第37話、みんなの笑顔

 ――数日間によるテストという主人公との戦い。

 その結果は週末の放課後、廊下に張り出されていた。


 必死になりすぎたせいで、当日の事はよく覚えていない。ただひたすら問題と向かい合い、俺は前世を含めた今までの全てをぶつけて答えを導き出した。


 廊下に張り出された上位成績者の名前が書かれた二枚の大きな紙を眺めながら、俺は拳を強く握り締める。


 隣で楽しそうな会話が聞こえた。

 明るく弾んだ声だった。でもそれは俺に向けられたものじゃない。


「頼人くん、すごいです。こんな好成績を残すなんて」

「すごいじゃない頼人、あたし見直しちゃった」

「頼人さん。わたくしからも言わせてください。あなたの努力は間違いなく実を結びました、おめでとうございます」


「ああ。こんな良い成績を残せるなんて夢にも思わなかった。みんなのおかげだよ、本当に感謝してる」

「頼人、もっと褒めなさい? あたしにいっぱい感謝しなさい?」


「夏恋はどっちかって言うと教えてもらう側だったろ?」

「ふふ、頼人くん。そうは言ってもテスト期間中の姫野さん。とても頑張っていましたよ。頼人くんの為に苦手な勉強に向き合っていましたし」


「そっか。そうだよな、優奈。ありがとな、夏恋」

「べっ、別にあんたの為とかじゃなくて……あーもう、まあいいわ。あんたが喜んでるならそれで」


「ふっ、照れてる夏恋は可愛いな」

「ちょっ!? 急に何言い出すのよ!?」

「さあてどうしてだろうな」


 繰り広げられる主人公とヒロイン達のワンシーン。


 それはまるで主人公がヒロイン達と、強大な敵を倒し、大きな壁を乗り越えたようにも見える光景だった。


 だが布施川頼人の顔は何処か暗い。

 さっきまで見ていた順位表の紙から、そのすぐ隣に貼り付けられたもう一枚の大きな紙にちらりと視線を移す。


 そしてそこに刻まれた名前を見つめながら拳を握りしめ、奴はヒロイン達に背中を向けた。


「悪い、みんな。今日はもう誰とも話したくないんだ、一人になりたい。先に帰るよ。色々と考えたい事があるしさ」

「ま、待って下さい頼人くん。私達もついていきます。頼りにしてください、頼人くんと私達が一緒ならどんな壁だって乗り越えられるはずです」

「どんな壁でも……か。ああ……そうだな、そうだと良いな」


 布施川頼人が歩き出すと、ヒロイン達は彼を追うように順位表の前を離れていく。


 俺はそんな布施川頼人達の様子を眺めながら、張り出された順位表を再び見上げた。


 張り出されたその紙にずらりと並ぶ上位者の名前。


 一番上に輝くのは布施川頼人の名前。

 その下には花崎優奈、そして木崎玲央の名前が並んでいる。


 上位10位の中には真白の名前があったのには驚いた。テスト準備期間中の俺との努力が実を結び、彼女もまた学年上位に名を連ねたのだ。


 そしてその眩い光景に目を細めながら、俺もその場を後にしようとした時だった。


「龍介ーっ!!!」


 すごい勢いで走ってきた真白が俺に飛びついてきた。満面の笑顔を浮かべながら真白は俺を見上げて、ぎゅっと抱きしめてくる。


 あまりの勢いに押し倒されそうになったが、流石は鍛え上げられた俺の身体だ。何とか堪えて受け止めてやった。


「お疲れ様っ、龍介! 学校中で話題になってるよ! 頑張ったね、えらいね! すごいね!」

「ありがとうな、真白。お前も凄いじゃないか、学年7位だってさ」


「ほんとっ!? わっほんとだ、この順位表すごいよ! わたし7位だって!! 夢見てるみたいっ!」

「ああ、凄いな、よく頑張ったな」


「うんっ! これも全部龍介のおかげだよ! 本当にありがとうねっ!」

「そう言ってもらえて嬉しいよ。俺も頑張って教えた甲斐があった」


 俺は真白の頭を優しく撫でる。すると彼女は嬉しそうにふにゃりと頬を綻ばせた。


