第68話、夏祭り②

 何処からか聞こえる太鼓の音に笛の音色が鳴り響く。ぶらさげられた提灯が明るくなって、商店街にはたくさんの屋台が立ち並ぶ。


 夜が近づき涼しくなり始めた時間帯。多くの屋台の前にはたくさんの人が集まり、焼きそばやたこ焼きなどの美味しい匂いが漂ってくる。賑やかで綺羅びやかな夏祭りの空気に心を躍らせて、俺達は人混みの中を歩いていた。


「うっひょ~! 見てみろよ、何でもあるぜ! 射的に輪投げにヨーヨー釣り!」

「いや、テンション上がりすぎだろ西川。なんだよ、うっひょ~って。初めて聞いたぞ、そんな声」


「龍介、覚えておくといいよ。恭也はテンションが上がりすぎると奇声を出すんだ」

「おいこら玲央、変なこと言うんじゃねぇ。俺はただ祭りの雰囲気に酔っちまってるだけだ」


「それを世間一般ではテンションが上がってるって言わないかい?」

「うっせ。お前だってさっきまで『わぁ、りんご飴だ!』とか言ってたじゃねえか」


「べ、別にいいじゃないか。僕がどんな事を言ったってさ……」

「へへん、ガキの頃から甘いもんになると目の色変える癖によく言えるもんだ。この食いしん坊め」


 興奮気味にはしゃぐ西川と、いつもより口数が多くなっている玲央の様子に思わず笑ってしまう。真白もそんな二人のやり取りを見てくすりと笑っていた。


 真白と一緒に集合場所の広場に行った後の事、玲央と西川の二人も合流してそのまま夏祭りの会場へと向かったのだ。


 二人は真白の浴衣姿に心底見惚れていて、玲央は何度も可愛いと褒めていた。


 流石は男子の理想とする親友キャラである玲央、その褒め方には嫌味がなく自然で様になっていた。


 そんな屈託のない褒め言葉に真白は恥ずかしそうにしていたが、とても嬉しそうな表情を浮かべて笑っていたので、それがなおの事可愛くて俺もつい見惚れてしまう。


 西川なんかは真白のあまりの可愛さに緊張しまくって、硬直してロボットみたいな動きに成り果てていた程だ。おかげで会場に連れてくるまで結構苦労した、今は立ち並ぶ屋台や人の賑わいを見て、そちらに意識がいっているようでようやく落ち着きを取り戻しつつある。


