第26話、意外な遭遇
「いっぱい買っちゃったねっ、龍介」
「ああ……俺もまさかこんなに買うとはな」
ここはショッピングモール内のフードコート。
そこでテーブルに着いた俺と真白は休憩していた。
俺の足元にはさっき買ったばかりの服が詰まった袋が置いてある。
真白のファッションショーを楽しんだ後、俺は別の服屋で真白から似合う服を選んでもらった。
その様子はさながら男性の着せ替え人形といった感じで俺はされるがまま。そして真白の服を選ぶセンスに脱帽だった。
悪役を脱却する為にも爽やかで清潔感のある服装を真白にリクエストしたら、彼女は的確なアドバイスをくれて次々と俺も唸るようなコーディネートをしてくれた。
厳つい顔の俺にも馴染むデザインで俺の服装は一気に垢抜けた。真白が選んでくれた服さえあればこれからの外出の際は何も心配いらないだろう。
それに今日は母さんが何とびっくり、3万円もお小遣いをくれたのだ。
きっと俺が新しい生活をする為に服が必要だと、それを察してくれていたのかもしれない。母さんのおかげで十分な程に服を買えた。家に帰ったら買った服を見せてありがとうを伝えたい。
俺が満足げにコーラの入ったグラスを手にしてストローを吸い上げていると、真白はオレンジジュースをテーブルに置いて無邪気な笑顔を見せる。
「それにしてもさっ。ショッピングモールにCUがあって良かったよね。あそこってば安いし何より品揃えが良いんだもんっ」
「高校生にはありがたいよな。今はブランドとかより安い値段で色んな服を揃えたかったからさ」
「うんうんっ。ヤンキーっぽい服を着るの辞めた龍介、他に着る服がなくて困ってたんでしょ? わたしもそうだけど、清楚系の女の子目指すならまたいっぱい買い物しないとダメかもっ」
「その時はまた付き合うよ。真白のファッションショー楽しかったし」
「わたしも楽しかったよ? 試着室の中で鏡を見ながらね、龍介がどんな反応するかなーって考えちゃうの。それでカーテン開いたら龍介さ、毎回違う反応するんだよ? 顔が真っ赤になったり、ニヤけそうになったり、口押さえて目を逸らしたり。だから面白いのっ」
「そ、そんなに違ったのか?」
「すっごくね。でも出てくる言葉は全部一緒なの。悪くない、こればっかり。それがおかしくて笑っちゃうんだっ」
「くっ……だから悪くない禁止令が出されたって事か……」
「あははっ、そういうことっ」
真白はテーブルに肘をついて頬杖しながら、その青い瞳でじっと俺を見つめる。にへらと嬉しそうに笑う彼女の表情に俺はまたドキッとして目を逸した。
けれど今俺が何を考えているかも真白にはお見通しなんだろうな。ご機嫌な様子で俺をからかってきて真白も楽しくて仕方ないのが伝わってきた、俺もそれが嬉しいし、もっと喜ぶ真白を見たいと素直に思えた。
ただ恥ずかしいものは恥ずかしい。熱を帯びた全身を冷やしたくて再びコーラを口に含んで喉に流し込む。炭酸の刺激で身体の火照りは少し収まった気がするが心臓の高鳴りはずっと続いた。
そうしてお互いのグラスが空になった頃、そろそろ夕飯に向けての買い物を始めようと思った時だった。
突然別の誰かから声をかけられて俺は思わず振り返った。
「やあ龍介。こんな所で会うなんて奇遇だね」
爽やかな笑顔と共に手を振って近付いてくるのは主人公の親友キャラ、木崎玲央。
部活が終わった後、そのままショッピングモールに来たのだろうか。制服姿で肩にはスポーツバッグを担いでいた。
その隣に同じ制服姿の男子が立っている、誰だろう?
