第31話古代龍のダンジョン その2


「さあ、行くぞ!」

 一息入れるとルベルカさんの掛け声で、三階層に向けて長い長い螺旋階段を下りていった。


「行き止まりだ!」

 螺旋階段が途中で途切れていた。


「タカヒロ、敵の反応はあるか?」


「ありません」


「そうか。深さが分からないから、飛び降りる事も出来ないな」


「引き返すしかないのか?」


「無理よ! 螺旋階段が上から消えてきているわ。覚悟を決めて飛び下りなさい!」

 ルベルカさん達が思案していると、しんがりを務めていたマルシカさんが叫んだ。


「待って下さい」

 試練のダンジョンで採取した蛍石を、アイテムボックスから出して真下に落とした。


「十メートルはありそうだな」

 微かに見えるホタル石の光りを、ダルさんが目測している。


「ぶつからないように、一人ずつ飛び下りんだ。俺からいく!」

 ルベルカさんがそう言って飛び出した。


「大丈夫だ、飛び下りろ!」

 ドスンと音がすると、仄かな明かりの中でルベルカさんが手を振っている。


「俺が最後に行く」

 ファブリオさんの言葉で、順番に宙に飛び出した。


「調査団の多くはここで命を落としただろうな」

 ルベルカさんが完全に消えてしまった螺旋階段を見上げている。


「どうして、そう思われるのですか?」

 僕は戻れなくなった二階層を見上げた。


「騎士は重たい鎧を着ているのだ、決断が遅れて落ちた者は動く事が出来ずに、後から落ちてきた者に圧し潰されしまうからな」


「そうなのですね。亡くなった人はどうなるのですか?」


「ダンジョンはそれ自体が生き物で、侵入した人間や動物を消化吸収して更に大きくなっていくのだ。だから、冒険者がときおりダンジョンに潜って支配者を倒す事で成長を抑えているのだよ」


「危険な仕事をされているのですね」


「危険だが自由だし、実入りもそれなりにあるからな。それにだ、タカヒロ、お前だって冒険者に足を突っ込んでいるのだからな」

 ファブリオさんは、戻れなくなった事など気にする様子もなく明るい。




 三階層は少し進むと急に明るくなり、草原のようなだだっ広いオープンスペースが広がっていた。


「敵です。それもかなりの数がいます」


「螺旋階段が消えてパニックになっているところを襲撃か、やってくれるな。全員戦闘態勢だ」

 真鍮の盾を構えるルベルカさんが指示を出すと、ファブリオさんがロングソードを構え、ゾッタさんが魔法の詠唱を始めている。


「タカヒロ君には指一本触れさせないわよ」

 マルシカさんが弓に三本の矢を番えている。


「一度に三本も射るのですか?」


「そうよ、矢じりには特製の毒も塗ってあるわ」

 ヘソ出しルックのマルシカさんが、平然と怖い事を言っている。


「僕も戦いますよ」

 僕は風魔法を纏わせたショートソードを構えた。


「オークか。ゾッタ、射程距離に入ったら最大魔法をぶち込んでやれ。そして、マルシカさんお願いしますよ」


「何度も言わせないで、呼び捨てにしなさい」

 マルシカさんがルベルカさんを睨んでいる。


「炎よ、我が敵を焼き払え。フレームボール!」

 ゾッタさんが杖をかざした瞬間、オークの群れに火の玉の雨が降り注いだ。


 多くが唸り声を上げる中、鎧を着たオークがロングソードを振りかざして突っ込んできた。


「ばかな。あれって、宮廷騎士の装備じゃないか!」

 ファブリオさんが驚愕している。


『シュー、シュー、シュー、』

 風切る音を残して飛翔する矢は、兜の隙間に突き刺さった。


 倒れたオーガはもがき苦しんでいる。


「凄い!」

 マルシカさんの離れ業に感心した。


「真っ直ぐ向かってくる敵を射るなど、止まっている的を射るのと同じよ」

 マルシカさんは次の矢を番えている。


 オークが投げる石礫はルベルカさんが盾で防ぎ、距離が接近戦へと近づいていく。


「ファブリオ、行くぞ!」

 ルベルカさんが中剣をかざした。


「聖なる光よ、我が仲間に力を。フィジカルアップ!」

 後ろに控えていたエルミナさんが、ステッキを掲げて呪文を唱えると真鍮の鎧が輝き出した。


「何をしたのですか?」


「体力強化の魔法よ。ファブリオはスキルが使えるから必要がないの」

 僕の疑問にエルミナさんが答えてくれた。


 走り出したルベルカさんの盾でオークが弾き飛び、振り下ろす剣で首が飛んでいく。


 ファブリオさんはスキルを使っているのか、オークの間を走りながら華麗な剣捌きで敵を倒していく。


「まだ、来るぞ!」

 ダルさんの叫びと同時に、ルベルカさんの盾に火の玉が当たり爆発した。


「あそこの岩陰からだ!」


「炎よ、我が敵を吹き飛ばせ。ファイアボム」

 ファブリオさんの指さす岩に向かって、ゾッタさんが放った巨大な火の玉が高速で飛んでいった。


 ドカーンと火柱が上がり、岩と一緒にオークが三匹吹き飛んだ。


「タカヒロ、敵の影はないか?」


「はい。近くにはありません」

 ダルさんに言われた僕は、慌ててレーダーを確認した。


「終わったようだな」


「オークが魔法を飛ばしてくるとは思わなかったな」


「宮廷魔術師が使っていた魔道具を使ったようだな」

 死体を調べていたダルさんが、ファイアボールを数発出せる杖を発見した。


「宮廷騎士団に宮廷魔術師団の装備か。オークの知恵とは思えないな」


「オークを指揮している者がいるな」

 真鍮の守り盾のメンバーは戦いの後の分析をしている。


「ミリアナ達もこのオークと戦ったのでしょうか?」


「ミリアナならこの程度の敵に遅れは取らないが、早く探し出さないとまずいな」

 ルベルカさんが渋い顔をしている。


「どうしてですか?」


「このダンジョンの敵は、復活する度に強くなっていっているようだ。オークが騎士団や魔術師団を真似ていると言う事は、更に強い敵がS級冒険者を倒してその装備と力を手に入れたら俺達では手に負えなくなると言う事だ」


