属性の加護
「だが風の聖具は、我ら谷の民ですら一度も目にしたことがない代物なのだ。谷に存在するという確証もない。闇雲に探しまわったところで、見つかるとは思えないのだがね?」
親父の言葉に一族が揃ってうなずく。
ところがアルファードは、俺を見つめたまま確信を持った口調で答えた。
「おそらくだが、風の聖具は、この谷に存在する」
「いったいなにを根拠にそのようなことを」
「そこの少年だ」
「え? 俺!?」
「私には、物質の根源たる属性を識別する【視る眼】が備わっている。その眼を通してみると、きみが桁違いに強い風の属性加護を持っているのが分かる。そんなきみが私を救ってくれたという、この出来事そのものが、単なる偶然だとは思えない」
集まっていた一族の誰かが「やっぱり」と呟くのがきこえた。
―――確かに俺も、漠然とは感じていたんだ。
俺には生まれつき強い風の加護があって、十数人をまとめて指先一本で持ち上げられる程度には、楽々と風を操作できる。
同じ加護を持っていても、そこまでの力を発揮できる者はいないから、きっと選ばれているのだと、俺にはいつか、なにかやるべきことがあるのではないかと……そう皆が噂していたのは知っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そもそもこの世界のすべては【
ここに「熱・冷・動・静」の4つの性質が2つずつ組み合わさることによって【
人の体はたいてい「光5:他属性各1」というバランスで構成されると言われているが、種族によってその構成比には多少のばらつきがある。
例えば、大柄な赤銅色の肉体を持つ【ウォーロップ族】は、数値的に表現するなら「光4.8:火1.2:水1:風1:土1:影1」といった具合に火属性に偏ることが多く、昔から暑さに強く火を扱うことに長けた種族であるらしい。
巨人の【ロッサ族】は土属性。
小人の【ビコナ族】は水属性。
俺たち【アエローフ族】が風属性。
そして人口全体の7割以上を占めるという【ヒューラント族】は、種族としての特性はないものの、個人によってバラバラの属性の偏りを持って生まれる。
この偏りこそが【属性力】と表現される魔力の源となっているもの。
しかしこれとは別に、瞳の中に生まれ持つ魔法力がある。それが【
ここでいう属性加護ってのは、軍隊に例えるなら指揮官のようなものだろうか?
仮に「光・影・火・水・風・土」という6つの部隊があるとして、指揮官が居なくても各部隊を戦わせることはできる。しかし大きな戦力とはならない。
それに対して加護を持つ属性には、部隊を統率するための優秀な指揮官と、他の属性よりも圧倒的に数が多い兵士たちがいて、より強く大きな魔法へと繋げることができる。そうしたイメージで考えると分かりやすいだろう。
ちなみに各人が何の属性加護を持っているかは、瞳の色でわかる。
火属性は赤系、水属性は青系、土属性は黄色や茶色、風属性は緑系、ごく稀に金もしくは白金色の瞳を持つのが光属性の加護の持ち主。影の加護を持つ人間は存在しない。なぜなら影に偏った生き物は魔物に変じてしまうからだ。
この、属性力を使って発動されるのが【属性魔法】であり、訓練によって強力な属性力を引き出し自在に操る術を覚えた者が魔法師、というわけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
左隣で話をきいていたウィリオが、布越しに俺の手首あたりをグッと掴む。その感触にハッと我に返って慌てて声を張り上げた。
「い、いや……待ってくれ! 仮に風の聖具を見つけられたとして、俺にそれをどうしろっていうんだよ!? いまの話じゃ、イエヌスは聖具を戦争に使おうってことなんだろ? それをきいて、はいそうですかって渡せるわけがないじゃんか!」
俺の言葉が終わるより前に、親父が「ああ」とうなずく。
「カイエの言うとおりだな。本当に聖具があったとしても、戦の火種となる代物を手渡すわけにはいかない。だが、そもそもなぜ、その話を我らにしたのだね?」
「え? ど……どういう、ことだよ? 親父」
「聖具を奪うつもりならば、彼はわたしたちに、こんなバカ正直に話すべきではなかっただろう。何か意図があって、こんな話をしていると思うのだが」
