第7話、突き放しても

 主人公とヒロイン達が繰り広げる眩い光景を目にしながら授業を受け続け、気付けばもう放課後だった。


 今日、こうして学校に来て多くの収穫が得られた。


 頭の中に響いてきた謎の説明――ここがラブコメの世界である事と、その舞台が『恋する乙女は布施川くんに恋してる』だった事を確認出来た。


 それに俺がこの世界で置かれている立ち位置もはっきりと認識した。


 俺、進藤龍介は主人公を引き立てる為だけに存在する悪役で、原作では主人公達と敵対して破滅する未来にある。


 そしてこの世界は俺が悪役としての役目を果たさせるよう、強制力のようなものを働かせて他のモブ達に俺が悪役の役割を全うするよう仕向けてくる。原作通りの展開になるよう運命付けられているのだ。


 しかし世界がどうあっても俺は決めたのだ。


 悪役ではなく、俺は俺本来の姿で最高の青春を送ってみせる。このバッドエンドしかない結末を必ずや覆してみせようじゃないか。


 その為に何をすべきなのか思案しながら夕焼けに染まった通学路を歩き続ける。


 すると聞き覚えのある声がして、とんっと背中を叩かれた。


「やほやほ、龍介。一緒に帰ろうっ」

「……真白、お前か」


 振り返るとそこには見慣れた金髪ギャル、真白がいた。にひひと笑う彼女は俺の隣に並んで歩き出す。


「ねねっ、これからラウワン行って遊ぼうよ! 今日は珍しく学校来たし、その記念にわたしが奢ってあげるからさ!」

「いや、遠慮しておく。また今度な」


「えー、じゃあカラオケはどう? 終わったらわたしのアパートで遅くまでゲームしようっ」

「それもパスだ」


「えっと……あ、じゃあファミレスでご飯は? 食べ終わったら別の場所で……」

「だから行かないって」


 断り続けると真白は立ち止まる。

 俺が振り向いた先の真白は心配そうな目で俺を見つめていた。


「……どうして? 今日の龍介なんかおかしいよ? いつも冷たいけどさ……遊ぼうって言ったら断る事はなかったじゃん。一緒に夜遅くまで遊んでさ……なのになんで急に」


 ここまで健気に遊びに誘ってくれる真白に対して、冷たい態度で断るのには理由がある。それはこの先、俺にとって、真白にとって、何より重要な事なのだ。だから罪悪感に胸を痛めながらも彼女の誘いを断り続ける。


「悪いな真白、それどころじゃないんだ」

「それどころじゃないって……。小金や大林にも連絡返さないのはそれが理由って事? 龍介の周りに何かあって、それを解決しようとしてる感じだけど……もしかして誰かと喧嘩とかしてるわけ!?」


 真白は顔を青くして俺の両肩を掴む。そして俺を揺すりながら必死の形相で訊ねてきた。


「違う。ただ俺はそういう遊びに興味が無くなったんだ」

「興味が無くなった、ってどういうこと? いきなりそんな――説明してよ!」


 俺の言葉に納得出来ないのか、声を大きくする真白。だが俺には説明する事など出来なかった。


 俺達はこのままでは破滅する。

 主人公達と敵対するように原作通りの展開を強要されて、数々の悪事を白日の下に晒されて社会的に抹殺される運命にあった。


 そしてそれを告げる事は難しい。それを聞いた真白は必ず困惑するし、何なら頭がおかしくなったと病院にでも連れて行かれるかもしれない。


 だが俺は何としてでも破滅する未来を回避し、この世界で真っ当で幸せな青春を謳歌したい。その為に出来る事を全て実行していきたかった。


「真白、お前とは長い付き合いかもしれないが説明出来ないんだ」

「そんな、龍介……」


 悲痛な表情を浮かべる真白の手を振り払い、俺は彼女に背を向けたまま言葉を続けた。


 こうして俺が拒絶するのは、真白の未来の為でもある。


 原作の彼女は俺が破滅という結末を迎えた後、その後を追うように破滅する道を辿ってしまう。


 幼馴染である進藤龍介を断罪した主人公達への復讐を誓い、彼女もまた悪役として立ち塞がり――やがて主人公達に敗北して物語から退場する事になるのだ。


 だがここで俺達の関係を断つ事が出来れば、真白が破滅する未来を回避出来る可能性が生まれてくる。


 前世で『ふせこい』にハマっていた時から、真白のバッドエンドだけはどうしても受け入れられなかった。悪役として登場するが、失ってしまった幼馴染を想い奮闘する姿には心を打たれた。


