眩しかった

日永田 朝

第1話 短くなんてない

 社会人になって初めての大型連休が訪れた。世はまさにゴールデンウイークの雰囲気に包まれ、テレビに映るニュースは交通情報だったり旅行にお勧めなスポット紹介になってたりする。楽しそうにレポートする芸能人や、空港でインタビューに答える人たちを見ていると虚しくなり、思わずテレビを消してしまった。

「はぁ………」

ため息がこぼれる。最大十連休なんてものは幻覚に過ぎなかった。私が通勤する会社はそんなもの与えず、連休というかただの休みぐらいの日数しか、ゴールデンウイークを味わわせてくれないらしい。

 一人暮らしを始めて一か月。家事は一通りできるため困ったことは無いが、このように世間がはしゃいでいると嫌というほど一人であることが思い知らされる。人恋しいというと聞こえはいいが、ただの大人になりきれていないやつの戯言。特に出かけるところもなく、ともに出かけるような恋人もおらず、こうして部屋にこもって休みを溶かしている。

 昨今うまれたネット文化はすごい。早くに独身街道を歩くことを決めてしまった虚しい女を慰めて、時間を忘れさせてしまう。忘れさせる………。

「今日も同じだろうな………。同じルーティーンなんだろうなぁ」

TwitterやYouTubeをめぐっていると気がついたら朝から昼になり、昼から夜になっている。これが私の連休中の生活ルーティーンである。時間が過ぎるスピードが会社にいる時より数倍速い。平日もこれくらい速かったら楽なんだけど。

 そんなことを考えていると、ピコンとスマホが鳴った。LINEか?と思い画面を見ると、私はゆっくりと目を見開いた。

『急にごめん!近くを通りかかったからさ、今から遊びに行っていいかな?』

すみれちゃんだ。えっ、すみれちゃん!?

 え!!!!うそでしょ!!

 スマホ画面を凝視したまま私は立ち上がり、部屋をせわしなく歩き回る。それほど広くないマンションの一室で歩いたためテーブルに右足の小指をぶつけて悲鳴を上げる。いったい!!!マジで!

 いたいけな小指をさすりながら、私はメッセージに既読を付けた。混乱しながらもどうにか文字を打つ。この数年で培われたフリック入力がいまここで活かされている。誤字脱字はしたくないが既読を付けてしまったからには急いで返信しなければ。相手はなんたってすみれちゃんなんだから。

 すみれちゃんは大学時代に知り合った子である。サラサラの絹糸のような髪の毛がチャームポイントの優しい女の子。私のようなめんどくさがりで物事にまじめに向き合わない人間に優しくしてくれる聖女である。サークルでの活動とかでもその聖女っぷりを遺憾なく発揮し、輝いていた。周りはすみれちゃんの性格に甘えてずるい思考をかがげて寄ってくるやつもいたがそれらは全てバイバイした。なーにが「顔がよければ何でもいい」だよ。下心と楽したい気持ちを少しでも隠せや。

 そんな奴らの心を知ってか知らずか、すみれちゃんはみんなを平等に扱った。最初は天然なのかと考えたけど、仲を深めるにつれてそんなことは無いと分かった。すみれちゃんはちゃんと考えている。考えて行動している。

 だからだろうか。すみれちゃんは他の人になんでも譲ってしまうことが多かった。

「わたしはいいよ。みんな楽しそうだし」

「だからって何でも仕事引き受けるのはやめなよ。疲れるよ」

「大丈夫!わたし、自分のキャパシティーは分かってるから」

肩が凝りそうなこと言うなあと当時の私は思っていた。リーダーシップがある子かと思ったけど単純に断れないだけで。自分から動けるすごい子かと思ったけど、単純に周りをみて行動しているだけで。

 すみれちゃんの性格を完全につかめたのは最近になってからである。

 社会に出て、人波の一部になって、狭い世界からお互い出て生活を始めた。すみれちゃん苦労してないかなと、時々想う。

 今日はそのことについて聞けるかな。こういう話題に触れるのは時間かけなきゃいけないからむずかしいんだけど。

 くったりと色落ちした部屋着のTシャツからそこそこの服に着替える。見栄えぐらいはよくしておかないと。あっ、やばい。お菓子の袋とかそのままになってる。流石にこれはゴミ箱なりに突っ込んでおかないと。

