かつて最強であった魔王は人間として生きていけるのか

結坂有

序章:魔王としての最後の記憶

魔王は眠りにつく

 人類と魔族は数百年も戦ってきた。

 だが、魔王はその戦いに疑問を抱いていた。


「なぜ人類と戦わなくてはならない」


 このような事態になってしまった原因は今となってはわからない。それでも魔王は探究し始めていた。

 戦いの先に何があるのか、そもそも戦う理由は何か。必死に探し続けた。


 そして、魔王はこの戦いの真実に辿り着いたのであった。


 魔王の城にて、勇者と魔王が対峙していた。


「俺をここに呼んで何をするつもりだ?」


 勇者のヴィンセントが重々しく口を開く。今にも攻撃を仕掛けてくると警戒しているのだ。

 ヴィンセントは魔王からの呼び出しに応じることを躊躇っていたのだが、手紙の最後に添えられた一言が気になってしまいここに来てしまったのだ。

 その一言とはこうだ


『この世界の真実を知りたければ、来るがよい』


 最初は疑っていた。だが、次第にその言葉は真実味を増しヴィンセントの探究心を刺激してしまったのだ。

 ヴィンセント自身も魔族と人類の戦いに疑問を感じている部分がいくつかあったからだ。


「そう警戒するな。今日は戦うために呼んだのではない」

「人類を何万と殺してきた奴が何を言う」


 ヴィンセントは剣を引き抜き、攻撃態勢に移る。それでも魔王はリラックスしていた。


「確かに俺は人類を殺してきた。それはお前も一緒だろう」


 魔王は冷静に、そして鋭い目でヴィンセントを見つめる。


「人類と魔族の戦争はいつ始まったかわからない。だが、ここではっきりさせておきたいのは魔族は人類とこれ以上敵対したくないと言うことだ」

「今更何を言う!」


 魔王は、大きな布を引っ張る。するとそこには檻があり、小さな人間の少女が閉じ込められていた。


「お前、何を……」


 ヴィンセントの目が怒りに満ちていた。


「落ち着け、こいつは人間ではない」

「どう見ても人間だろ!」

「助けて! 勇者様!」


 少女はヴィンセントに向けて檻の隙間から手を差し伸ばしている。


「人類に敵対しないための証明だ。その剣を収めろ」

「魔王の言葉は信じない。これは全て罠か何かだろ」


 それでも剣を収めようとしないヴィンセントはより警戒を強める。


「仕方ない」


 魔王が勇者に大量の魔力を浴びさせる。人間が耐えられる限界の魔力量に圧倒されながらも、ヴィンセントは剣を握り続けていた。


「頑固なのはいつの時代も同じだな」


 さらに魔王は勇者に容赦なく魔力を浴びさせる。瞬間的に放出された魔力に剣を握る力が弱まる。その隙に魔王はヴィンセントの剣を弾き飛ばした。


「お前の剣はこれから出す魔法を妨害する。大人しくそこで見ていろ」

「くそ!」


 魔王が檻の少女に対して魔法を繰り出す。


「勇者様!」

「……」


 すると少女は紫に光り出し、姿を変貌させる。


「な……これは……」


 檻の中にいたのは少女ではなく見たこともない存在であった。

 変わり果てたその姿に色はなく、形も視界がぼやけてしまっているようにはっきりしていない。ただわかるのは人型の”何か”であると言うことだけだ。


「魔族に変えたのか?」

「そんな非道なことはしない。これがさっきの少女の正体だ」

「嘘だろ」


 人型ではあるが、全身が漆黒で姿がまるで把握することができない。まるで”虚無”だ。


「こいつは人類でも魔族でも、ましては妖精でもない。高次元の存在だ」

「そんな奴がいるのか?」

「ああ、大妖精に調べてもらった。全世界にいるそうだ」


 魔王は確認のために強力な妖精族である大妖精メライアに調べてもらっていたのだ。それで世界各地にいると判明した魔王はヴィンセントにこの話を持ちかけた。


「全世界……」

「安心しろ。魔族は人類と戦争を望んでいない。俺は今からこの高次元の存在を全滅させる」

「どうやって! 全世界にいるんだぞ?」

「俺の魔力量は世界を丸ごと包み込むことができる。少し休むことになるが、できないことではない」


 魔王は城に刻み込まれた巨大な魔法陣に魔力を注ぎ始まる。それと同時に城は音を轟かせながら振動する。


「無茶だ。全世界に魔力を分散させるのはリスクがあり過ぎる!」

「このまま戦争し続けるか? 俺はもっと平和になって欲しい」


 魔王はそれでも魔力を込め始める。

