序
「お父さんもお母さんも嫌い! 最悪! 死んじゃえばいいんだ!」
あたしはそう叫んで家を飛び出した。
よくある親子げんかと言えば、これはそうだ。つまんない言い争いをして、ほんのちょっとだけ親に心配をかけてやろうなんて、その瞬間はそれくらいの気持ちだったと思う。
真夜中に家を飛び出して、町中をさまよって、小さい頃にきたことのある公園のベンチで私はしくしく泣いていた。
受験に失敗して。
両親に失望され。
私は自分自身が何者なのか、もはやよく分からなくなっていた。受験勉強は自分のためにがんばっているんだと思っていた。勉強をがんばっていればお父さんもお母さんもニコニコしてくれていたし、喜んでくれていた。
それでうまくいっていたし、まさかこんなことで失敗して、何もかもがひっくり返るなんて思いもしなかった。
「期待していたのに」と母は言った。
父は失望の光を目に湛えて、しかし私の目は見なかった。
きっと私は、自分を押し殺していたのだろう。
あるいは、完璧ではない私を取り繕って、さも完璧である自分を装っていたのだろう。
結局私は、ただの私でしかないのに。
お父さんもお母さんも、私を見たいように見ていただけなのだろう。
誰かの理想の私になりたいだなんて――
そんなものは、自殺と何ら、相違ない。
だったら私は――ただひとりぎりの、私になりたいと思う。
私のためだけの、他の誰でもない私に。
「私なら、君の思いを理解出来るよ」
いつの間にか目の前に現れたそいつは、手を差し伸べるようにそう言った。
「嘘を吐くなよ」
私はそんな優しさは偽物だと知っていたので、そいつをぎりと睨みつける。
しかしそいつは、柔らかな調子で続ける。
「吐き慣れた嘘は真実に似ている。私は君の嘘だ」
「…………」
「いまなら、嘘を真実に出来るかも知れない。この嘘が、本当に求めていた真実だったのかも知れない」
そいつが言うことは、確かにそうだと思った。
そいつの言い分を、私ははっきりと理解出来た。
そいつは私の最良の理解者だったし、
そいつは私の理想だったから――。
結局、そいつにそそのかされて、私は最悪な選択をした。
もちろんそいつは私の嘘でもなかったし、真実でもない。
ただ私はそれによって、ひとつだけ決意することが出来た。
そして最後に一度だけ、家に戻った。
家に明かりはない。
玄関の扉は鍵が閉じられていて、急な緊張にお腹が震えた。
静かに自分の部屋に戻り、ボストンバッグにありったけの荷物を詰め、最後に弟の顔を見に部屋に入ったけど、そこに弟の姿はなかった。
それでも躊躇うことなく、私は家を出た。
――そしてそれぎり、私は家に戻ることはなかった。
私は家出をした。
ほんのちょっとだけ親に心配をかけてやろうなんて、最初は本当にそれくらいの気持ちだった。
けれど私は決意した。
他の誰でもない私を取り戻すため、家を出る。
ただひとりぎりの私になるため、家を出る。
これは――この旅は、
私のための、自殺旅行なのだ。
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