第43話、サプライズ


 妹の舞に真白の家へ遊びに行く事を伝えたその後『今日はいっぱい楽しんでくるんだよー、お兄ちゃん!』とエールをもらう。


 母さんの方は真白が交渉してくれたようで、RINEで『真白ちゃんによろしく言っておいてね』とメッセージが送られてきた。


 それから俺はレインコートに袖を通し、キャンプ用に準備しておいた荷物を持って家を出る。


 傘を差してもなお濡れてしまうくらいの大雨の中、俺は足早に真白の住むアパートに向かった。


 何度も足を運んだ事のある真白の家。

 しかし、こんな悪天候の中で訪れたのは初めてだ。


 道に出来た水溜りを避けつつ、雨と風に煽られながらもなんとか真白の住んでいる部屋の前に辿り着く。


 扉の横にあるインターホンを押して少し待つと、中からパタパタというスリッパの音と共に真白が現れた。


「龍介っ!」

「うおっ!?」


 玄関先に姿を現した彼女は大きなバスタオルを手にしていて、それをふわりと広げたかと思うと俺の顔に覆い被せてくる。


 いきなり視界を奪われ戸惑っていると、心配そうな真白の声が聞こえてきた。


「いらっしゃい、龍介。いっぱい雨で濡れちゃったよね……無理言ったのに来てくれてありがとね」

「こ、これくらい平気だよ。それより、いきなりタオルを被せてくるのはびっくりするって」


「えへへ……ごめんね、でも龍介びしょ濡れかなって。このままだと風邪引いちゃうかなって思って……」

「レインコート着込んできたから大丈夫だ、ちょっと髪が濡れたくらいで服とかは濡れてないから」


 びしょ濡れになっていた俺を気遣って、こうしてわざわざバスタオルを手に待っていてくれたのか。


 その優しさに感謝しつつ顔を覆うバスタオルを退けると、目の前には柔らかな微笑を浮かべた真白の姿があった。


「すぐにお風呂沸かすから。あっ、それともシャワー浴びる?」

「いや、そこまでしなくてもいいよ。ちょっと拭くだけで十分だからさ」

「分かったっ。それじゃあ拭き終わったらリビングの方に来て。龍介に見せたいものがあるのっ」


 真白はそう言うとにこにこ笑顔でリビングに戻っていく。


 一体何を見せたいのか首を傾げる俺。

 それからレインコートを脱ぎ、濡れていた髪を拭いて家の中に上がった。


「おじゃましまーす」


 真白の家に上がるのはもう慣れたもの。

 勝手知ったるなんとやらとばかりに靴を脱いで廊下を進み、彼女が待っているであろうリビングへと向かう。


 そして扉を開いたその先の光景に俺は目を丸くした。


「ま、真白……これって一体?」


 そこは家の中のリビングであるはずなのに、俺達がキャンプで使う為に用意していた大きめのテントが張られていた。


 テントの中にはカーペットにクッションが敷かれていて、中央には小さなテーブルが置いてある。寝袋なんかも準備してあって、そのまま寝泊まり出来るような状態だ。


 テントの周囲には折り畳み式の椅子や簡易的な調理器具などが並べられており、クーラーボックスにはペットボトルに入ったジュースなんかもある。他にも飾り付けとしてガーランドフラッグだったり、たくさんの花瓶なんかが置かれていた。


 リビングにいるはずなのに、まるでどこかのキャンプ場にいるかのような雰囲気だ。


 これは確かにただのお泊りじゃない。


 ここは真白が作ってくれた特別なキャンプ場、二人きりで過ごす夏の思い出の場所なのだ。

 

 俺が感嘆の声を漏らしていると、部屋の奥から真白がひょっこりと姿を現す。彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。


「あのね、どうしてもキャンプ出来ないかなあって色々調べてみたら。今ってお家の中でキャンプするのが流行ってるんだって。わたしのお家のリビングって広いから、テーブルとか全部どかして部屋の中をキャンプ場っぽくしてみましたっ」


「なるほど。真白の家のリビングなら、これだけ道具を置いても余裕があるもんな」

「うんっ! 今日はお母さんも帰ってこないから、徹底的にやっちゃおーって。どう? 驚いた?」


「ああ、凄すぎて驚いてる。まさか家の中でここまで本格的にやるとは思わなかったからさ」

「えへへ……頑張ってみましたっ。龍介と一緒にやりたいなあって思ってたし、せっかくなら楽しい方がいいもんね」


 にひひ、と楽しげに笑う真白。


 きっと真白なりのサプライズという事だろう。この大雨で外でのキャンプは中止になり、どうにもこうにもならないと思っていた中で、俺と一緒に夏休み的な事をしたいと必死に考えてくれたのだ。


 そして彼女はその想いを行動に移してくれた。


 それは俺にとってこれ以上ないくらい嬉しいもので、思わず頬が緩んでしまう程に温かい気持ちになった。


 そんな嬉しさに包まれながら、俺は真白に近付いて彼女の頭にぽんっと手を乗せる。


「ありがとな、真白。どうしようかなって俺もずっと悩んでたんだ。それを解決してくれて、こうやって形にしてくれた事が本当に嬉しいよ」

「えへへ、龍介が喜んでくれて良かったぁ」


 優しく真白の頭を撫でると、彼女はふにゃりと頬を綻ばせた。猫みたいに擦り寄ってくる真白が可愛くて仕方がない。


 やっぱり真白は無敵で最強だ。

 雨が降ったくらいじゃ世界最強の美少女は止められない。持ち前の明るさと発想力で、こんな素敵な空間を作ってくれる。


 俺はそんな真白を褒めてやりたくて、彼女の頭を優しく撫で続けた。


 目を細めて顔をふにゃふにゃにさせている真白は、そのままぐりぐりと俺の胸板に頭を押しつけてくる。


 そして彼女は幸せそうな表情のまま上目遣いになると、俺の瞳をしっかり見つめて言うのだ。


「龍介、今日はいーっぱい楽しもうね。お部屋の中でキャンプだよっ」

「そうだな。真白の作ってくれた最高のキャンプ場でたくさん遊ぼう」

「うんっ! 今夜は寝かさないからね?」

「それなら今日はどっちが先に寝ちゃうか勝負だな」

「ふふーん、望むところですっ」


 真白はそう言うとにぱーっと可愛い笑顔を見せてくれる。


 こうして俺と真白の二人きりのお部屋キャンプ、夏休み初日の思い出作りが始まった。

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