 そして今、俺達四人は夏祭りの喧騒の中に立っていた。


 西川が言ったように様々な種類の出店が並んでいる。


 定番の金魚すくいはもちろん、型抜きにスーパーボールすくいや射的、それを大人も子供も夢中になって楽しんでいる。


 他にもフランクフルトに焼き鳥にわたあめといった食べ物系の店も多くあり、食欲を刺激する香りにお腹が鳴ってしまいそうになっていた。


 そんないつもとは違う街の様子に、俺達も気分が高まっていくばかりであった。


「はいはいー、西川くんも玲央くんもそこまでっ。今はお祭りを楽しんでるんだから喧嘩しないの。ほら、あそこの金魚すくいで勝負しよう?」

「それいいな、真白。一つのポイでどれだけ取れるかを競うのも面白そうじゃないか?」


「それは楽しそうだね、僕もぜひ参加したいな」

「悪くねえな、よっしゃ。おれは昔からこういうの得意だからよ、負ける気がしねぇぜ」


 真白の提案で金魚すくいの屋台へと向かう俺達。


 そこには大きめな水槽があって赤や黒の綺麗な色の金魚が泳いでいた。まるで宝石が敷き詰められているかのような光景に、真白はその澄んだ青い瞳を輝かせる。


「わあ、すごいねっ。見てみて、龍介っ。この子、すっごく可愛いよ。あっちの子はちょっと凛々しい感じがするっ」

「そうだな、確かに綺麗だ。全部同じ金魚でも何か違う気がするな」


「龍介と真白さんの言うとおりだね。同じに見えてもそれぞれ個性をしっかり持ってて、何だか不思議な魅力があるよね」

「ふふん、おれは断然黒い奴だな。一匹狼っぽい雰囲気がカッコイイ気がしてよ」


 四人で水槽の中を眺め、それから俺達はお金を払ってポイと器を受け取った。


「わたしこの子にしよっと。尾ひれがひらひらーってしてて可愛い」

「僕はこっちの子にしようかな。一番堂々としてるからね、大物になる予感がするんだ」

「へっ、玲央は相変わらずだな。んじゃ、おれはこの黒い奴にするぜ。こいつが一番活きが良いみたいだしな。よっしゃ」


 自分達の欲しい金魚に目星をつけた後、各々が好きな場所に陣取り、早速金魚すくいを始めた。


 西川は金魚すくいが得意という話をしていたが、それに嘘はなく手慣れた手付きで狙いの黒い金魚をすくってガッツポーズをしている。


 玲央は慎重に狙っており、金魚がすくいやすいタイミングを見計らっているようだ。


 一方で真白はというと――狙いを定めてポイを水面に沈めたのだが、大きな穴をあけてしまい金魚を逃がすことになってしまった。


 すいすい泳ぎながら逃げていく金魚を見つめて、真白は残念そうに肩を落とす。


「あっ、破けた……。龍介、ポイが破けちゃったよ……っ。わたしの金魚ちゃんが……」

「運動神経は良いのに、こういうのは地味に苦手だよな真白って。よし、ここは任せろ。俺が取ってやる」

「うんっ。ありがとう龍介……」


 悲しげにしょんぼりしている真白にそう言うと、俺はポイを手にして真剣に金魚の動きを観察する。


 ここは任せろ、と格好つけたものの実は俺もこういうのはあんまりやったことがない。


 ゲームは得意な俺だが金魚すくいに関してはど素人だ。前世の記憶を辿っても、こんなに間近で金魚を見る機会なんて殆どなかったに等しい。


 それでも真白がこうして俺を頼ってくれてるのだ。最高の夏の思い出を作ってあげたいと心に誓った以上、真白の為にもここで頑張らない訳にはいかない。


 俺は真白が欲しいと言ったひらひら尾ひれの金魚に全神経を集中させる。そしてその金魚が水面に上がってきて、動きを止めた瞬間を狙い――。


「――ここだ!」


 力を込めず、すっと水面を滑らせるようにしてポイで金魚をすくう。ぴちぴちと活きの良い金魚が紙を破って落ちる前に、素早く水の入ったお椀へと移した。


「龍介すごいっ! もう取っちゃったよ!」


 真白は興奮気味に目をキラキラさせて俺の手元を見てくる。顔を綻ばせて、両手を合わせて喜んでいた。


 その視線に照れ臭くなりながらお椀の中の金魚を覗き込むと、長い尾ひれを揺らしながら元気よく泳ぎ回る金魚の姿がある。


 良かった……真白が欲しがっていた金魚が取れて内心ほっとして胸を撫で下ろす。


 それから屋台のおじさんにお椀を渡して、金魚を水の入ったビニール袋にいれてもらう。


 そして俺はそのビニール袋を真白へと手渡した。


「ほら真白、これあげるよ。大事にしてやってくれ」

「えっ? いいの、龍介?」

「ああ、もちろん。だって真白の為に取ったんだから気にしないでくれ」

「龍介……ありがとう。嬉しい、すごく。大切にするね」


 ビニール袋の中できらきらと輝く金魚を見て、真白はとても嬉しそうに笑う。


 本当に幸せそうな笑顔を浮かべてくれて、俺としても頑張った甲斐があったというものだ。


 喜んでくれる真白が可愛くて、つい人前だというのを忘れていつものように頭を優しくぽんぽんと撫でてしまう。すると真白も気持ち良さそうにふにゃりと頬を緩めて、俺の手を取って猫みたいにすり寄ってきた。


 そんな俺達の様子を西川と玲央はにやにやと笑みを浮かべて見ていた。


「龍介と真白さんの仲の良さは知っているけど、本当に微笑ましい関係で羨ましくなるね」

「全くだぜ。なんつーか、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだな。ナチュラルにイチャつくんだからよー」


 二人にそう言われて俺の顔は熱を帯びていく……なんか改めて言われると凄く気恥しい。


 真白とはずっと一緒にいる幼馴染だからか、こういう事もあまり意識せずに出来てしまう。けれど第三者の目から見ると恋人同士のように映るのだろうか。


 今更ながらそれを自覚して、ますます顔が赤くなっていくのを感じた。


 真白も同じように赤面していて、俺と目が合うと更に頬を赤らめて俯いてしまった。小動物のように縮こまる真白が可愛いけれど、ここで構うと玲央と西川がまた余計な事を言いかねないので我慢する。


 結局は勝ち負け気にせず四人でわいわい楽しんだ俺達は、それぞれ目星を付けた金魚をすくい上げてその屋台を後にする。


 ビニール袋の中の金魚は元気いっぱいに泳いでいて、俺達はその様子を満足げに眺めていた。

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