 そして目を細めた真白は俺の胸元に顔を埋める。俺はそんな真白を愛おしく思いながら、彼女の柔らかな黒髪を優しく撫で続けた。


 しばらくそのままの状態でいると、今度は玲央と西川がやってきた。


「お疲れ様、龍介。今回のテスト、凄かったね。結果は聞いたよ」

「まあな。玲央も凄いじゃないか。学年4位だ、流石だな」


「点数は前回の中間テストと殆ど同じなんだけどね。やっぱり予想はついてたけど順位は下がってしまった。上の三人がちょっと凄すぎたかな」

「布施川は良いのか? 先に帰ったみたいだけど」

「うん、話しかけられる雰囲気じゃなかったしね。頼人と話すのはまた今度にするよ」


「そうか。それなら良いんだ」

「ともかく龍介。君は頑張った、この結果は胸を張って良い」

「ありがとうな、玲央」


 ぽん、と俺の肩を叩いて玲央は爽やかな笑顔を浮かべた。その横で西川が大興奮な様子で話しかけてくる。


「龍介、聞いてくれよ! 俺もなんとびっくり99位! 初の二桁順位だ、すげえ嬉しいぜ!」

「西川も頑張ってたもんな。赤点回避出来てバスケ部の練習に集中出来るじゃないか」


「おうよ! でも今日は顧問に休みにしてもらったんだ、龍介のお祝いがしたくてな!」

「うん、僕もさ。龍介の事を祝いたくて休みにしてもらった。大会もまだ先だしね、みんな快く送り出してくれたよ」


「そうか、二人共……俺の為に」

「二人だけじゃないよ。わたしも龍介のお祝いしたい! いっぱいご褒美あげたいっ!」


「真白からのご褒美か。それ、期待しても良いかな?」

「もちろんっ。頑張った龍介にいーっぱいご褒美してあげるっ」


 みんなが俺のテストの成績を褒め称えてくれる。

 俺はそれがたまらなく嬉しかった。


 そしてもう一度、俺は順位表を眺める。

 だがそれはさっきまで見ていたものではない。


 その隣に貼り付けられたもう一枚の大きな紙だ。


 そこには大きな文字でたった一人の生徒の名前が書かれていた。


 それは最も優秀な成績を残した生徒の栄誉を称え、学校中に知らしめる為のもの。


 学年1位、全教科満点。

 その多大な功績と、それを成し遂げた生徒の名前が、大きな文字で、はっきりと刻まれている。



 ――進藤龍介。



 他の誰でもない、俺の名前がそこにあった。


 そう。

 廊下に張り出されていた順位表は2枚あった。


 一枚は2位から上位50名を。もう一枚は学年1位という成績を残した生徒を称える為だけに用意されている。


 そしてその学年1位に名を刻んだのは俺だったのだ。


 奇跡を起こす力はない、

 理不尽な運命に抗う力もない、

 主人公ではない俺が掴み取ったもの。


 俺を信じてくれる仲間がいたから、積み上げてきた努力があったから、どんな逆境でも乗り越えると誓った勇気があったから。


 何より――。


「龍介、本当に、本当におめでとうっ!」


 ――真白の笑顔があったからだ。


 だからここまで来れた、俺はこの世界に抗う事が出来た、この喜びを分かち合う事が出来たのだ。


 無邪気に笑う真白。

 爽やかな笑みを向ける玲央。

 弾けるように笑う西川。


 その笑顔につられて、俺も笑顔を浮かべる。


 そこには誰もが羨む眩い光景が広がっていた。


 この瞬間こそが俺の求めていたもので、それを手に入れる為に俺は戦ったのだ。


「みんな、一緒に帰らないか? 俺、みんなとたくさん話がしたいんだ」


「もちろんいいよっ! どこ行く!? ファミレスとか行っちゃう!?」

「いいね、ファミレス。真白さんの案に賛成だ」

「俺は龍介の好きなところでいいぜ! とことん付き合ってやるよ!」


 俺の大切な人達は笑顔を浮かべて答えてくれる。

 それが嬉しくて、俺もまた笑って見せた。


 ありがとう、みんな――。

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