第32話古代龍のダンジョン その3(ミリアナとの再会)
螺旋階段を下りた下層は見慣れない植物が生い茂ったジャングル地帯で、わずかに人が通った痕跡があった。
「このダンジョンが何日で再生されるのか分からいけど、ミリアナ達がここを通ってからそれほど日は経っていないようね」
植物の切り口などを調べていたマルシカさんが断定した。
「再生ですか?」
「ダンジョンは生き物だからその規模や戦闘による傷み具合にもよるけど、元に戻る習性があって魔物は復活するし壊れた洞窟などは修復さるのよ」
「それでオークが進化している事を不思議がっておられたのですね」
僕はルベルカさんを見た。
「そうなのだ。本来なら元に戻るだけなのに、オークは騎士や魔術師の装備を身に着けていたからな。マルシカはこのダンジョンが何日ぐらいで再生されていると思う?」
「深層でS級冒険者が戦っていると修復に手間取るだろうから、五日から七日と言ったところかしら」
「この跡を追っていけば、ミリアナに追いつけますね」
僕は希が見えて意気込んだが、道なき道は進行を阻んできた。
ルベルカさんとファブリオさんが、草なのか木なのか分からい植物や太いツタを切り倒して、道を開いていってくれた。
「前方に敵が一体だけいます」
「ミリアナ達が討ち損じたのかな?」
ダルさんが周囲に気を配っている。
「あそこに、ばかでかいクモがいるわ」
二十メートル近い巨木と巨木の間に張り巡らされた巣に、三メートルはありそうな黒い魔物がいた。
「マルシカ」
「任せて」
網の目に張りめぐらされた巣の上を動き回るクモに、矢が連射された。
一本は脚に刺さったが、後は攻撃を受けて動きが早くなったクモに全てかわされた。
「火よ、我が敵を焼き尽くせ。ファイアボール」
ゾッタさんの杖から火の玉が発射された。
「私の魔法でクモの巣が燃えないなんて、ありえない」
ファイアボールは細い糸に当たると、掻き消えてしまっていた。
「あそこにぶらさっがているのは、人じゃないかしら」
巣の端を指さすエルミナさんは声を震わせた。
「気をつけろ」
盾を構えたルベルカさんにクモの尻から噴出される糸が絡みつき、十秒ほどで全身が白い糸にくるまれてしまった。
ファブリオさんがロングソードで切ろうとするが、クモの糸は剣を弾く強靭さがあった。
「何とかしないとリーダーが!」
巣に引き上げられていくルベルカさんを見て、エルミナさんが慌てている。
僕は4ページ目を開くとクモの頭と氷槍を描き、中級魔法の威力がないと倒せないと判断し『T.Aizawa』のサインを入れたが、魔法は発動しなかった。
ルベルカさんを吊り上げたクモは、次にファブリオさんに糸を飛ばし始めた。
焦る僕は魔法が発動するまで、重たい鉛筆を動かして絵の修正をしていった。
「強者から狙っているようです。逃げ回って下さい」
僕は鉛筆を動かしながら叫んだ。
「分かっているが、何とかなるのか?」
「あと、数分、逃げ回って下さい」
「分かった!」
ファブリオさんは縮地のスキルを使って、糸をかわし続けている。
「まだか、限界だぞ!」
「描けました!」
僕が叫ぶのと同時にクモの頭に太い氷槍が突き刺さり、動き回っていた巨体がドサッと音を立てて地面に落ちた。八本の足と二本の触肢が暫く蠢いていたが、それもすぐに動かなくなった。
「どうやってリーダーを下ろすの」
「木を倒すしかないが、俺のロングソードでは歯が立ちそうにないな」
「私の魔法で倒すから離れて」
「魔力は温存しておいて下さい」
僕はアイテムボックスからミノタウロスの斧を取り出した。
「それが使えるのか?」
「ミリアナにしごかれてそれなりに体力がついていますから、木を切るぐらいは出来ると思います」
身の丈ほどある両刃の斧を振り下ろすと、心地良い音が響き、一撃で木が倒れた。
「リーダー、生きているか?」
皆が駆け寄ってクモの糸を剥がそうとしたが、剣では歯が立たなかった。
「大丈夫だが、この粘々したやつを何とかしてくれないか」
