疾風の衣

その日の夕刻。

東の村役場の大広間には俺たちと、東西南北の村長、そしてそれぞれの村の主だった大人たちが集まってきていた。


普段は祝い事や村民会議などで使われる村役場は【東の村】の街の北側にあって、百人ほどが集える大広間と、小部屋が3つあるだけの質素な建物だ。

建てられてから結構な年月が経つからボロイけど、会議以外の時にも、村民みんなの憩いの場として使われてる場所。


南北に長い長方形をした大広間には屋根を支える柱が4本立っていて、それを挟むように、デッカイ木を縦割りにして作られたテーブルが4つと、同じ長さの木で作られた長椅子が置かれている。


幼馴染みの俺たち3人は北東側のテーブルに並んで陣取った。


4つのテーブルに村ごとにまとまって腰掛けた大人たちは、入口がある北側の2つのテーブルの間くらいの場所に置かれたソファに横たわる男を、不審な眼差しで見つめていた。


「まずは、君の名前を、きかせてもらえるかね?」


俺たちの向かい側で、身を乗り出すようにしてソファを覗き込んだ親父が問い掛ける。南の婆の治療を受け、ちょっとだけ和らいだ表情になった男は、上掛けの内側で気だるげに身じろいでから、小さくうなずいた。


「私は、イエヌス国王の第二王子、アルファード・ロイユ・イエヌス」


「イエヌス……やはりそうか」


「親父、知ってたの?」


「この容姿に、この身なりだからな。心当たりがあったのだよ」


呟くような口調で答えた親父は、男を見下ろしたまま考えるように口を閉ざす。

親父が言わんとすることはすぐに分かった。

俺たちアエローフ族もふくめ、西の大陸には白い肌や薄い色の髪をもつ者が多い。褐色の肌を持つのは、山脈よりもずっと南の国の人々だって聞いている。


だけど男の服装は明らかに暑い地域に住む人たちのものとは異なるし、着ているもの、持っているものすべて、店頭で気軽に売られるような出来合いの物じゃない。

仕立てといい、装飾といい、どっちかといえば裕福な暮らしをしている者が持つ装備ばかりだ。


イエヌス王国は25年ほど前に、山脈より少し東でおこった国らしいけど、そりゃあこんな人物が王族にいたら、口さがない市井しせいの人々の噂になってても不思議じゃないだろう。


「10年ほど前だったかな。農業地区のセレアルトへ取引に出かけた際に、宿の宿泊客らが噂しておったよ。イエヌス王の妃には王子がひとりしか生まれなかった。それで王が、即位前に手を付けた踊り子が生んだ庶腹しょふくの男児を王家に迎えたらしい、とな」


「わしはてっきり、南方からの旅人かと思っておったがのぉ」


薬指と小指がない左手で、長い顎ひげをさすりながら口を挟んだのは、最も人数の多い【西の村】をまとめる村長のデリックだ。

いまでこそ痩せてひょろっとした爺さんだが、20年も前までは、村で一番血の気の多い性格で知られた男だったらしい。


「わたしは商いに出向くことが多いからな。老らより、少し世に明るいというだけだ」


「だが、イエヌスの王子が、なぜこの谷に来よったんじゃ?」


向かいのテーブルから酒壺越さかつぼごしに問いかけたのは、頭頂の薄い髪と頬ひげ、真ん丸な顔をした北の村長ジェラル。

鍛冶や加工職人が多い【北の村】で装飾品の多くを手がけてきた熟練の職人だけど、酒好きなのが災いして、いつも酔っ払って絡むのが厄介な爺さんだ。


ソファの上で横になったまま、村長たちを見比べていた男―――アルファードは、最後にこちらに視線を止めて、じぃっと見つめてきた。


またあの不思議な視線だ。気のせいか……感嘆してる?


なんか見惚れてるみたいな眼差しで、不快な感じではないんだけど、こんな風に見つめられたことがないから、ちょっとくすぐったい。

でもアルファードはやがて床へと視線を落とし、そこから思い決めたような表情で、一言ずつ言葉を切るようなゆっくりした口調で言った。


「私が、ここへ来たのは、風の聖具をさがせ、という、王命を受けたからだ」


そのとたん、ざわっと、居合わせた全員が身じろいだ。

親父や村長らが無言で顔を見合わせ、俺も思わず椅子から立ち上がった。


「なんで……それを」


「1年ほど前、大陸の東端にある国で、土の聖具らしき指輪が出現した。発現者とされた少女は、心の病で命を落としたそうだが、その連れ合いだった男が、聖具ごと隣国のカトラスに逃げ込んだせいで、東側の諸国がいま、不穏な状況になりつつある」


アルファードは、立ち尽くした俺との視線を合わせるためか、ソファの縁をつかんだ右手で体を支えるようにしながら身を起こした。

そしてふうと、辛そうな息を吐きだしてから言葉を続けた。


「これまでは、単なる御伽噺おとぎばなしに過ぎなかった。だが、土の聖具が現れたために、その強力な力を手に入れようとする者たちが、争いを始めてしまった。

そうして、血まみれの闘争を続けるうちに、土の聖具は男とともに消失してしまい、諦め切れなかった者たちが思い浮かべたのが、この桃源郷の谷と、はるか古よりここに住み続けていた一族のことだったのだ。…………誰もが、無関係だとは、思わなかった」


「つまり、東の国々は、この谷に聖具があると思い込んでいるということか」


親父は苦々しげな唸り声と共に呟く。

それを聞きながら俺は、何年も前に村の学び舎で教えられた逸話を思い出していた。




3つの大陸に古くから伝わる【光影神話】によれば。


光の神プリナリーラが創造したこの世界には、その代理人として地上を見守る、火・水・風・土という属性の名を冠する4人の御使いがいて、それぞれに【光で紡がれし聖具】と総称される魔法具を守護しているのだという。


火のエルダの【ほむらの剣】。


水のアルドルの【水面の鏡】。


土のドルマーシの【沃土よくどの円環】。


そして風の御使いであるフェサリターシャが守護するのが【疾風しっぷうの衣】と呼ばれる聖具だ。


桃源郷の谷は、谷の民が住み始める以前から、強い風の要素が満ちていた。

だから、もしかしたら聖具が隠されているせいでそれが起きてるんじゃないかって考えられていて、いつの頃からか、それを守ることこそが、ここに住むことを許された谷の民の使命だと理解されるようになっている。


だけど、大陸に暦が始まるより以前から、風の聖具はいちども確認されていない。

探すと言われても、漠然としすぎてて実感がないというのが正直なところだった。

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