第94話、少しの不安とたくさんの勇気

 試食会に向けての準備を済ませた俺は、出来上がったスイーツを教室に向けて運んでいた。


 アルミのトレイの上には焼き立てのワッフル、それから秋の味覚を使ったスイーツやトッピング用のタピオカが乗せられている。


 朝早くからクラスのみんなに集まってもらえるよう姫野に頼んでいて、時間的にもみんなが席についている頃だろう。


 果たしてどんな反応が返ってくるか、それを不安に思いながら長い廊下を歩いている。


 すると隣を歩く真白がとんっと肩をくっつけて俺の事を見上げてきた。


「龍介、やっぱり緊張してるね?」

「う……分かるか?」

「うん。だって龍介、さっきからずっと不安そうな顔してるから。喜んでもらえるか心配なんだよね?」

「まあそうだな……試食会でどんな反応が返ってくるか、それがちょっと不安でさ」


 前世でバイトしていた喫茶店のスイーツを再現する事は出来たと思う。


 昨日から用意して、朝早くから学校に来て、真白に手伝ってもらいながら、味も焼き加減も食感だって再現出来たはずだ。


 真白はそれを美味しいと喜んでくれて、西川なんか大満足しながらバスケ部の朝練に戻っていった。


 けれどクラスメイト全員を納得させられるか、と聞かれるとまだ不安が残る。


 特に主人公の布施川頼人は俺の事をよく思っていない。

 

 主人公と悪役は水と油のような関係だ。

 その関係は良好なものではなくて、この試食会でも何かトラブルが起こるのではないか、そんな嫌な予感がしないでもない。


 そうして俺が不安に思っていると、真白はそっと俺の頬に手を伸ばしてきて、ふにっと優しくつまんでくる。


「ま、真白……っ。い、いきなりどうしたんだ?」

「えへへ。龍介の緊張をほぐしてあげようと思って」


 真白はにひひと悪戯っぽく笑って、その澄んだ青い瞳を真っ直ぐに俺へ向けてくる。


 俺を安心させるように柔らかで優しい口調で、真白は俺の頬をふにふにとしながら可愛らしい声で語りかけてきた。


「龍介が考え込んでる時の顔、すっごく真剣でわたしは好き。でもでも龍介の笑っている顔はもーっと好き。だから、そんなに気負わないで。龍介が頑張ってきた事は絶対に無駄になったりしないんだから。ね?」


 そう言って真白は頬をつまんでいた手を離すと俺の前でくるりと回ってみせる。


 ふわりと舞う制服のスカートは、まるで天使が羽を広げたように見えてとても綺麗な仕草だった。


「さっ、龍介。美味しいスイーツをみんなに食べさせてあげよっ!」

「ああ、そうだな。真白の言う通りだ。おかげで気が楽になったよ」


 真白に励ましてもらって、不安で曇っていた心が晴れていく。


 そうだ。

 暗い顔のままじゃ俺の想いはきっとみんなに伝わらない。

 

 笑顔でみんなの前に立とう。


 そしてみんなの前で堂々と、俺は俺のやりたい事を全力でやり切ったと胸を張れるように。その先にきっとみんなが笑顔で幸せになれる文化祭が待っているはずだから。


 真白のおかげで沈んでいた心が軽くなって、俺に勇気をくれた真白に感謝を伝えたい気持ちでいっぱいになる。


 それと同時にさっき頬を摘まれた仕返しもしたくなるもので、なんだか真白への悪戯心が芽生えてきたりもした。


「真白、これちょっと持ってて」

「え? うん?」


 不思議そうに首を傾げてスイーツの乗ったトレイを受け取る真白。


 俺はその隙に真白の頬をそっと両手でつまんで引っ張った。


「ふ、ふわわぁ!? ひっふぁるふぁー!!」

「さっきのお返し。俺も真白のほっぺ、引っ張りたくなった」

「むううっ……! ふうふえっ! ひふぉい!!」

「うんうん。何言ってるのか全然分からないな」


 真白の頬はマシュマロみたいにふにふにしていて、むにむにと引っ張っているだけでなんだか癒される。おかげでクラスメイトの前に立つ緊張も完全に吹っ飛んでいた。


 真白も俺に頬を引っ張られて抵抗する素振りを見せながら、怒ったり笑ったりと忙しそうに表情がころころ変わる。それがおかしくて俺もつい笑ってしまった。


 仕返しに満足した俺が手をおろすと、真白は柔らかな頬っぺたをぷくっと膨らませながら抗議してきた。


「ふわってしたっ! むにってしてきたよ龍介!」

「ごめんごめん。ついからかいたくなってさ」

「もうっ……。龍介はすぐわたしをいじめるんだから。でも今回は特別に許します。許してあげます」

「ありがとう真白。本当に元気出たよ。真白のおかげでリラックス出来た」

「ならよしっ。わたしも龍介に笑顔が戻ってくれて嬉しい。龍介はやっぱり笑顔の方が似合うよ」


 真白がそう言ってにひっと可愛らしい八重歯を見せる。その笑顔は俺が大好きな笑顔で、それを見るだけで心が穏やかになって安心できる。


 そんな優しい真白と一緒に、俺は教室へと歩みを進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る