魔材収集から始める武器職人の異世界ライフ

メソポ・たみあ

第1話 悪くない出来……なんだけど

「よし……こんなもんでいいだろ」


 額から流れる汗を拭い、俺は作業を終える。

 手には鍛え終えたロングソードが一本。


 既に柄革を巻き終えて刃付けもしてやったので、ほぼ完成といっていい。

 後は鞘を拵えてやれば終了だ。


「悪くない出来……だとは思うんだけどなぁ」


 自分が作った剣身を見つめながら、俺はため息を交えてぼやく。


 丹精込めて鋼を鍛造し、重心バランスも良く適度にしなる。

 これならよく斬れる一振りになるだろう。

 それに刃の側面を見つめれば、自分の顔が写り込むほど美しい仕上がり。

 

 やっぱり悪い出来じゃないと思う。


 ……が、数日後にはこれを二束三文で問屋に卸さねばならないのだ。

 悲しいったらない。


 まあ仕方ないって言えば仕方ないんだけどな。

 俺は所詮、王都から遠く離れた辺境に住む無名の武器職人。

 名匠と呼ばれるには程遠く、そんな奴の作った物なぞ当然価値が付かない。


 この一振りも、たぶん衛兵の腰にでも下げられて錆び付くのがオチなのだ。

 せめて駆け出し冒険者に使ってもらえればラッキーなんだが。


 それでも、今日という日を食いつないでいくために背に腹は代えられない。


 そもそも武器職人を始めたのだって、自分で選んだ道だしな。

 いつかは鍛えた武器が評価されることを信じて、地道にやってくしかないだろう。


「俺も代表作の一振りでも造れればな、っと」


「お疲れ様ですレジンさん、お仕事は順調ですか?」


「お、マルベリー。丁度今ひと段落ついたところ」


 工房の中を覗き込むように、一人の少女がひょいっと顔を出す。


 彼女の名前はマルベリー・アップルトン。

 俺が工房を構える辺境の町ミードで薬師を営んでいる。


 もっとも本人が言うには「本業は冒険者で、魔術師です!」らしい。

 だがこんな辺鄙な町だと冒険者の仕事も多いとは言えないので、薬師も兼業して生計を立てている次第。

 それでもこの町に居続けるのは、俺と同じでミードののんびりとした雰囲気が気に入っているからだろう。


 そんなマルベリーは手に持っていたパン入れバスケットを少し持ち上げ、


「丁度よかった、お昼にしませんか? ウィルさんのところから焼き立てを頂いてきたんです」


「そりゃいいね、ありがとう。だけど、前にも言ったがそんなに気を遣ってくれなくてもいいんだぞ?」


「なにを仰いますか! レジンさんは元とはいえ冒険者、それも王都で活動していた大先輩なんですから、後輩としてこれくらいしなくちゃ!」


 ハキハキとそう言って、彼女は工房の中へと入ってくる。


 ――そう、俺ことレジン・ボヤージュは今でこそ武器職人をやっているが、かつては一介の冒険者だった。

 王都の冒険者ギルドに在籍してあちこち旅し、強大な敵と切った張ったをしたものだ。


 ……だがパーティ同士でのいざこざや、ギルドの厳しすぎるノルマなり悪環境なりのブラックっぷりに嫌気が差して引退を決意。


 だからもう過去の話に過ぎないのだが、それでもマルベリーは先輩冒険者として慕ってくれている。

 辺境の冒険者にとって王都の冒険者は憧れとは聞いていたが、彼女のその例に漏れないらしい。

 

「それにレジンさんは武器造りになるとすぐ夢中になって、まともにご飯も食べなくなるんですから。定期的にこうして見に来ないと、生きてるか不安になっちゃいます」


「あはは……返す言葉もない」


「それで、新しい剣の出来はどうです?」


「いい感じかな。腕利きが使えばチェインメイルでも簡単に斬り裂けるはずだ」


「……チェインメイルって、そんな簡単に斬れるものなんですか?」


「いいや、まさか」


「でもレジンさんの剣は斬れると」


「少なくともここ最近鍛えた剣なら全部、試し切りで斬れたな」


 俺が答えると、マルベリーは小さくため息を吐く。


「……レジンさんは、もっと武器職人として評価されるべきです。簡単にチェインメイルを斬れる剣が二束三文で売られるなんて、おかしいじゃないですか!」


「俺はこの仕事を始めてまだ数年だし、実績もなにもないから仕方ないよ」


「でも……!」


「そりゃ安く買い叩かれるのは悔しいけどさ、そもそも武器っていうのは使用者が使って初めて評価されるべきなんだ。造った側がどうこう言うべきじゃない。それに好きで始めた仕事って側面もあるし」


 武器職人はあくまで武器を造る者。

 ダンジョンに潜って魔物モンスターと実戦を繰り広げる使用者とは視点が違う。


 俺は元冒険者だからその経験も踏まえて武器を造ってはいるけど、やっぱり現役の評価があってナンボだと思う。


「はぁ……レジンさんは、そういうところ本当に頑固ですよね」


「こだわりと言ってもらえると嬉しいね」


 そう答えて、俺はマルベリーが持ってきてくれたパンに手を伸ばそうとする。


 ――その時だった。


「モ――魔物モンスターだぁ! 魔物モンスターが出たぞぉッ!!!」

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