 そうこうして五分ほど経ったころ、また部屋に通知音が鳴り響いた。

『もうすぐ着くよ(#^.^#)』とメッセージが表示される。どうしよう。改めてわかると緊張してしまう。

 脳に蘇るすみれちゃんの姿に心臓が脈打つのを感じながら彼女を待った。

 久々に会ったサークルの聖女はやはり可愛らしかった。

「ごめんね亜美ちゃん。急に来ちゃって………」

「いいよ、いいよ。すること何もなくて暇だったから」

あえて予定を上げるとしたらネットサーフィンをするぐらいだ。本当にただの暇人か廃人である。

「LINEでも送ったけど、近くを通るから会えるなら会おうかなって」

「嬉しいよ。ありがとう。私一人暮らし始めてから、仕事でしか誰かと会話してないからさ」

にへっと笑うと、すみれちゃんも照れたように笑いを返してくれた。これはマジの話である。高校時代の友人や長い付き合いの子もいるにはいるが、みんな忙しいだろうし何より彼らの中で私の存在は浅いものだ。心の中の「友達優先順位」は私は誰であっても上位じゃない。私の中では優先順位が四位くらいの子でもその子にとっては私は十一位くらい。どういう誤差だよ、ほんとに。

 すみれちゃんは何位くらいに私を据えているのだろう。

 考えない方が良いのは分かってるけど考えてしまう。

「亜美ちゃん?どうしたの?」

「へっ!いや、何でもないよ」思わず黙りこくっていたらしい。

すみれちゃんの下がった眉に笑みを向ける。

「そっか」

「うん」

テレビも消してしまった部屋にすみれちゃんがいる。それがひどく違和感で、私はちゃんとすみれちゃんの友達をやれているのか心配になる。淡々とした暮らしを始めた私のもとにわざわざ訪れてくれた可愛い友達にふさわしく。

「そ、そこのソファー座ってて。お茶淹れるからさ」

「大丈夫だよ。長居するつもりはないから」

「え、そうなの?」

さっきから困惑してばかりである。

 決して綺麗とは言えない玄関ですみれちゃんと話をすることになった。

「実はね」

「うん」

「たまたま近くを通りかかったっていうのウソなの」

「え」

不細工な声が口からまろびでた。

 顔を伏せてしまったすみれちゃんがどんな表情をしているかわからない。だが自分の顔は想像できる。きっとみっともなく驚いた顔になっているはずだ。

「亜美ちゃんに言いたいことがあって」

「い、言いたい、こと」

「うん」

 体温が緊張からか上がる。

「結婚するんだ」

「………えっ」

「結婚するの。お相手が決まったってお母さんから言われて。選択肢は無かったの。用意、されてなくて」

 息が詰まったすみれちゃんの声。華奢な体が小さく震えている。

 言いたいことが浮かび上がっては消えていった。結婚、早くない?いつから決まってたの?彼氏なんていなかったよね?選択肢が無かったってどういうこと?

 だれがすみれちゃんをもらっていくの?

「い、」

「?」

「いやだ!」

大きな声にすみれちゃんが驚く。一番驚いてるのは私だ。こんなにはっきり拒絶の言葉を口にしたのは子供のころ以来だった。

「なんで、勝手にすみれちゃんの人生決められなきゃいけないのよ!それに、それに………」

それに、なんだ?

「私………すみれちゃんが他の人のところに行くだなんて」

 下心丸出しの男どもを蹴散らして。すみれちゃんの優しさに甘えながらも彼女の悩みを探って。誰でも平等に扱うすみれちゃんの優先順位に、少しでも上位に立ちたくて。みんながイベントではしゃぐ中、色んな役割をしてくれているすみれちゃんの隣を陣取って手伝って。

 勇気を出して聞いたLINEは今でもしっかり使ってる。真正面から人のLINE聞いたのは久々だった。

 私は………。

「すみれちゃんに結婚してほしくない!」

こんなドラマみたいなセリフを言う時が来るなんて思わなかった。

 言ってしまったあと、すみれちゃんのキョトンとした顔で我に返った。あっつくなった頬に思わず手をやる。

「うわ………えっと、その」

 いますごく恥ずかしいことを言った。その自覚はある。どうしよ、なんてごまかそう。いやでもこれは噓とかじゃないし、ごまかすのは失礼な気が「亜美ちゃん」

「は、はいっ!」

「それほんと?」

「へ?」「今言ってくれたこと噓じゃないよね」「ほんとのこと、だよ」

改めて言われるとすごく恥ずかしい。ほとんど告白に近いじゃないか。

 顔を赤らめてうなずくとすみれちゃんは可愛く笑った。

「さらってくれる?」

「え」

「わたしをあんな家からさらってくれる?わたしも結婚なんてしたくない。人生をあんな人たちに決められたくない」

 優しい、けど強気な瞳だ。

「亜美ちゃんにならさらわれたいよ」

「………私も、自分の心にウソつかないようにする」

 心臓がバックんと脈打つ。

「大好きだよ。すみれちゃん」

「わたしも。好きだよ亜美ちゃん」

 自覚するのが遅くなった気がするが、私は彼女の特別になれた。

 どんなものにも代えがたい。すみれちゃんの隣に私は立つ。

 こうして私は彼女をさらった。


 

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