第27話、ゲームセンター

 俺達四人はショッピングモール内にあるゲームセンターに訪れていた。


 知り合って初日の西川を連れてカラオケというのはハードルが高い気がするし、ただウィンドウショッピングをしても退屈だろう。そういうわけでゲームセンターを通じて西川と交流するのがベストなのではないか、と考えた。


 ゲームセンターの中は休日という事もあり賑わってた。


 クレーンゲームの筐体が並ぶエリアには子供連れの家族やカップル客が多く、アーケードゲームや音ゲーがあるエリアには俺達のような若い人の姿が多い。


 その中で真白はとあるゲームを見ながら青い瞳をきらきらと輝かせていた。


「見てみてっ! あのぬいぐるみ、すっごい可愛いっ!」


 彼女が見つめているのはクレーンゲーム。そのガラスケースの中に飾られている巨大な猫のぬいぐるみだ。やはり大の猫好き、こういうのを見るとテンションが上がるのだろう。


「真白さんはああいうのが好きなのかい?」

「はいっ! 大好きですっ! でもわたしってクレーンゲームがあんまり得意じゃなくて、いつも失敗しちゃってなかなか取れないんです……」

「なるほど。確かにクレーンゲームって難しいよね。僕も得意な方じゃないな。恭也はゲーム得意だよね、どう?」


 玲央に話を振られた西川は、少し考え込むようにしてから答えた。


「クレーンゲームはあんまやった事ねえな。おれが得意なのはFPSみたいな対戦型だし」

「エイレックスだっけ? 恭也がやってるオンラインシューティングゲーム。あれ動画サイトでたくさんプレイ動画が上がってるよね」


「おう。エイレックスレジェンドってゲームでよ。部活終わって家に帰ったら毎日やってる。ランクマッチっていう腕試しみたいなもんがあってな、今ダイヤっていうランクなんだぜ」

「すごいじゃないか。プロゲーマーを目指してたりするのかい?」


「まさか。ダイヤのレベルじゃそこまで行かねえよ。その上にはマスターってのと、その更に上にプレデターってのがいてよ、プロゲーマーになるなら最低でもプレデターにならなきゃな」


 その玲央と西川の会話を聞いて真白が反応した。


「エイレックス、わたしも知ってる! 龍介が得意なゲームだよっ! ねね西川くん、龍介と一緒に遊んでみたらどうかな? きっと楽しいと思うっ」

「……っ、進藤が? っても内部レートとか細かい仕組みがあってな。ダイヤの俺と遊びたいなら実力の近いプラチナか、その上の――」


 西川が言いかけた時、それに被せるように俺は自分のランクを宣言する。


「大丈夫だぞ、西川くん。俺ずっとプレデターだから」

「プ、プレデター!? マジか、進藤ってプレデターなのか……!?」


「まあ、ずっと学校サボって遊び呆けてたからな……真面目に部活やってる西川くんと違ってほら、ゲームする時間は山ほどあったし」

「い、いや、でもすげえよ……! プレデターはなれる人数が限られてるし……マジで上手くねえとなれねえんだよ!」


「あーまあ、でも今シーズンは無理そうだな。ゲームよりも勉強と筋トレ、それに家事が忙しいから」

「じゃ、じゃあさ。空いてる時間があったらでいいんだ。一緒にやってくんねえか!? 俺もっと上手くなりてえんだよ!」


「構わないぞ。西川くんさえ良ければだけど」

「お、おれの方こそよろしく頼む! いやむしろお願いします!」

 