繭の中からルベルカさんの声が聞こえた。
「何とかするから時間をくれ」
ファブリオさんが必死になっている。
「どいて下さい」
クモの足の先端部分を手にした僕は、布状になっているクモの糸を切り裂いた。
「それは?」
鋼のような糸が簡単に切れた事に、マルシカさんが驚いている。
「クモの足です。クモは自分の出した糸を処理しているのですから、何とかなるのではないかと思ったのです」
「確かに、せっかく確保した餌も糸にくるんだままでは食えないからな。しかし、これが俺の剣よりよく切れるなんて納得出来ないな」
クモの足を手にしたファブリオさんがブツブツと呟きながら、もう一体の糸を切り裂いている。
「いや、助かったぜ。もう少しでクモの餌になるところだった」
ルベルカさんは皆に手伝って貰って、残っている糸を剥がした。
「こいつはダメだ。死んでいる」
ファブリオさんが落胆した声を出した。
レーダーに反応がなかったのでダメだろうとは思っていたが、現実を知ると虚しさがこみあげてくる。
「この人は、B級冒険者勇敢な狩人のリーダー、マキシムさんです」
マルシカさんが手を合わせたので、僕らもそれにならった。
「タカヒロ、ご遺体を連れて帰る事は出来ないかしら」
「大丈夫ですよ、連れて帰ってあげましょう」
僕はマキシムさんの遺体だけではなく、クモの死骸と巣に使われていた糸もアイテムボックスに収納した。
「食料などと一緒に入れて大丈夫なの?」
ゾッタさんが美眉を顰めている。
「大丈夫です。食料は食料の部屋、装備品は装備品の部屋と言う風に分かれていると思っていただければいいと思います」
「本当にお前さんの能力には、呆れて何も言えなくなるよ」
ファブリオさんが大げさに両手を広げている。
ジャングル地帯はどこまでも続いていたが、ダルさんは迷うことなく人が通った痕跡を追いかけていた。
所々に大型昆虫の死骸があるが、魔物の影はなかった。
「少し靄がかかってきたが、この先に何かあるのか?」
「今のところ変わった反応はありません」
「もう少し進んでみるか」
足元が悪くて全員に疲労が見えはじめている。
「三百メートル先に反応があります。ミリアナ達です! 敵も一体います」
見慣れた反応に声が上擦った。
「戦っているとしたらかなり危険だぞ」
ダルさんが指摘するように、さらに靄は濃くなり一メートル先も見えなくなってきている。
「行くしかない。周りの警戒を怠るな」
「はい」
僕は走り出しくなるのを抑えて、ルベルカさんの後に続いた。
「あと百メートルほどです」
「皆いるか?」
「ファブリオだ、いるぞ」
声で存在を確認しなければならないほど靄は濃くなり、手を伸ばせば指先が見えないほどになっている。
「俺とファブリオ、それにタカヒロとで先に行く。他の者はここで待機だ、同士討ちは避けたいからな」
「分かった」
「俺が発煙筒を焚いたら最後の時だ。ゾッタ、最大級の魔法を打ち込め」
「分かったわ。無理をしないようにね」
誰の顔も見えないが、声に緊張感が漂っている。
「タカヒロ、俺達を敵の間近まで誘導してくれ。俺が攻撃を防ぎ、ファブリオが仕留める」
「分かりました」
僕はレーダーを確認しながら、目隠し状態の二人に背後から声を掛け続けた。
前方から人の声が聞こえた。何かに襲われているようで、怒声に悲鳴が混じっている。
「タカヒロ、味方が俺達を襲ってくるようなら、大声で阻止しろよ」
「分かっています。それほど遠くはいないのですが、何と戦っているのでしょうか?」
「分からん。十分に注意しろ」
視界を奪われた戦いにルベルカさんの声が、さらに緊迫してきている。
「タカヒロ、敵は?」
「真っ直ぐ十メートル先です」
「ファブリオ、突っ込むぞ。俺が敵とぶつかったところを狙え」
「オーケー」
二人が同時に走り出していった。
ドスンと激しい衝突音が響き、続いて『ギャー』と魔物の断末魔が上がった。
靄が嘘のように晴れていき、ツタを腕のように何本も伸ばした植物が切り倒されていた。