「そう、なのか?」
「ああ」
そこで初めて、アルファードは小さな笑みを浮かべた。
「……私は……警告するつもりで、谷へきたんだ」
「警告?」
「王命には逆らえない。だが、父はともかく、他の、狡猾な貴族らや、他国の思惑になど乗るつもりはない。だから谷の民こそが……その力の使い道を決める……べき、だ、と」
語尾を濁らせたアルファードが、急にふっと目をふせた。荒い息を吐きながら、何度も頭を振って、虚空をにらみつけるように見ている。どうやら気力で保たせていた意識が途切れそうになっているらしい。
すると、同じ村の人たちとひそひそ囁きあっていた爺さんのひとりが、立ち上がってアルファードを指差して叫んだ。
「わしは騙されぬぞ!どうせ、そのようなことを言って、わしらにうまく取り入って聖具を奪おうというのであろう!?」
「そうだとも! 怪我を負った己の代わりに、我らに聖具を探させて、横取るつもりでいるに決まっておるわ!」
「聖具が大国の手にでも渡れば、取り返しのつかんことになる。それくらいならば、見つからぬままにしておいたほうが……」
「だが、東の連中はすでにあると思っているのだろう? まずいぞそれは……」
爺さんの声に励まされたかのように一族たちが言いつのり、大広間は騒然となった。ざわざわと囁く声や怒鳴り声が反響し、耳障りなざわめきが満ちる。
肩を上下させて荒い息をくり返すアルファードは、再び俺を見つめて慎重な口調で続けた。
「もし、私のように視る眼を持つ者が他にも居るとすれば、きみが適応者であることをすぐに察知されてしまうだろう。無いものを弱みとして攻め入られるよりも、手に入れた力を交渉材料として、国々と渡り合うほうが、有利になるのではないだろうか?」
急に、意識が遠ざかりそうになって、すとんと長椅子に尻が落ちた。
両側にいたウィリオとモニカが、慌てて腕や肩を抱くようにして体を支えてくれる。
ようするに、先に聖具を手に入れられれば、それを奪おうしている各国への対抗力になる……というアルファードの話は理解できるんだ。
だけど、見つけられなかったら?
本当にこの谷に聖具があるのかどうかすら分からないのに、俺が見つけられないせいで、一族が殺されるような事態にでもなったら、どうすればいい?
アルファードがいま、ここにいるってことは、すでに東の国々が谷へ来ようとしてるってことだ。だからこその「警告」なんだろう。でも……。
「いずれにせよ、
テーブルに乗せていた片手をぐっと握りしめた親父が、呻るように呟く。
その時、それまでずっと黙っていた【南の村】の婆ボラが立ち上がった。
ふくよかな体を深草色のローブで覆い、薄紫の覆衣を肩にかけた婆は、アルファードの傍まで歩み寄ると、夜光虫の殻をつなげた腕輪がはまる右手をあげて、モゴモゴと何かを呟いた。
右手からふわりと降り注いだ淡い光が、アルファードの全身を包み込む。
「あたしの治癒魔法は、回復を促進して痛みを和らげているだけなんだよ。治せているわけではないのだから、話はこれくらいにして、養生しないとねぇ」
青ざめた顔で婆を仰いだアルファードは、促されるまま再びソファーに横になって目を閉じた。すぐにその顔が表情を失って、眠りに落ちたのが分かった。
婆はまるで幼子にするように黒髪を撫ぜたあと、そばにいた親父の顔を横目で見やって、どこかおどけるような、しわがれ声で言った。
「あたしゃ、信じてもいいのではないかと思うがねぇ。まさか聖具の話が出てくるとは思わなんだが。この子が谷にきたこと自体、外界でよからぬことが起きている証だろうて」
「ああ、それには同意見だが」
「この子にはなにか思惑があるのかもしれん。だが確かに、聖具を求めて無茶をしてくる連中に無いことを証しつづけるのは、難しかろう。本当にカイエに、見つける力があるというのなら、一刻も早く、見つけるべきなのかもしれんなぁ」
「………………」
その婆の言葉が、決定打となったようだった。
そのあと結局、俺に聖具を探しださせることを、村長たちが決断したのだ。
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