第40話新たな地への旅立ち


 サイクロプスとの戦いが終わったボス部屋に、静寂が訪れた。


「今のは、何の魔法?」

 賢者の称号を持つフロリアさんが、あまりの破壊力に驚いている。


「フレームランスとファイアボールを、同時に爆発させただけです」


「同時にって! 一人で二種類の魔法を同時に発動させるなんて有り得ないわ」

 フロリアさんが、信じられないと言うように首を振っている。


「マルシカ殿、ありがとうございました。あなた方が来られなかったら、危ないところでした」

 盾以外ボロボロになっているアンリーヌさんが、フラ付きながら寄ってきた。


「とんでもありません、氷結の乙女の皆さんのお力になれて光栄です」

 マルシカさんがアンリーヌさんの相手をしてくれたので、僕はB級冒険者の中に紛れ込んだ。


「私達は国の調査団の護衛任務でこのダンジョンに来たのですが、あなた方は?」


「私達はロンデニオにある冒険者ギルドのマスターに依頼されて、人を探し来たのです」


「探し人は見つかりましたか? こちらは調査団が全滅してしまって、この有様です」


「見つかったのですが、地上に戻る方法がまだ分からないので困っているのです」


「それはこちらも同じです」

 二人は冴えない表情をしている。


「まずは、怪我人の治療が先決だ。治癒魔法が使える者は働いてくれ」

 ルベルカさんが倒れている放浪の探究者のメンバーの様子を見ている。


「任せておいて」

 カトリエさんが仲間以外の治療もしている。


 サイクロプスが倒れた事で、ヒラリオさん達の呪縛も解けていた。


「皆、来てくれ!」

 サイクロプスがいた場所を調べていたファブリオさんが呼んでいる。


「何かありましたか?」


「あれは何かな?」


「何でしょかね」

 アンリーヌさんが黒い球体に手を伸ばすと、ソフトボール位ありそうな球体が突然光り出した。


『邪神様の邪魔をするのは誰だ!』

 球から低い声が響いてきた。


「何者?」

 アンリーヌさんが剣の柄に手を掛けている。


『我は復活の力を持つオシリスの魂だ。我が復活させたコボルトキングやミノタウロスを封じたのは貴様達か?』


「何の事だ!」

 地方都市の事件は、王都にいるアンリーヌさんの耳には届いていなかったようだ。


『このダンジョンをすぐに再生して、貴様達を滅ぼしてやる!』

 球体の光が強くなり、禍々しいオーラが立ち昇る。


「タカヒロ、何とかしろ!」

 慌てたルベルカさんが叫んだ。


「やってみます」

 7ページ目を開くと、『Aizawa』のサインと球体を描いた。特徴が何もない球の絵なので、力を吸い取る効果が現れるのか心配だった。


 全員が見守る中、静まり返った時間だけが過ぎていく。


『な、何をした。我の力が、霧散していくではないか』


「お前の力は異次元に飛ばしている、いくら出しても無駄だ諦めるのだな」


『オシリスの力は、これだけで終わりではないぞ』

 球体から出ていたオーラがなくなり、光も消えると声もしなくなった。


「あっけなかったな」

 ファブリオさんが笑いながら僕の肩を叩いた。


「簡単な絵でしたからね」

 球体の力を封じた画用紙を切り取ると、アイテムボックスに収納した。


「ゴーレムは呼び出すは、サイクロプスは焼き払うは、おまけに邪神の使い魔の力を封じるとは、信じられない奴だな」

 僕の能力を始めて見た氷結の乙女は、全員驚愕の表情をしている。


「失礼、私はS級冒険者氷結の乙女のリーダーをしているアンリーヌだ。君の名前は?」

 元は真っ白だった思われるが、今は煤けて薄黒くなっている立派な鎧を着た美女が話しかけてきた。


「僕はC級冒険者のタカヒロです」


「C級冒険者、嘘だろ。S級冒険者の間違いだろ」

 C級と聞いてアンリーヌさんがさらに驚いている。


「今はまだC級冒険者に間違いありませんよ」


「マルシカ殿が仰るのなら間違いないだろう、疑って申し訳ない」

 アンリーヌさんが軽く頭を下げた。


「リーダー、盾が光っていますよ、どうされたのですか?」


「本当だ、私にも分からない」


「その盾は?」

 スケッチブックが時々放つ光に似ていた。


「これは古代龍様から授かった大切な盾で、今回も危ないところを何度も救われているのだ」

 アンリーヌさんは、大事そうに古代龍の鱗を加工した盾を眺めている。


「そうなのですね」

 これ以上かかわりたくない僕は身を引いた。


 カトリエさんの聖なる奇跡でケガ人は回復して、放浪の探究者のメンバーも正気に戻って大人しくしている。


「リーダー、この奥に扉が二つあるのですが、どちらも開きません」

 周辺を調べていたオルタさんが報告に来た。


「今の戦いで終わりではなかったのか、このダンジョンはどこまで続いているのだ」

 疲労の色が隠せないアンリーヌさんは、マルシカさんと奥へと進んだ。


「仕掛けらしき物はないな」

 突き当りには、王都に現れた古代龍に似たドラゴンの模様が刻まれた二つの扉が並んでいた。


「この状況を、マルシカ殿はどう思われますか?」

 権力や力に屈しない気丈さと、凛とした神々しさのあるアンリーヌさんだが、大先輩の冒険者であるマルシカさんには敬意を払っている。


「私に任せて頂けますか?」


「はい」


「タカヒロ君、こっちに来て」

 マルシカさんが手招きをしている。


(俺、ここでは最下級なのだがな)