「S級冒険者より更に強い敵ですか?」

 ドラゴンに向かっていたアンリーヌさんの姿を思い出した僕は、想像を絶するルベルカさんの言葉に激しい怖気を感じた。


「先を急ごう。ミリアナに追いつけるかは、タカヒロの探索能力に掛かっているからな。敵の動きをしっかり見ていてくれよ」

 ダルさんが歩き出すと皆が続いた。


(凄いなァ。それぞれの力に絶対の信頼を置いているのだ)

 真鍮の守り盾の迷いのない行動に感心した。


「三百メートル先に敵が六体います」

 草原の先に敵影は見えないが、レーダーに赤い〇が現れた。


「その先が、下層に続く階段だろう。油断するなよ」

 ダルさんとルベルカさんの距離が近くなっていく。


「あれはオーガ、それにトロールもいるわ」

 遠目のきくマルシカさんが指さした。


「巨人のお出ましか。オーガは何とかなるが、トロールはスキルを使っても切れないぞ。どうするリーダー?」

 ロングソードの柄に手を掛けているファブリオが、困り顔になっている。


「マルシカ、何とか出来ないか?」


「矢が刺さらないから、毒も使えないわ」


「ゾッタの魔力が尽きるまで魔法をぶち込んで、俺達が止めを刺すしかないか」

 ルベルカさんが決断して皆を見回すと、メンバーが頷いた。


「待ってください。トロールの動きは速いのでしょうか?」


「動きは遅いが一撃で城壁を壊す力があるから、迂闊には近づけないぞ」


「そうですか。動きが遅いのなら僕が倒します。皆さんはオーガを倒したらその場を離れてください」


「おいおい、本気で言っているのか?」

 ファブリオさんが心配そうに見詰めてくる。


「やってみます。マルシカさん、もし一撃で倒せなかったら、僕を抱えて逃げてくれますか?」


「任せなさい」

 マルシカさんがミリアナさんと同じ笑顔を見せた。


「エルミナ、あとは頼むぞ。ゾッタは魔法でオーガをおびき寄せろ。ファブリオとダルは全力攻撃。守りは俺に任せろ。行くぞ!」

 ルベルカさんが走り出して、全員が続いた。


 遠くから放たれたゾッタさんの魔法で、人間の倍ほどあるオーガがドスン、ドスンと地響きを立てながら襲い掛かってくる。


 ルベルカさんの盾が攻撃を防ぎ、ファブリオさんの剣がオーガの手足を切り裂き、ダルさんの投げナイフがオーガの目をつぶしていく。


 僕の傍に立つマルシカさんも弓でアシストしている。


 6ページ目を開くとショートソードを描き、『T.Aizawa』のサインを入れた。光の波紋が幾重にも広がり、ショートソードが突き出てくる。

 土埃を立てながら続いていたオーガとの戦いは、真鍮の守り盾の勝利で終わった。


 人間の三倍以上あるトロールが、地響きを上げながらこちらに向かってくる。


(あれで殴られたら、ペッシャンコだな)

 トロールが振り上げている棍棒が、大木のように見えた。


(ミリアナを見つけ出すまでは、逃げる訳にはいかないのだ)

 十倍の重たさになっているショートソードを上段に構えた。


「マジで、それでトロールを斬ろうと言うのか? ダメだ、皆、逃げる準備をしろ!」

 ファブリオさんが呆れ返って叫んでいるが、意識を集中させている僕には聞こえなかった。


(もう少し)

 トロールが棍棒を振り下ろそうとしている。


「スラッシュ!」

 気合を入れてショートソードを振り下ろすと、剣先が地面にめり込み、地割れが起こった。


 見えない剣撃は空気を引き裂き、迫り来るトロールを真っ二つにして消えた。


「嘘だろ!」

 空気を引き裂いた衝撃波が巻き上げる土埃を避けるルベルカさん達は、驚きの眼差しを向けてきている。


「大丈夫!」


「は、はい。ありがとうござい」

 膝を衝いた僕は、マルシカさんに背後から支えるように抱かれて顔が熱くなった。大きくて柔らかい胸が背中に押し付けられているのだ。


「タカヒロ、凄すぎる!」

 エルミナさんの言葉に皆が大きく頷いている。


「ミリアナに教えて貰ったのですが、剣が重たすぎで続けては使えない技なのですよ」


「一回だけでも十分に凄い技だ、俺に教えてくれ」

 ファブリオさんが食いついてきている。


「話しは後にしろ。タカヒロ、歩けるようなら行くぞ」


「はい、剣を片付ければ大丈夫です」

 草原を抜けた先には、下層に続く螺旋階段があった。


「ここで食事と仮眠を取って行くぞ」

 ルベルカさん達は休む事なく食事の準備を始めている。


(冒険者の体力は底なしなんだなァ)

 座り込んで言われた物をアイテムボックスから取り出している僕は、皆の精力さに感心した。


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