第45話、お部屋でキャンプ②

「それにしても真っ暗だねー」


 停電で真っ暗になったテントの中、真白は楽しげに呟きながら俺にぴったりとくっつく。


 窓の外に広がるのは暗闇だけで何も見えない。空も分厚い雲に覆われて、雨粒が窓ガラスを強く叩いていた。


 キャンプの為に用意したランタンが俺達にとって唯一の明かりだ。


 停電の後に家族へ連絡してみたが、自宅の方も停電しているようで『天気も悪くて危ないから帰ってこないように。そのまま真白ちゃんの家で泊まっていきなさいね』と母さんから言われた。


 停電の中で真白を一人ぼっちにするわけにもいかない。今日はこのままこの子と二人でくっつきながら夜を過ごすつもりだ。


「真白、コーヒーでも飲むか? 今日のキャンプ用に豆を買っておいたんだ」

「うんっ、飲みたい。ありがとね、龍介」


 真白が笑顔で答えてくれたので、荷物の中からコーヒー豆と携帯用のコンロを取り出す。


 停電しても水道はそのまま使えるのは幸いだ。


 それから俺はアウトドア用のポッドを取り出し、水を汲んで携帯用のコンロで温め始めた。同時にコーヒー豆を手動のコーヒーミルで粉にしてドリップの準備をする。


 真白はそうやって俺がコーヒーを淹れる用意をする姿を、にこにこと楽しそうに眺めていた。


「龍介ってコーヒー淹れるの上手。なんだかお店の人見てるみたい」

「慣れてるからな。コーヒー豆も結構こだわっててさ、真白の好みに合わせて甘味が強いやつ選んできたんだ」


「あは、気が利きますね。流石はわたしの幼馴染、好き嫌いまでちゃんと分かってて偉いっ」

「そりゃ長い付き合いだからな。お菓子もあるんだぞ、お前の好きなチョコクッキーな」


「ふわぁ~、至れり尽くせりで幸せだぁ」

「大袈裟な奴め。ほら、お湯が沸いたぞ。今コーヒー淹れてやるから」


 真白は嬉しそうにこくりと首を縦に振った。


 俺はドリッパーにペーパーフィルターをセットして、挽いたばかりのコーヒー豆を中に入れる。


 そしてその上から沸き立てのお湯を注いでいった。


「すっごく落ち着く香り。それになんか贅沢な時間を過ごしてる感じある」

「確かにな。こういう時間もたまには良いもんだよな」


「うんっ、停電だけどね」

「停電だからこそさ。普段とは違う特別感があるだろ」


「まあねー。こういう時ってわくわくする、ちょっとした非日常みたいで」

「だよな。俺も今、正直わくわくしてる」


 雨と風で森林公園でのキャンプが中止になり、真白が代案としてお部屋でキャンプをしたいと言い出した時は驚いた。


 それからまさかの停電で、本当に家の中でキャンプをするような状態になっている。普段は過ごせない非日常な時間を俺達は満喫していた。


 これからテントの中でトランプをしたり、ごろごろ横になりながら他愛もない話をしたり、普段とはまた違う時間を真白と過ごすのだ。そう考えるだけで俺の心は自然と弾んでいく。


「出来たぞ。真白の為のスペシャルコーヒーだ。ミルクたっぷり、砂糖も多め、だろ?」

「えへへ、ありがとー。わたしの好み、ばっちりです」

「それは良かった。じゃあ冷めない内に飲もう」

「うんっ。いただきますっ」

「はい、召し上がれ」


 俺達はマグカップを手に並んで座り、ランタンの小さな光を頼りにゆっくりとコーヒーを味わう。


 真白は満足げに微笑みながら、こくこくと美味しそうに喉を鳴らして飲んでいた。


 俺も自分の分のコーヒーを口に運んだ。フルーティーで甘味のある芳ばしさがすっと口の中に広がっていく。


 こうしてテントの中で飲んでいるだけで、いつもよりずっと美味しく感じるのだから不思議なものだ。


 それに俺に寄りかかってくる真白の温もりが心地よい。真白もふにゃりと頬を緩ませて気持ち良さそうにしている。


「幸せ……龍介とこうやってくっついてのんびりするのって。とっても落ち着く」

「テントの中って狭いから、なおさら近くに感じられるよな」


「そうだね。この狭さが安心するっていうか、なんだかほっとする。秘密基地で遊んでた小学生の頃を思い出しちゃう」

「ああ、よく覚えてる。真白と公園に秘密基地作って遊んでた事とかあったよな」


「そうそう。公園の茂みの奥のとこにさ、二人でダンボール箱もってきて秘密基地作って。毎日学校終わったらそこで遊んでたよねっ」

「あの時も俺と真白で狭い狭いって言いながらくっついてたっけか」


「あは、懐かしいー。あの頃からずっと一緒だったもんね、わたし達」

「そういえば、真白って暗いの怖いくせに秘密基地の中から出てこないでさ、龍介早くきてーって泣きべそかいたりしてたよな」


「むぅ、それは言わない約束ですよ。ていうか今はもう高校生なんだから、暗いのなんて怖くないもん」

「おっ言ったな? それじゃあランタン消して真っ暗にしてみようか」


「あっ、だめだめ。消したら怒るよ? ほんとに怒るよ?」

「その反応の仕方はやっぱりまだ暗いのは苦手なんだな」


「ち、違うし。わたし大人になったんだし……! あ、絶対信じてない! 龍介ってばいっつもわたしのこと子供扱いするんだから!」

「よしよし、そうだな。真白はもう大人だもんな」

「もう~っ!」


 真白はぷくっと頬を膨らませるが、それでもどこか楽しそうに笑っていた。


 俺もそんな真白を見て思わず吹き出してしまう。


 テントの中で二人きりで、こうして肩を寄せ合いながら話す時間は穏やかで、とても心が安らぐ。


 そうして夜はゆっくりと更けていった。

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