 仕方なく扉に近づいていく僕に、皆の視線が集まっている。


 僕が近づくほどに、アンリーヌさんの持つ盾が強い光を放った。


「間違いないようね。タカヒロ君、貴方が、古代龍が呼んだこの世界に変革をもたらす者なのでしょ」


「な、何を言っているのですか、マルシカさん」

 突然の発言に驚愕した。


「そうですよマルシカ殿。急に何を仰っているのですか」


「アンリーヌさん、その盾をタカヒロ君に渡して貰えませんか」


「これは古代龍様から授かった大事な物、C級冒険者などに渡せる物ではありません」


「古代龍がこのダンジョンに呼んだのは、貴女ではなくタカヒロ君なのです。盾を渡しなさい!」

 いつも大人しいマルシカさんが怒鳴った。


(怖。元S級冒険者の迫力、半端じゃないなァ)

 目くじらを立てる年齢不詳の美人の声に、皆が驚いている。


「は、はい」

 アンリーヌさんが渋々盾を差し出してきた。


『この世界を変革する者よ、よく辿り着いた』

 僕が盾を手にすると光は収まり、何処からともなく声が響いてきた。


『我が鱗を扉にかざせば扉は開く。右の扉の奥には全員が地上に戻れる魔方陣がある。そして、左の扉の奥には新たな地に通じている魔方陣があるが、二人しか入れない。片方を選ぶも、両方を選ぶも自由だ。魔方陣の上にある宝箱の蓋を閉めると転移が可能だ、この世界を変革する者よ新たな地で会うのを楽しみにしているぞ』

 それっきり声は聞こえなくなった。


「これで地上に戻れるぞ!」

 戦いの後の寒々とした部屋に、冒険者達の歓声が響いた。


「タカヒロ君、開けて頂だい」


「はい」

 マルシカさんに言われて盾をかざすと、右の扉が静かに開いた。

 部屋の床には魔法陣が描かれていて、中央には大きな宝箱があった。


「貴方はどうするの?」

 マルシカさんが優しい笑みを浮かべて僕を見詰めている。


(どちらを選ぶも自由か。古代龍も神様と同じような事を仰るんだ。自由だから自分で決めなければならない。僕は時が来れば日本に戻る事が出来るが、転生したミリアナさんにはこの世界しかない。その一つしかない世界がリセットされてしまえば、ミリアナさんはどうなるのだろうか? 僕にこの世界が変革出来るのなら、ミリアナさんのために……)


 僕は思案顔でミリアナさんを見詰めた。自由とは強制されるより大変な事なのだ。


「私も着いて行くわよ。貴方の守り神なのだから当然でしょ」

 右の部屋に入ろうとしない僕に、ミリアナさんが歩み寄ってきた。


「危険な所かもしれないのだよ」


「だからこそ一緒に行くのよ」


「タカヒロ君なら左を選ぶと思ったわ。マスターには私が報告をしておくから心配しないで。それとこれも持って行って頂だい」


「マルシカさん、これはオシリスの魂じゃないですか」

 僕は黒い球体を受け取った。


「ギルドに持ち帰っても解明は難しいでしょうし、貴方なら何かに役立てられるかもしれないでしょ。元気でね」


「ちょっと待って下さい。マキシムさんも連れて帰って上げて下さい」


「リーダーは私達が連れて帰ります」

 遺体を丁重に取り出すと、勇敢な狩人のメンバーが駆け寄ってきた。


「お願いします」


「ここまで運んで下さって、ありがとうございました」

 三人は遺体を部屋の中央に運んでいった。


「他に伝言があれば聞いて行くわよ」


「ジムニー商会のトドンドさんに、暫く帰れないとお伝え下さい」


「分かったわ。ミリアナさんは?」


「師匠をよろしくお願いします」


「任せなさい」

 笑顔を見せるマルシカさんは、部屋の中央に歩いていった。


「元気で戻ってくるのを待っているぞ」

 ルベルカさんをはじめ全員が手を振っている。


「ミリアナ、本当にいいのだね」

 頷くのを確認した僕は、部屋の中に一礼すると扉を閉めた。


 騒がしかった部屋からは、一瞬で物音ひとつしなくなった。


「僕達も行こうか?」

 左の部屋には小さな魔法陣があり、宝箱が置かれていた。


 まるで誰がこの部屋に入るか分かっていたかのように、中にはミスリルのショートソードとミスリルの大剣、それに見慣れない金貨が入っていた。


「まだ何か入っているわよ」

 ミリアナさんが取り出したのは白い球体だった。


 早速、金貨と共にアイテムボックスに入れて確認にしてみた。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇    


 宝箱に入っていた金貨五十枚   新たな地で流通している金貨(一枚、10、000ギル)



 宝箱に入っていた白い球体    用途不明のアイテム


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇    



(不明ってなんですか。今回も肝心なところの説明はないのですね)

 何時もの放置プレイと諦めて宝箱の蓋を閉めると、魔法陣が輝き始めた。





      第一章 完結

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絵描きの異世界旅 @takamitu

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