第70話、夏祭り④
「屋台で買った食いもんってなんかうめーよな」
「だね、恭也。屋台に売ってる食べ物ってどうしてあんなに魅力的なのか不思議だよ。どれもこれも食べたくなってしまうから」
「あはっ、そうだよねっ。お祭りならではの雰囲気っていうのもあるのかな?」
「たこ焼き、焼きそば、フランクフルト。チョコバナナにわたあめ。たくさん食べてお腹は満腹だけど、財布はすっからかんだ。まあその分、めちゃくちゃ楽しんだけどさ」
祭りの喧騒と活気に彩られた屋台の明かりと香り。祭りならではの特別な雰囲気も相まって、つい財布の紐が緩んでしまう。おかげで母さんからもらったお小遣いも綺麗さっぱり使い切ってしまった。
だけど、それだけの価値があったと断言出来るくらいに充実した時間を過ごせたと俺は思う。
そうして屋台巡りを終えた俺達は、夏祭りの会場から少し離れた広場のベンチでくつろいでいた。
焼きそばを箸で摘まみながら満足そうにしている玲央と西川。真白はぱしゃぱしゃと水風船のヨーヨーを叩いて遊んでいた。
そんな三人の姿に頬を緩めながら、俺はビニール袋の中で元気いっぱいに泳ぐ宝石みたいに綺麗な金魚を見つめる。
この元気いっぱいな可愛らしい金魚を含めて、俺達は屋台を巡って数々の景品を手に入れた。
射的で取った三毛猫のぬいぐるみ。型抜きで獲得したお菓子の詰め合わせ。その他にもヨーヨー釣りでゲットした水風船やスーパーボール。
どれもこれも俺達の大切な思い出が詰まった宝物、そしてかけがえのない青春の一ページが刻み込まれている。
前世では決して手に入れる事の出来なかった品々を前にして、俺の胸の中には暖かな感情が溢れ出していた。
これも全ては真白を始め、玲央と西川が俺の傍に居てくれるからこそ。
俺一人だけじゃ絶対に味わえなかった最高の瞬間、それを今こうして過ごせている事に心の底から感謝したい。
(本当に……ありがとう)
心の中で感謝の言葉を呟き、俺は大きく伸びをする。
そして夜空を見上げると、視界いっぱいに美しい星達が煌めいていた。
これから花火大会も予定されている、この空模様ならきっと最高の花火が打ち上がるに違いない。
それを真白も楽しみにしているようで、わくわくとした表情で空を眺めていた。
「七時から花火大会だよねっ。もうすぐだねー」
「ああ、そうだな。そろそろ始まる頃合いだし、俺達も移動しとくか」
花火大会の時間も近付いている。
みんなに声をかけ、ベンチから立ち上がろうとした時だった。
玲央は食べ終えた焼きそばを片付けながら、ふと思い出したように口を開く。
「龍介、それならおすすめのスポットがあってね。花火がとてもよく見えて人が少ない穴場があるんだ」
「おっ、いいなそれ。何処にあるんだ?」
「まあついてきてよ。ここから近い場所だからさ」
玲央は爽やかな笑顔を向け、俺達をそのおすすめのスポットへと案内し始める。
その穴場とやらがどんな場所なのか、俺と真白は期待に胸を膨らませながら玲央の後ろについて行く。一方で西川は歩きながらフランクフルトを頬張って、花火より食い気優先といった様子だ。
そうしてしばらく歩いていくと玲央は住宅街に足を踏み入れ、そのまま路地裏を進んでいく。
「この先に階段があってね、そこを登っていくと神社に続く道に出るんだよ。その神社の境内の裏手に回れば、花火を見るのに最適な場所があるんだ」
「へえ、流石は玲央だな。そういう情報もばっちり抑えてるなんて」
「顔だけは広いからね。他にも色々知ってるよ。また機会があったらお披露目させてもらうさ」
「楽しみにしてるよ。玲央のオススメスポットなら間違いないだろうし」
俺が素直に賞賛すると玲央は照れ臭そうにはにかむ。
それから四人で階段を登り、程なくして俺達は玲央が言っていた神社に到着した。
境内の裏手に回って辺りを見渡し、俺と真白は二人揃って感嘆の声を漏らす。
「へえ。こんなところがあったのか」
「わーすごい、ここなら確かに花火がよく見えるかも」