「玲央、部活帰りか。あれ……今週の土日は遊べないって布施川に言ってなかったか?」
「土日の練習は午前中に終わるんだ。頼人が誘ってくれた海水浴は一日中だろ? そうなると予定が合わないけど午後だけなら遊べるんだよ」
「あーそういう事か。確かに布施川の話を聞いていた限りだと、午後からだけってわけにはいかないだろうしな」
「そういう事。それで午後は自由時間だから部活帰りにそのまま遊びに来たんだ。家に帰る時間が惜しいからね、そのまま制服で来たって訳さ」
「なるほどな。ところでそのお隣さんは?」
「うん、紹介するね。同じバスケ部の
玲央が手を向けて紹介したのは、栗色の短髪をワックスで立たせた切れ長の目の男子高生だった。
体格はがっしりとしていて身長は180cmを超えるだろうか、鋭い目つきで威圧感のある様子から俺のような不良キャラに近いものを感じる、荒々しいタイプのスポーツマンというところか。玲央の爽やかイケメン系とは違うが、その整った顔つきはイケメンの部類に入るだろう。
玲央の紹介を受けると西川はぶっきらぼうに会釈してきた。
「……どうも」
「あはは、恭也。そんな固くならなくたっていいよ。彼は龍介。僕と同じクラスの友人さ。ほら、前に話したでしょ? 僕が目を見張るくらいに体育のバスケで活躍してたって」
「ああ……あんたが例の、進藤龍介」
その紹介を受けて俺も自己紹介する。少し緊張しつつもゆっくり息を吐いて口を開いた。
「二組の進藤龍介だ。玲央とは最近友達になったばかりなんだが色々と世話になってる。よろしく頼むな、西川くん」
「……いや、自己紹介なくてもあんたの事はよく知ってるよ。噂話とか絶えなかったし。ただ私服のイメージが全然違ったから一瞬分かんなかったけどな」
「あーそりゃまあ、知ってるか」
進藤龍介の名は俺達が通う貴桜学園高校で悪い意味で有名だ。
学校はサボり放題で、外では昼も夜も構わず悪事を重ね、学校一の不良として知られているはず。原作の登場キャラでもその名を知らない人はいなかった。となれば西川恭也が俺を知っているのは当然だろう。
そして俺も原作を通じて西川恭也の事を知っている。
いつも玲央と一緒にいて布施川頼人とも顔を合わせる。大きな活躍をする場面はないが活発的な性格で印象に残っていたキャラクターだ。バスケも好きだが実はアニメやゲームも好きで、特に対戦型のFPSにハマっている描写を原作で見た記憶がある。
そんな西川は鋭い目付きで俺を睨み続けていた。
「最近急に学校へ来るようになった話も、突然真面目に授業を受け始めてるって話も、結構話題になってるんだぜ。そしたら玲央が友達になったって言っててよ、それには驚いたが……この感じだとマジなんだな。こうして見ると確かに不良には見えねえや」
「恭也、何度も言ったじゃないか。龍介は良い人だよ、学校じゃ凄い不良だって耳にするけど全然そんな事はない。真面目で誠実で紳士なんだ、彼は」
「玲央がベタ褒めするのも珍しいよな。それでもおれは納得いっちゃいねえんだが」
西川は腕を組んで疑いの目を向ける。確かに今まで俺の行いを考えれば無理もない反応だ。そしてそんな不良と同じバスケ部の友人が急に仲良くなったとなれば警戒されるのも仕方ない。
「……あのな、おれは別に玲央と敵対しようとかそういうつもりはねえ。おれは玲央の事を大切な友達だと思ってるし、これから先何かあったとしてもそれは変えるつもりもねえよ。ただな、心配なんだ」
「心配? どうしてだい?」
「玲央は優しい奴だからさ。その優しさにつけ込んでくるような輩がいるかもしれねえって思ってんだよ。ここにいる進藤龍介とかな」
「恭也、それは聞き捨てならないな。確かに僕と龍介の関係はまだ浅いかもしれない。でも僕は龍介を信用しているし、周りのみんなが言うような人間じゃないって確信してる」
「どうだかな、おれにはそう思えねえ。玲央が騙されてるんじゃねえかって不安になる。玲央のクラスにいる布施川とも一悶着あったんだろ、いきなり怒鳴り散らして胸ぐら掴んだって学校中で話題になってたじゃねえか」
西川の視線には俺が学校で何度も感じた『明確な敵意』が込められていた。
なるほど。そうか、西川恭也は主人公側にいる存在だもんな。
作中で目立った活躍がなくとも玲央を通じて布施川頼人とのカラオケ回に参加したり、主人公の数少ない男友達として遊ぶ描写もあった。つまり彼は悪役である俺と敵対関係にあるという事。
彼は原作の内容に従って俺に悪役を全うさせるように動いている。俺と玲央の関係を断ち、悪役は悪役のままでいろと無意識の内に俺と敵対するよう仕向けられているのだ。
さてどうしたものか。
恐らくこの感じだと口で言って聞かせようと思っても説得は難しい。そして説得が遅れれば遅れる程、西川は玲央に対して『進藤龍介との関係を断て』とアクションし続けるはず。同じ部活の仲間で俺よりずっと前からの友人、最終的に玲央がどちら側に立つかなど考えるまでもなかった。
この場をどう切り抜けたら良いのか、最善の方法を何とかこの場所で――頭の中で必死に考え込んでいたその時だった。
「はーいっ! すとっぷすとっぷー!! わたしを置いてけぼりにして話を進めないっ!」
横合いから明るい声が響いた。
椅子から立ち上がった真白が俺と西川の間に割り込んでいる。
「もうっ。わたしそっちのけで男の子ばっかで話してさー! ちょっと寂しかったんだからっ、という訳でお邪魔するからね!」
そう声を上げた真白は俺の方を見た後、ぱちっと可愛らしいウィンクを飛ばしてきた。
まさか真白、この場をどうにかしてくれるつもりなのか?
