生たちが長浜に気づくことはなく、さっさと昇降口を出ていく。

「良いな、友達……」

 一人になった瞬間、ぽつりとそんな言葉が溢れる。

(いや、そんなこと言ってないで帰んなきゃ)

 車庫まで走り、長浜はすぐ自転車に乗った。

 科学部の女子は長浜一人だ。他の部員は全員男子。思春期において性別の壁というのは分厚いのか、ただ単に科学部男子が女子に慣れていないのか。原因は知らないが、部員の対応はどことなくよそよそしい。それが、長浜は寂しかった。さらに長浜には友達もいない。作ろうと努力はするが、中々できない。学校で話す人が限られているので、余計に寂しいのだ。

(女子部員、入ってくれないかな。優しくて、あたしなんかと話してくれるような)

 前方を走る生徒二人を抜かす。横並びで喋っているので長浜が抜かしたことには気づいていないようだ。横に広がりすぎだよ、と心の中で文句を言う。でも、少し羨ましい。

(誰かと一緒に帰りたいな)

 ふと浮かんだ願望を消すように、長浜は一人、笑った。

(無理か)


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「科学部、どうですかー? 楽しいですよー! 男子も女子も大歓迎ー!」

 次の日も、長浜はめげずに人寄せをしていた。相変わらず人が集まる気配はない。皆別の部活に夢中だ。

(良いね、有名な部活は。ただ活動してるだけで部員が来るんだから……)

 さすがに、声を張り上げるのにも飽きてきた。それに、誰も来ないのに必死に叫ぶのも虚しい。

「誰か来てよー……」

 ぐしゃぐしゃと癖っ毛をかきむしって、ため息をついた時だ。

「……あの」

「へ」

 女子生徒が近づいてきた。大人しそうな生徒だ。下ろした黒髪と、黒縁の眼鏡は落ち着いた印象がある。上履きに入ったラインの色は緑。

(新入生だ)

 長浜は目を丸くした。

「ど、どうしたの?」

 女子生徒は眼鏡をくいと上げ、小さく言った。

「……科学部ってここ、ですか」

「え、あ、うん! ここの奥の、技術室で」

 何度も瞬きをして、じっとその生徒の顔を見る。

「一つ、良い?」

「はい」

「科学部に、見学しに来たの?」

 頷く女子生徒。当たり前だ、とその目が言っている。

 女子生徒は真剣な目で言葉を続けた。

「入部したいって思って、来ました」

 長浜の手から、ポスターが落ちた。手が震えている。でもそんなことには気づかない様子で、長浜は生徒から目を離さない。

 違和感を感じた女子生徒の顔が険しくなる。

「あの。どうしたんですか」

「……いんだ……」

「え?」

「新入部員だ……!」

 長浜の拳が、空を突いた。両手でガッツポーズして、長浜は唸る。

「ありがとうっ……ここ、来てくれて。科学部、部員少ないからさぁ……」

「はぁ……そう、だったんですか」

 女子生徒は困惑している。曖昧に頷く仕草も、何もかもが、長浜にとって新鮮だ。顔が興奮で熱くなっていくのが分かる。

「あたしは二年生の、長浜かなめ! 新入部員ちゃん、名前教えてよ!」

「え、えと」

 頬を赤くした女子生徒は、大きく息をついてから言った。

「……島田皐月といいます」

 長浜は満面の笑みを浮かべる。

「これから、よろしくね!」

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