眼下に広がる住宅街、夜空を遮るものはそこになく、鮮やかな色彩を放っている街の灯りと星の瞬きが一望できた。まさに絶景と言える景色が広がっている。
ここなら打ち上がる花火を堪能する事が出来るだろう。それに俺達以外に人の姿はなく、心地良い虫の音の静けさが癒してくれる。
そんな絶景に感動していると、隣に立った真白が俺の袖を引っ張ってきた。澄んだ青い瞳を輝かせ、彼女は嬉しそうな声音で話しかけてくる。
「すごいね、龍介。こんな綺麗な場所で一緒に花火が見られるなんて、夢みたいだよっ」
「そうだな。この景色だけでも来た甲斐はあるってもんだ。そこに花火まで加わるなんて最高すぎる。こんな場所に案内してもらってありがたい限りだな」
玲央に感謝しながら俺は真白に笑いかける。すると真白も満面の笑みを浮かべてくれた。
ちょうどその時、遠くで打ち上げの合図が鳴り響く。
「そろそろ始まるみたいだね。ほら恭也、食べてる場合じゃないよ。花火を見る時は静かにしないと」
「おーそうだな。わりぃ。このフランクフルト美味すぎてよ、ついな」
玲央に注意されてもマイペースな西川の様子に俺と真白はくすりと笑う。
そして俺達は夜空に視線を戻し、その時を待った。
やがて――大輪の花が空に咲く。
暗闇を彩る美しい光の華。真っ暗に染まった空に美しい光の花が咲いては散り、そして再び咲く。次々と打ち上げられる花火を見て、俺達は言葉を失った。
赤、青、緑、黄、紫。様々な色合いが鮮やかに咲き乱れ、美しく力強い輝きを放つ花火に俺達は目を奪われる。
「すっげーぜ、玲央。今年の花火は格別だな」
「うん、本当に。綺麗で迫力満点だね」
普段はこういう事に興味のなさそうな西川も今だけでは目を輝かせて花火を楽しんでおり、この場所を紹介してくれた玲央は誇らしげに微笑んでいた。
「……きれい」
真白は小さく呟き、その大きな瞳を花火に向けて見惚れていた。
澄んだ青い瞳に光の華が反射する。
色とりどりの花火に照らされる真白の横顔は、今まで一番魅力的で綺麗に見えた。
「ああ……本当に、本当に綺麗だ」
花火が打ち上がる度に広がる大きな音に紛れて、俺は誰にも聞こえないくらい小さな声で言葉を紡ぐ。
花火を見ている真白の姿を目に焼き付けながら、彼女の小さな手をぎゅっと握りしめた。
真白は驚いた様子だったが顔を赤くして照れながらも、指と指を絡ませるように俺の手を握り返してくれる。
繋いだ手から伝わる温もり。
それは夏の暑さを忘れさせる程に暖かく、優しいものだ。
指先から伝わってくる温もりに幸せを感じていると、真白の優しい鈴のような囁きが聞こえた。
「玲央くんも西川くんも花火に集中してるから……今だけこうしてても、いいかな?」
「……もちろん」
「えへへ、うれしい」
お互いに小声で話した後、俺と真白は視線を交わして微笑み合う。
そして真白は俺に寄り添うようにして花火を見上げた。
鮮やかな花火が夜空に映える。
その光景を大切な友人である玲央と西川と、そして俺にとって誰よりも愛しい真白と眺められて、俺の心は穏やかな幸せに満たされていた。
これは俺が夢見た最高の青春のほんの一欠片。この一欠片を手に入れる為に俺は必死になって足掻いてここまでやってきたんだ。
夢も希望もない悪役に染まっていた俺が、自らの努力で手に入れた居場所。悪役のままでは決して届かない場所だった。
ただ過ぎ去っていく夏の日々が、かけがえのない宝物に変わる瞬間。それが今訪れているんだと俺は思う。
「わたし、本当に幸せ。来年もみんなでこうやって一緒に見られたら嬉しいな」
「きっと見られるさ。来年も再来年も、それから先もずっとずっと」
「うんっ。約束だよ、龍介」
その言葉に真白は嬉しそうに返事をして、そっと俺に肩を寄せてきた。
柔らかな感触と共に真白の体温が伝わって胸の奥が甘く疼く。
美しい花火に照らされた真白の横顔を横目で眺めながら、俺は夏の夜空を彩る思い出を瞳の奥に焼き付けるのだった。
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