ボケたがりの彼女たちに、愛のあるツッコミを

わため

prologue代わりのepilogue

信じられないくらいスベったことがある


 信じられないくらいスベったことがある。


 高校入学直後の、最初の自己紹介の場面だった。


 中学卒業のシーズンに色々とあって、おまけに県外の高校に進学したこともあって、心神喪失のうえに自暴自棄。もうどうにでもなれ状態だった。


 中途半端に好かれたり嫌われたりするなら、いっそ、もう二度と、何一つ取り戻せないくらに嫌われてしまいたかった。這いあがれないほどの崖に、落ちてしまいたかった。


 そんな思いを抱えていた俺が、クラスメイトの前でやった最低の自己紹介がこれだ。


『県外の中学から来ました、佐倉真白っていいます。勉強はバンバンしましたが、パンパンはしてません』


 突然の下ネタにクラスは凍りついた。


 あのときの感覚を、俺は今でもよく覚えている。


 生々しいようでいて、現実味の欠片もない、一種の離人体験のようだった。


 完璧な静寂は、一周回って神聖でさえある。


 遠くから賛美歌が聞こえる大聖堂を思わせるような、神秘なる静謐に教室は包まれたのだった。


 結果、頭のおかしいヤツ認定を無事にされて、俺の高校生活は始まる前に終わった。それはもちろん俺の思惑通りの結果だったわけだが、この日の出来事を思い出すたびに俺は七転八倒することになった。


 ただ――。


 人生は、何が起きるかわかったもんじゃない。


 俺は今、全国の中高生四百組を対象にした『学生漫才コンクール』の、決勝ラウンドの場にいる。今は二組目のコンビの漫才が舞台上で行われていて、俺と相方は静かに出番を待っていた。


 前のコンビが、どのくらいウケているかはわからない。というのも、俺たちは耳栓をしているからだ。前のコンビのウケ具合によって、精神を乱されたくなくて。


 ふいに相方と目が合う。俺が意味もなく頷くと相方は微笑み、口パクで俺に何かを伝えてきた。


 ぶっちゃけ、何を言っているのかわからなかったが、


〝私を相方に選んでくれて、どうもありがとう〟


 そんなことを言っているような気がした。


 俺は無言で首を振る。


 選ぶなんておこがましい。俺は彼女に、自分から、相方になってくださいとお願いしたのだ。


 二組目の漫才が終わる。いよいよ俺たちの出番だ。


 耳栓を外すと、MCと観客のやり取りが聞こえてきて、一気に緊張が押し寄せてきた。足が震え、口の中が異様に乾く。心臓の鼓動は、不安になるほどに大きかった。


「――龍が見たい」


 俺は独り言のように呟いた。


 俺が一番好きなお笑い芸人が、前にテレビで語っていたことなのだが、そのお笑い芸人が漫才の大会で優勝したときに、観客の頭上に一匹の龍が見えたらしい。


 演者と観客の熱気がぶつかり、会場が壊れるほどの笑い声が、うねりにうねって、まるで龍のように頭上を駆け巡っていたというのだ。


 その龍を、俺は相方と一緒に見たかった。


「きっと見れるよ」


 相方が、俺の背中に額をつけて言う。まるで俺の心に直接、その言葉を届けるみたいに。


『それでは、決勝ラウンド最終組に登場して頂きましょう!』


 俺たちコンビの名前が高らかに呼ばれる。


 センターマイクがやたらと光って見えた。


 涙が、溢れそうになる。


 本当に、クソみたいな高校生活だった。


 自分から茨の道を選び、人との関わりを避け、お笑いも大嫌いだった俺だが、今は胸を張って言える。俺はお笑いを、そして相方を心の底から愛している。


 茨の道を選んだはずの自分が、こんな華やかな場所へ行けるなんて想像もしかなかった。


 全国制覇を本気で掲げた俺たちの旅は、今終わりを告げようとしている。


 スポットライトという陽の当たる場所へ、俺と相方は駆けだした。

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