第99話 逃避行

リーラは、大急ぎでキッドのために食料品やら下着の替えなどの旅支度用品はかき集めはじめた。


 ドニは、部屋の中を見回し、たとえ全部持っていったとしても大した荷物にもならないだろうと思った。


 そんなリーラにギミリは、静かに言った。


「荷物は、体以外、左腕の銀のみでいい。その他の面倒はすべて儂が責任を持つ」


 ドニは食料品ぐらいと思ったが、身軽さのほうが重要だと思いなおした。


 百目鬼の監視網に河原で声をかけてきた青年が写った。どうやら村の中に、侵入してきたようだ。まだ、仲間たちとは、合流していない。これは、青年の独断のようだ。


「ギミリ、敵が待ちきれなくなって動き出した」


 夕日はとっくに山の向こうに沈み。夕闇が辺りを包んでいた。村には、数十件の家があったはずだが、一軒も明かりがついていなかった。もう夜闇に村全体が包まれているようなものだった。


 部屋の奥でビットとリーラは抱き合い、最後の別れを惜しんでいた。


 ドニは、ドアの脇に立ち、ドアをいつでも開けられるように待機した、ギミリはドアの正面に手に粉をのせ待機した。


 百目鬼を通して、ドニにはドアの向こうで何をやっているのか手に取るようにわかった。


 青年が足音を忍ばせドアの前にやってきた。こちらの物音をさぐるようにドアに耳を当てた。


 ドニは、いきなりドアを開けた。耳をドアに当てた格好のまま青年が驚き固まっていた。


 そこにギミリが粉を吹いて火を放った。青年は、一瞬で火だるまになり地面に転がった。


 青年から立ち上る煙は、転がる青年にまとわりつき、ほどなく青年は息絶えた。


 騒ぎを聞きつけ誰かが顔をだすかと思ったが、だれも家の外に出てこなかった。


 ギミリは、奥の二人に聞こえないように声を潜めてドニに声をかけた。


「この辺りの地形は知っているか」

「まさか、知りません。こんなところに村があるのも知らなかったですから」


「そうすると、国境までどれくらいかかるかもわからないな」

「そうですね。私達が歩いてきた獣道は、まだまだ続いているようでしたから、あの道を進めば、どこかの村にでるかもしれません」


「それは、危険だな」

「はい、もうすでに、そういう場所には、伝令が伝わっていると考えたほうがよいでしょう」


「つまり、街や村によらず、国境を超えなければならないわけか。こんなことになるなら、間借りしていていた部屋に干していた魚や燻製を誰かに売っておけばよかった」

「いまから王都にもどるのは危険です。追手がこちらに向かって来てますし、顔や名前は知られずにすみましたが、ドワーフと人族の二人組という情報ぐらいは向こうにもバレてしまいましたからね」


「わかっとる。でもな、食材を無駄にするものは、我慢ならんのだ。それに、実際カネも、食料もなく国境を超えるなど、無謀にもほどがあるぞ」

「一つだけ、手があります」


「ほう、ドニ。頼りになるな。それはなんじゃ」

「私がかつて師匠の元で修行したあと、この国を離れるときに使った抜け道があります。そのときは、今よりもカネも食料も道具も、そして友も何も持っていませんでした。ですが、なんとか通り抜けることができました」


「なるほど、それは良い。実績があるというわけだ」

「実績はありますが、いまこう思い返しても冷や汗がでるほど嫌な思い出です」


「険しいのか」

「険しいです。今度も無事に済む保証はありません。それに、その道を通るためには、一度、師匠の家の近くまで引き返す必要があります」


「そうすると、街からくるやってくる追手たちと鉢合わせする可能性が高くなるわけか」

「そうです。一応、百目鬼がありますが、だいぶ際どい逃避行になるでしょう」


「このまま、奥に奥に逃げていったほうがいいのか、引き返すべきか、たしかに悩みどころではある。が、しかし、儂はこういうとき困難な道を選んできたぞ」

「つまり?」

「儂ひとりなら、引き返す道を選ぶ。幸い、今夜は月夜で、雲もそんなに流れてない。一晩中歩き通せる。相手もまさか追っている自分たちのすぐ脇をすり抜けたとは思わないだろう。時間稼ぎができるわ」

「私もそのほうが、逃げ切れるようなきがします。百目鬼もありますし」

「それじゃそれで決まりだ。敵の脇をすり抜けて、逃げ切ってみようか」


 ギミリは、ビットとリーラに声をかけた。

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