一体何をするつもりなんだと疑問を抱いていると、真白は西川に向かい合って明るい挨拶を繰り出した。
「やほやほっ。お話の途中に割り込んでごめんなさいっ、なんか険悪な感じがしたから黙っていられなくて」
「あ、あんたは……っ?」
「えっと西川君と同じ貴桜学園高校の一年一組、甘夏真白ですっ。龍介と仲良くさせてもらってますっ」
「そ、それはどうも……」
急に割って入ってきた女の子に戸惑いを見せる西川。
真白はこんな状況になってもいつも通り明るく振舞っている。そしてこの場を収めようとしてくれる姿に俺は感心していた。
それから真白は玲央の方に振り向くとぺこりと頭を下げて、にっこり微笑みながら再び挨拶する。
「えっと、木崎くん? 龍介の友達の甘夏真白です。お話は聞いてました。龍介の事を友達だって言ってくれてありがとうございますっ」
「ああ、君が龍介の幼馴染だっていう甘夏さんか。初めまして、僕は木崎玲央。龍介とは同じクラスで、彼とは仲良くさせてもらってる。僕の事は玲央って下の名前で呼んでくれて構わないから」
「じゃあわたしの事も真白って呼んでください、玲央くん!」
「ありがとう、それじゃあ僕も真白さんって呼ばせてもらうね。よろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますっ。龍介の事を真面目で誠実で紳士な人だって褒めてくれてありがとう。その話を聞いてたらわたしまで嬉しくなっちゃった」
「本当の事だからね。この一週間、龍介の事をずっと見ていたけど。彼は本当に真面目で誠実な人だったよ」
「うん、分かるっ。龍介は良い人なんですよ。わたしが学校で他の人とぶつかって怪我しちゃった時も、すごく心配してくれて保健室まで連れて行ってくれたんです」
「そうか、やっぱりそうなんだね。僕はその場にいなかったから聞いただけだったけど、君のその顔を見ていると分かるよ。やっぱり龍介は君を守る為にあの時……」
「えへへ……ちょっと照れくさいですけどっ。はい、龍介はわたしの為に怒ってくれました。そのおかげで足の怪我も大丈夫だったし、こうやって外出して遊べるくらいに元気になれたんです」
真白の言葉に玲央は頷くと、戸惑ったままの西川の方へと振り向いた。
「そういう事なんだ、恭也。君が聞いていた龍介と頼人の一件。龍介が頼人に怒鳴ったのは真白さんの身を案じてなんだ。君が思っているような事じゃない。気に入らないから、ムカついたから、そういう理由で龍介は頼人に向かって怒鳴ったわけじゃないんだよ」
「で、でもよ……玲央。お前はそう言うけど……周りの奴らは全員……」
「みんな勘違いしてるんだ。龍介が不良だって色眼鏡をかけて勝手に決めつけている。真白さんが言ってくれた内容が真実で、周りの人間が言う事は全部でたらめさ。僕は何度でも言うよ、龍介は誠実で真面目で紳士だって」
玲央の口から語られた言葉は、まるで俺の心の中を代弁しているかのようにも聞こえた。玲央は俺が思っていた以上に俺の事を理解してくれていたのだ。
「玲央、おれは……お前に変な奴と友達になって欲しくなくて……」
「大丈夫。龍介は恭也が思うような人じゃない。そうだよね、真白さん?」
「はいっ。龍介はとっても優しくて頼りがいがあって、いつもわたしを守ってくれる素敵な人ですっ」
真白はにこっと笑うと西川に向き直る。
西川に向けられる澄んだ青い瞳、それが嘘ではないのは明白だった。
そして西川は顔を赤くしながら真白から目を逸らす。さっきまでの敵意は何処へやら、何かに照れるように頭をかいていた。
「あ、そうだ。西川くん、もし良かったらわたし達と一緒にショッピングモールで遊びませんか? 西川くんにも龍介が良い人だって分かってもらいたいんですっ」
「えっ……!?」
思いも寄らない提案をされて西川は驚く。その横で玲央はくすりと笑いながら頷いた。
「良いね、それ。僕も混ぜてくれないかい? せっかくだから僕も真白さんと友達になりたいし、何より龍介の事をもっと知りたいんだ」
「もちろんですっ。わたしも怜央くんとお友達になりたい!」
「ありがとう、そう言ってくれて。ほら、恭也。君も一緒に行こう」
真白と玲央に促されて西川はおずおずと首を縦に振る。
「っ……玲央が、そう言うなら」
「やったーっ。それじゃあ西川くんもわたしと友達になろうね、もし一緒に遊んで誤解が解けたら龍介の事もよろしくお願いしますっ」
「よ、よろしく……っ」
無邪気に笑う真白と、何故かそんな彼女を直視出来ず顔を赤らめ続ける西川。
そして玲央はそんな二人を見て楽しそうに笑っていた。
こんな状況になるなんて予想していなかったけど、真白のおかげで場を収めるだけじゃなく、西川の誤解を解いて俺が友人になる機会まで作ってくれた。
流石は最強の美少女。
真白の可愛さと明るさは物語の強制力すら凌駕する。
「それじゃあ龍介、みんなで遊ぼっ!」
「ああ、ありがとな真白。みんなで遊ぼう」
俺がそう言うと真白はまたぱちりとウィンクをして微笑む。
そんな彼女に感謝しながら、俺は四人で遊ぶ為にフードコートを後にするのだった。
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