第41話、波乱の予感

 夏の日差しでアスファルトからは陽炎が立ち昇り、セミの鳴き声があちこちから聞こえてくる。


 大粒の汗を流しながら帰宅する俺。

 俺の腕には相変わらず真白がくっついている。


 正直に言えば真夏日の気温の中で、こうやって密着しているのはかなりしんどい。


 けれど下校前に真白とこのままくっついて帰るという約束をした為、互いに我慢比べをするような状態になっている。


 その結果、俺も真白も滝のように汗を流していた。


 下校前は二人して強気に――。


『離れないからね? 絶対に離さないからね? わたしがいいって言うまでずっとだよ?』

『ああ、俺も覚悟を決めた。真白をアパートに送り届けるまで、こうしていようじゃないか』


 ――なんて言い合っていたのだが今は二人で同時に音を上げている。


「りゅ、りゅうすけ~……あつい。そ、そろそろ限界かも……」

「ばかお前……言い出しっぺが何を言う……」


「うぅ……それはそうなんだけど――あっ、あそこに公園あるよ! 一時休戦、ちょっと休もーよっ!」

「む、公園……仕方ない。少しだけ休憩しよう」


 息も絶え絶えな俺達は真夏の暑さに耐えかね、公園で一休みする事にした。


 俺達が向かったのは公園の奥にある、木々に囲まれた東屋だ。


 周囲の木々のおかげで日光は避けられており、比較的涼しく感じる空間になっている。心地良い風も吹いており、ゆっくり休むのに最適な場所だった。


 俺はそこのテーブル席に真白と二人で腰を下ろした。


「ふい~。暑すぎだねー、ねっ龍介」


 隣に座る真白は手でぱたぱたと風を扇いで涼んでおり、流れる汗がとても色っぽく見えてしまう。


 よくよく見てみれば真白の着ているブラウスは汗で透けていて、その下に着ている可愛らしい下着が見えてしまっていた。


 爽やかな風でなびく黒い髪、ブラウスの薄い布地が白い肌に張り付く。そして清楚な雰囲気漂う水色の可愛いブラジャー。それら全てが合わさった艶めかしい姿に、俺の目は自然と吸い寄せられていく。


 それを真白は全く隠そうとしないのだ。それどころかブラウスを引っ張ってパタつかせ、少しでも涼しい空気を取り入れようとしている。そのせいでぽよんぽよんと揺れる大きな胸は目に毒だった。


 その仕草は真白が心の底から俺を信頼しているから故で、俺の事を全く警戒していないからこその行動だろう。しかしそれでも俺だって健全な男子高校生だ。最強に可愛い真白から無防備な姿を見せられてしまえば、あらぬ煩悩が湧き上がってしまう。


 『ふせこい』の世界に来てからというもの、俺は真白にドキドキさせられてばかりだ。本当にこの子は俺にとって特別な存在なんだと実感させられる。


「ん、どしたの? 龍介?」


 俺の視線に気付いたのか、首を傾げて見つめる真白。


 俺はこの煩悩を悟られまいと真白から目を逸し、鞄の中からタオルを取り出した。


「い、いや、暑そうだなって思って……。ほらこれで汗拭きな」

「ありがとっ。ふわぁ、気持ちいい」


 真白は俺の動揺に気が付いていなかったらしく、笑顔でタオルを受け取ってそれに顔を埋めた。気持ち良さそうに息をつく真白の姿を見つつ、俺は煩悩を振り払おうと自分の心臓に手を当てて深呼吸をする。


「ありがとね、龍介。ほんと、外を歩くだけで汗かいちゃう。夏だーって感じすごい」

「全くだな。それに加えて今日はくっついて下校するなんて、無謀な挑戦をしたわけだし」


「えへへ……夏休み、龍介といっぱい色んなところに行けるってなって、嬉しくてわがまま言っちゃった」

「ま、予行練習みたいなもんだな。夏休みに二人で出かけるとなれば、今日みたいに暑い日はたくさんあるだろうし」


「それってつまり、夏休みにお出かけする時も、またこうやってくっついて歩いてくれるってこと?」

「そりゃくっつきたがりの真白ちゃんだからな。俺も既に覚悟は出来てるよ、でもまあ……今日の経験からすると、暑すぎる場合はやっぱり無しにしてもらった方がいいかな」


「あはは……そだね、今日みたいな日は流石に暑すぎだもんねぇ……嬉しいけど熱中症なっちゃうっ」

「おっと、熱中症で思い出した。真白、水分補給も忘れずにな。ほれ、麦茶も飲むか? 水筒に入れて持ってきたからまだ冷たいぞ」


「わっ、麦茶まであるなんて龍介は準備万端だねー。じゃあお言葉に甘えて頂こうかな」

「おう、遠慮なく飲んでくれ」

 

 水筒の蓋をコップ代わりに麦茶を注いで真白に差し出す。真白はそれを両手で受け取り、こくこくと喉を動かして飲み始めた。こうして麦茶を飲んでいる姿だけでも絵になるほどに綺麗でつい見惚れてしまう。


「冷たくて美味しい。ありがとね、龍介」

「どういたしまして。真白が喜んでくれたなら俺も満足だ」


 日陰の下で爽やかな風を浴び、冷たい麦茶で涼んだ事で真白も余裕が出てきたようだ。


 真白は俺の身体にすり寄って、ぽてりと頭を肩に乗せてくる。そのまま上目遣いをして俺に優しく微笑んだ。


「こうやって外でゆっくりしてると、なんだか夏休みを先取りしてる気分になっちゃうね」

「確かにそうかもな。公園で二人してのんびりする事ってあんまりないし、特別な事をしてる感覚はあるかも」


「わたし今からドキドキしてるのが止まんないよ。だって夏休みになったら、もっともっと龍介と色んな特別な事が出来るもんっ」

「楽しみだよなあ。海に行ったり、夏祭り行ったり、それにキャンプだろ。あとは綺麗な夜空の下で花火大会とか」


「あは、龍介ってばロマンチック。ノリノリだねーっ」

「茶化すなっての。高校生の男子が夢見るイベントを詰め込んだようなラインナップだろこれ。俺としては全部制覇したいところだからな」


「うん、わたしも。龍介と二人で一緒に楽しい思い出を作りたい。二人でいーっぱい遊び回って、写真撮って、花火を見て綺麗だねって言い合って、そんな素敵な夏休みにしたい」


 この世界にやってくる前。

 一度目の人生ではどれも無縁で、叶える事が出来なかったものばかり。


 今までずっと憧れてきたラブコメの主人公。彼らが味わってきた青春の日々を、俺だって満喫したい。


 それを俺にとって一番大切な存在である真白と一緒に体験出来るというのだ。これほど幸せな事があるだろうか。


 この夏は真白と二人で楽しく過ごす時間を過ごしたい。この子をもっと笑顔にしてあげたい。


 けれど悪役である俺達がラブコメらしい青春の日々を送る事を阻止しようと、この世界は既に動き出していたのだった――。

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