 好きなゲームの話題で一気に打ち解ける西川、やっぱり男子高生だな。趣味が通じ合っているという事を知っただけで、さっきまでの敵意が嘘のように消えている。


「玲央くん聞いた? 龍介ってばプレデターだってさっ」

「うんうん、僕にはよく分からないけど凄いんだろうな」


 真白と玲央の二人は俺達のやり取りを微笑ましく眺めていた。


 何だかそれがくすぐったくて俺は照れを隠そうと視線を逸らす。真白はそんな俺に近寄ってぽんっと背中を叩いた。


「それじゃ龍介っ。他にもゲームが得意だって玲央くんと西川くんに見せつけちゃおっ! あ、クレーンゲームとかどうかなー?」

「真白の場合はあのクレーンゲームのぬいぐるみ、取ってもらいたいだけだろ?」


「あははっ、バレちゃってた。では今回もよろしくお願いしますっ」

「ったくもう。仕方ないな」


 そもそも今日は真白に感謝したくて色々と張り切ってきたのだ。彼女がご所望とあればぬいぐるみの一つくらい取るのは容易い事だ。


 俺は真白達を連れてクレーンゲームの筐体の前に立った。財布を取り出していると西川が話しかけてくる。


「進藤、もしかしてエイレックスだけじゃなくてクレーンゲームも得意なのか……?」

「まあ見てな。伊達に遊び回ってたわけじゃないんだ」


 俺は硬貨を投入してアームの操作をし始める。狙うはガラスケースの中央に鎮座する猫のぬいぐるみ。


 このクレーンゲームのタイプはケースの中に景品が一つだけあり、アームを上手く動かして一度ではなく何度もゲームに挑戦しながら、ぬいぐるみを取り出し口に落とさなければならない。


 普通なら硬貨を何枚も投入してゆっくりとぬいぐるみを動かしながら、その果てにぬいぐるみをゲット出来るのだが――今まで何度もクレーンゲームをプレイした進藤龍介としての経験が最高のアーム捌きを可能にさせる。


 俺が操作したアームはぬいぐるみから少しずれた位置に下降していく。僅かにぬいぐるみの角度がずれるだけで景品獲得には至らない。


 クレーンゲーム初心者の玲央や西川からすれば、その操作は失敗したように見えただろう。だがこれは景品獲得の為の下準備、次が本番なのだ。


 俺はもう一度硬貨を投入する。再び戻ってきたアームを操作して、それは二度目も俺の思い通りに降りていく。そしてその光景を見ていた玲央と西川は声を上げた。


「すげえ! タグのとこの輪っかにアームが引っかかってやがる!」

「なるほどだね。一度目はタグを取りやすい角度にぬいぐるみをズラして、二度目でタグの部分にアームを通して持ち上げるのか」


 二人の解説の通り、俺が操作したアームは綺麗にタグに引っかかり、ぬいぐるみを持ち上げて取り出し口に向かっていく。


 そして最後にアームが開ききった瞬間にアームからタグが外れて、ぬいぐるみは取り出し口に向けて落ちてきた。


「こんな感じだ。店側の置き方が甘いと一回で取れる時もあるんだけど、今回は少しズレてたから二度目でゲットだな」


 俺はぬいぐるみを取り出した後、それを真白に手渡した。彼女は無邪気な笑顔を浮かべて猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。