 魔王が求めていたのは戦乱の世ではない。平和な日常であった。


 死と隣り合わせの日常は魔王が望んでいることではないのだ。毎日が戦場、そんな日々に嫌気が差してきた。なぜ魔族と人類は戦わなくてはいけないのか。

 魔王はそんなことをいつも考えながら今日まで生きてきたのであった。


「お前が死んでもか?」

「俺は少なくとも五〇〇年ほど休むことになるだろうが、死ぬことはない」

「五〇〇年……世界は大きく変わるぞ」


 五〇〇年が過ぎれば常識も変わり、技術も流行もすべてが変わってしまっているだろう。だが魔王はそれを承知でこの魔法を行使している。

 そんなことよりも魔王が願っていることはただ一つ。


「ああ、平和になってることを願うよ」


 魔王は願っていることをヴィンセントに話す。

 すると、城に刻み込まれた魔法陣が光り始め、いつでも発動可能な状態になる。魔王は最後に勇者のヴィンセントにあるペンダントを渡す。


「これは?」

「”ニヒル”を見つけ出し、封印する魔導具だ。もし取りこぼしがあったらそれで見つけ出し、お前が封印しろ」

「最後に聞くが、お前は俺を信用しているのか?」


 ヴィンセントは魔王に対してそう問いかけた。


「少なくとも、勇者としては信用している」


 そう言うと魔王は魔法陣とともに強烈な光を放ち始める。そこから発生した黒い煙は瞬く間に世界を覆い尽くし、”ニヒル”を封殺していく。


 しばらくすると黒い煙は消え、先ほどまで檻の中にいた”ニヒル”は消滅していた。


「本当にやったのか?」


 魔法陣の中心には魔王の体が横たわっていた。

 世界を包み込むほどの膨大な魔力を一瞬にして消費した魔王は魂を削ってまでこの魔法を発動させた。

 魔王の魂は特殊で失った部分を再生させることができるのだが、その再生には数百年かかる。


「魔王様!」


 ヴィンセントの背後から美しい人間姿の女性が走り出してくる。その女性は魔王の体を起こし、状態を確認している。


「すまない。俺が説得できていれば」

「いえ、魔王様はずっと前からこのことを計画しておりました。知っていて何もしなかった私も悪いのです」


 美しい女性の目は碧眼で、涙を浮かべていた。


「ところで……」

「申し遅れましたね。私は妖精のアイスです。あなたは人間の勇者でしたね」


 名前を聞こうとしていたヴィンセントにアイスは即答する。


「俺はどうすればいい……」

「今まで通り、人類を導いてください。私は魔王様の魂のために安全な場所を探しに行きますので」

「安全な場所なら、俺の村に祠がある。そこなら大丈夫だろ?」


 ヴィンセントは自分が修行していた祠を安全な場所だと提案する。


「祠ですか。確かに安全そうですね」

「決まりだな。俺が案内する」

「よろしくお願いします」


 ヴィンセントはアイスを連れてその祠に向かう。


 祠は大きな洞窟の中にあり、神聖な場所となっていた。普段人間が立ち入らない奥深くには水源があるのか水が流れており、魔族にとっては過ごしやすい環境となっていた。


「ええ、ここなら大丈夫そうですね」


 アイスは周囲の岩の環境などを調べながら、答える。


 ヴィンセントは大きな袋で隠していた魔王の体を地面に横たわらせる。


「短くて五〇〇年の眠りか……俺なら耐えられないかな」

「先の魔法で魔王様の魂は激しく削れてしまいました。修復するには五〇〇年か、それ以上の時間がかかりますね」


 アイスはそう丁寧にヴィンセントに説明する。

 魔王の魂は酷い損傷を受けたため、その修復に相当な時間がかかると言うことなのだ。


「それもそうか」


 しばらくアイスと話していたヴィンセントは祠から出る準備を始める。


「俺はそろそろここを出る。妖精さんはずっとここにいるのか?」

「ええ、魔王様が復活する日まで」


 アイスは魔王の頭を優しく撫でながら、そう答える。


「……わかった。たまには様子を見にくる」


 アイスにそう言い残しヴィンセントは祠を後にした。


 一人になったアイスは魔王の顔を見つめながら、呟く。


「魔王様の安全は私が保証します。そして、目覚めた時も過ごしやすいよう努力します」


 そして、アイスは魔王の額を撫で、こう囁きかける。


「妖精として、そして幼馴染として、愛していますよ。魔王エビリス・アークフェリア様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る