 俺が破滅する未来を回避出来なかったとしても、せめて真白にだけは原作のような悲しい結末を迎えて欲しくはない。真白にはもっと幸せになって欲しかったし、報われて欲しかった。


 真白を破滅する未来から救う為にも、俺は今ここで彼女との関係を終わりにしようと思ったのだ。


「なあ真白、今までずっと黙っていた事があるんだが」

「何?」


「俺、実はギャルが嫌いなんだ」

「へ……?」


「派手でチャラついた見た目が苦手でな。正直言ってどう相手したら良いかも分からん。ずっと黙っていたが清楚で大人しい女子の方が好みだ。金髪に染めた髪より普通の黒髪が好きだし、着崩した制服よりもしっかりと制服を着て欲しいと思う。濃い化粧だってあんまり好きじゃないな。俺の理想の女性は真面目な清楚系だ」


「りゅ、りゅうすけ?」

「というわけで俺はお前が苦手だ。もう関わらないでくれ、じゃあな」


 呆然と立ち尽くす真白にそう告げると俺は再び歩き出した。


 今のではっきりと真白を突き放す事が出来たはず。これは破滅の未来から真白を守る為に必要な事なのだと自分に言い聞かせて俺は家路へと急いだ。彼女への罪悪感を覚えながら。


 ――だがその直後、アスファルトの上を駆ける音が聞こえてきて、それは俺の隣で鳴り止んだ。


「なーんだ。だから龍介ってばわたしに冷たかったわけ? それならもっと早く言えば良かったじゃんっ、黙ってないでさー」


 その声の方へと振り返るとそこには真白がいた。彼女はいつも通りの様子で俺を見上げて無邪気に笑う。


「……っ、今の聞いてなかったのか?」

「え、聞いてたよ。びっくりしたし、ガチやばって思った。いきなり好きなタイプの女子を暴露するとか、龍介ほんっとやばいって」


「じゃあどうして平気でいられるんだよ。俺はお前が苦手だと言ったんだぞ」

「わたしと龍介ってば小学生からの付き合いじゃん。ていうかわたしの事が苦手なの前から知ってたし。だっていつも冷たいもん、龍介。でも何だかんだ優しくしてくれるよね。今だってわたしの為を思って突き放そうとしてるんでしょ? 理由は分からないけど……龍介すごく悲しい顔してるから、わたしすぐに分かっちゃうんだっ」


 真白は元気な笑顔を絶やさず、俺の瞳を真っ直ぐに見つめながら言うのだ。


「ま、でも収穫あったからおっけー。なるほどねっ、わたしの事が苦手な理由が見た目の問題なら話は簡単じゃん」


 真白は自分の髪を指先で弄りながら俺に微笑みかける。そして両手を広げてクルリと回ってみせると、彼女は自分の姿をアピールし始めた。


 スカートの裾がふわりと浮いて白い太股がちらりと見える。彼女はそれを気にもせず、にひひと無邪気な笑みを浮かべて俺にこう言うのだ。


「待っててよね、龍介の苦手を克服してくるからさっ」

「……は?」


「それじゃ夜遊ぶのはまた今度。わたしもすぐお家帰って色々と準備したいし、龍介も忙しそうだし。明日も学校来るならよろしくねっ」

「お、おい、真白――!」


 俺の声を無視して走り去る彼女の背中を見つめながら理解する。


 小学生から続く進藤龍介と甘夏真白の絆は、どうやっても断ち切れるものではなかったのだ。いくら冷たくしても苦手だと告げても、彼女はあの明るい笑顔のまま俺の傍を離れない。


 俺達はやっぱり一緒に破滅する運命にあるのか。


 それとも俺と真白の二人で運命を覆し、幸せになる方法が他にあるというのか。


 その方法は今の俺には分からない。


 俺にとって確かなのは――この先もずっと真白という少女は進藤龍介の幼馴染であり、二人の絆は何があっても決して断ち切れはしないという事だけだ。

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