「というわけでご所望通り、猫のぬいぐるみはゲットしたぞ。真白」

「ありがとう龍介っ! やっぱり流石っ、頼れるっ、超かっこいい!」


「その褒め方だと隣の色違いの猫も狙ってるな?」

「えへへっ。隣の黒い猫ちゃんもお気に入りなのですっ、龍介」


「じゃあちょいと待ってろ。隣のも楽に取れそうな置き方してるし、すぐに取ってやるから」

「やったーっ!」


 俺は真白のリクエストを受けて、隣のクレーンゲームに移動する。そしてまた硬貨を投入してアームを操作していると、後ろで玲央と西川の会話が聞こえてきた。


「ね、恭也。龍介はすごく優しい人だろ? 嫌な顔ひとつせず、友達のお願いを聞いてくれるんだ」

「ま、まだ分かんねえよ……。確かにすげえ奴だって分かる……おれのやってるゲームでもトップクラスだし、クレーンゲームだってめちゃくちゃに上手いし……」


「龍介が猫を被ってる、そう思ってるのかな。恭也はさ」

「だって仕方ねえだろ……おれの聞いてた進藤龍介って男と、目の前の進藤龍介が別人過ぎるんだ……」


「まあそうだよね。でもきっと恭也もいずれ――いや、近いうちに龍介の良さを分かってくれると思うよ」

「……」


 玲央の言葉を聞きながら西川は黙っていた。肯定とも否定とも取れるような彼の沈黙。


 だが俺は感じ取っている。初めて出会った時の敵意はそこにない。俺に興味を抱いてくれている、そんな雰囲気だった。


 それからすぐに俺は真白のリクエスト通り、隣にあったクレーンゲームで黒猫のぬいぐるみを手に入れる。それを真白に渡そうとしたタイミングで玲央が俺に話しかけてきた。


「龍介、そろそろ僕達は帰るよ。もう夕方になるしね」

「そうか。玲央も西川くんも部活で疲れてるだろうし、明日も練習だもんな」


「だね。遊べたのは少しだけど楽しかった。恭也も不機嫌そうに見えるけど、内心は結構楽しんでたんじゃないかな」

「どうだろうな。まあ、玲央がそう言ってくれるなら素直に喜んでおくよ」


「ふふ、そうしてくれ。それじゃあまた月曜日に学校で。今日は本当にありがとう龍介」

「こちらこそ。ありがとな」


 玲央は俺に別れを告げると西川と一緒にゲームセンターを出ようとする。だが西川は何か言いたそうに俺の方へ振り返った。


 その表情にはどこか緊張している様子が伺える。彼は口をモゴモゴさせながらも言葉を発しようとして、しかしそれは声にならない。


 だがその時、玲央が西川の背中を押して俺の方へと押し出してきた。突然の事に西川は驚きつつも俺の前で立ち止まる。


「ほら恭也。言いたい事があるんだろ、遠慮なく言ってあげなよ」

「う……お、おう……」


 玲央に促されて西川は俺の顔を見つめてくる。その瞳には覚悟を決めた光が宿っているように見えた。


「あ、あのさ進藤……エイレックス一緒にやってくれるって言っただろ? んで……IDとか聞きたいからRINE交換してくんねえかなって……」

「もちろんだぞ、西川くん。俺なんかのRINEで良かったら」

「よ、よろしく頼むぜ、進藤……っ」


 西川は慌てた様子でスマホを取り出す。そして俺と西川は互いのRINEを交換し合った。


「これでよしっと。じゃあまたな、西川くん」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……もいっこ用事があって」

「ん?」


 俺が首を傾げると、西川は真白の方に振り向いてRINEのQRコードを表示させる。


「ま、ま、まし……真白さんっ! こ、このQRコード読み込んでもらってもいいですか……っ!?」


 西川はQRコードが表示されたスマホを真白に向けながら、顔を真っ赤にして頭を下げていた。


「あ、わたしとも交換してくれるのっ!? やったー! 友達になろうって言ったもんね、すごく嬉しいっ!」

「よ、喜んでもらえてこ、こ、光栄です……!」


 嬉しそうに笑顔を浮かべる真白と、緊張のあまり動きがロボットみたいにカクカクの西川。


 真白は差し出された西川のスマホにカメラをかざす。すると二人のスマホに互いの連絡先が登録された通知が届いた。


「よろしくね! 西川くん!」

「ひゃ、ひゃいっ!! よ、よろしゅくお願いしましゅ……っ!!」


「えへへ、面白い返事の仕方だねっ。噛んじゃったのかな?」

「ご、ごめんなさい……っ」

「いいのいいの。謝ることじゃないよー。それよりもこれから仲良くしようねっ」


 にこりと笑う真白とスマホに映された彼女の連絡先を交互に見ながら、西川は顔を真っ赤にして歓喜に打ち震えているように見えた。


 あーなるほどな。真白が出てきてから西川はずっと何かに照れたような素振を見せていた。その理由が分かった気がする。


 多分だけど西川も真白の可愛さにやられてしまったんだろう。真白は最強の美少女ってだけじゃなく性格も可愛いし、それに人懐っこいからな。こうして連絡先を交換したくて仕方なかったんだと思う。


「龍介、真白さん。僕もRINE交換したいんだけど良いかい? なかなか言い出す機会がなくて恭也に乗っかる形になって悪いんだけど」

「いえっ、ぜんぜん構わないですよっ! わたし玲央くんともっと仲良しになれたなーって思ってたし、龍介もきっと同じだと思うのでっ」


「ああ、真白の言うとおりだ。俺も玲央の連絡先が知りたいよ」

「本当かい? ありがとう、二人共」


 玲央は西川と同じように俺達にQRコードを表示する。俺と真白はスマホをかざして、玲央とのRINEの交換を済ませた。


「それじゃあこれからもよろしくね、龍介、真白さん」

「こちらこそよろしくな、玲央」

「よろしくおねがいしますっ、玲央くん!」


 こうして俺達は互いの連絡先を交換する事が出来た。


 これから玲央ともっと仲良くなれる、西川だっていつか俺の事を分かってくれるはず。


 それを嬉しく思いながら、ゲームセンターを後にする玲央と西川に手を振った。

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