「助かった」
絡まったツタを解いて立ち上がる冒険者の中に、大剣を持った少女がいた。
「ミリアナ!」
「タカヒロ、どうしてここに?」
「君を探しに来たのだよ。無事でよかった」
ミリアナさんに駆け寄った。
「どうして、こんな危ないところに来ているのよ」
ミリアナさんは怒った顔で僕を睨んだ。
「タカヒロ、よく来てくれたなァ」
「皆さんもご無事で何よりです」
冒険者の中にグランベルさんをはじめ、悠然の強者のメンバーがいた。
「それがそうでもないんだ」
顔色の悪いライフさんがガックリと膝をついた。
ほかにも数人が倒れたまま動かないでいる。
「アルラウネの毒を浴びましたね。これを飲んで下さい」
マルシカさんが革袋から薬の瓶を出して、ライフさんに渡した。
「ありがてィ」
一気に薬を飲みほしたライフさんの顔色がよくなっていった。
「これを他の人にも配って下さい」
「はい」
薬を受け取ったエルミナさんが、倒れている人の治療に回った。
「マルシカさんも真鍮の守り盾の皆さんも、私を探しに来て下さったのですか?」
「我々はギルドマスターに頼まれて、君を探しに古代龍のダンジョンに潜ると言う、タカヒロの護衛任務を請け負っただけさ」
ファブリオさんが僕の肩を叩いた。
「タカヒロ、それに皆さん、ありがとう。敵に追い回されて食料などを失い、命さえ失うところでした。S級冒険者になるのだと粋がっていましたがこのざまです」
ミリアナさんは深く項垂れてしまった。
「冒険者なら高みを目指すのは当然じゃないか。俺達だってもっと強くなりたくてここに来たのだからな」
グランベルさんの笑顔が、傷心したミリアナさんを元気付けている。
「そうだ、何も恥じる事はない。それに、まだ帰れると決まった訳ではないからな。螺旋階段が消えてしまったから、新たな帰路を探さなけば永遠にダンジョンから脱出は出来ない。今からは俺が指揮をとるが、不満がある者はいるか?」
ルベルカさんが集まった全員を見渡した。
「異論はありません、よろしくお願いします」
グランベルさんが皆を代表した。リーダーを亡くした勇敢な狩人の三人のメンバーは、ふさぎ込んでしまっている。
「下層に向かいS級冒険者と合流するのが、もっとも生存率が上がると考えられるので、このまま先に進もうと思う」
「しかし、マップもないのにどうやって下層に?」
「我々は無計画にこのダンジョンを歩き回ってきた訳ではない。タカヒロが下層への道を示してくれるから心配はない、ただ敵がさらに強くなっていくのは確実だから覚悟をしておくように」
「たしかに螺旋階段が消えてしまった以上は下層に向かうしかないだろうが、出発する前にどこかで少し休ませて貰えないだろうか?」
グランベルさん達は空腹と疲労を訴えた。
「野営に適した場所を探すとしよう」
ルベルカさんの指示で、二十一人になったパーティーが歩き出した。
ジャングル地帯を抜けると開けた場所があり、野営の準備が始まった。
「食料は十二分にありますから、遠慮なく食べて下さい」
僕がアイテムボックスにから出した肉や野菜を使って、真鍮の守り盾が食事の準備を整えた。
「タカヒロ、ありがとう」
皆から少し離れた場所で土のカマクラを作っている僕の傍で、ミリアナさんはもじもじしている。
「いつものミリアナらしくないよ」
「タカヒロが探しに来てくれるとは思っていなかったの」
「ミリアナは僕を守ってくれる守り神なのでしょ。そんな守り神がいなくなったら探すのは当たり前じゃないですか」
「私が傍にいては、タカヒロに危険が及ぶかもしれないわよ」
「僕が日本に帰るまで守ると言ってくれたじゃないか。しっかり守って下さいよ、守り神さん」
「任せなさい」
声を出して笑っている僕達を、久し振りにゆっくりとした食事をしている面々が笑顔で見ていた。
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