第8話 「幻晶」

 アルフレッドに手を引かれて向かった先にはなだらかな坂道。

 先は見えないが明らかに上へと向かっている。

 俺にはそれが地獄から抜け出す為の蜘蛛の糸に見えた。 後は他の亡者が寄ってくる前に登り切るだけだ。


 気持ちは急いていたが、周囲への警戒を怠らずに俺はアルフレッドと二人で坂道を登り始めた。

 しばらく進んでいると徐々にだが不安になってくる。

 この坂道は狭く、襲われると逃げるのは難しいので戦わざるを得ない。


 免罪武装の消耗を考えるとここが使いどころかとも思っているので、ここの突破に出し惜しみはなしだ。

 警戒をしつつ上へと登って行く、覚悟こそ決めているが戦いたい訳じゃないのでどうか何も来ませんようにと祈りながら一歩一歩と先を目指す。


 この坂は洞窟のような穴ではなく、山のようになっているので道の端は片方が何もない。

 つまり落ちるようになっている。 休憩する際に下を見てみたが何も見えず、吸い込まれそうな闇だけがあった。 落ちたら楽に死ねるなと思いなるべく道の真ん中を歩くように意識する。


 そんな時は視線を前に向けるとアルフレッドが軽快な動きで先導している姿が見えた。

 短い付き合いだが、こいつの存在は俺にとっての救いだ。

 愛嬌があって体調も気遣ってくれる。 なにより、言葉は交わせないがその存在が俺の孤独を癒してくれるのだ。 正直、ここまで大切に思える存在は今までにいないと言い切れる程に俺はこいつに救われている。


 ……ありがとな。


 口に出すのは照れ臭かったので感謝の気持ちを抱きながらその小さな背中を見守った。



 長い坂だったが下で半月近く彷徨っていた事もあって、数時間程度の距離はあまり長いと感じられなかった。 到着した先も下と似たような場所で、水晶でできた広大な空間。

 ただ、下の水晶に比べるとやや輝きが弱い。 印象的にも格が落ちている感じがした。


 楽勝――かどうかは分からないけど、下よりは遥かにマシだろう。

 この調子で上がって行けば免罪武装に頼らなくてもどうにかなるレベルまで敵が弱くなると思いたい。

 普段通りに俺はアルフレッドに先行偵察を頼み、安全を確認して慎重に進む。


 この階層に棲息しているモンスターが何か分からないので、確認の意味でも見ておきたい。

 グラニュールのようなステータスが極端に高く、動きが鈍いタイプならそこまでの警戒は必要ないかもしれない。 与しやすい相手であるなら精神的な負担も減るので俺としては是非ともそうであってほしいと思っていた。


 ――おかしい。


 最初に違和感を覚えたのは移動を始めて数時間経過した頃だ。

 何も現れない。 アルフレッドにもモンスターの姿を見かけないのかと確認したが、フルフルと否定するように体を揺らす。 ここには何もいないのか? それともボスか何かが居てその縄張りに入ったから他が寄って来ない? 可能性はいくつか思い浮かぶが、確たる根拠がないので俺の妄想止まりだ。


 周囲を見ても何かが居る気配はない。

 基本的に静かな場所だが、今回に限ってはその静けさが不気味だった。

 アルフレッドにも警戒を絶対に解くなと念を押して今まで以上に慎重に進む。

 

 どれぐらい歩いただろうか? 半日ほど経過した辺りでアルフレッドの様子がおかしくなった。

 しきりに辺りをキョロキョロと見回し、偵察に行かずに俺の傍から離れなくなったのだ。

 どうかしたのかと尋ねると答えに迷っているのか、そわそわと落ち着きがない。


 分からないが俺から離れると不味いと感じているようだった。

 それを見るだけでも嫌な感じが伝わって来る。


 ……どうする? 一度戻るか?


 下に戻らなくても坂の辺りまで戻れば開けているので何かあればすぐにでも対応は――


 「――っ!?」


 それは唐突に、本当に唐突に起こった。

 アルフレッドがいきなり動いて俺を突き飛ばしたのだ。 何だとその姿を目で追うとアルフレッドの小さな胴体を水晶でできた矢が突き抜け、大穴を開ける。


 「あ、アルフレッド!?」


 俺は頭が真っ白になって咄嗟に倒れたアルフレッドを抱きかかえる。

 ステータスを確認すると九割近い耐久が消し飛んでいた。

 しかもその残りの耐久も徐々にだが減っている。 パニックに陥るが免罪武装が精神的な動揺をステータスに変換し、強制的に冷静にさせた。


 矢が飛んで来た方向を振り返ると。 水晶でできた人型のマネキンみたいな奴が弓を構えていた。

 あいつがやったのか。 鑑定をかけるとその正体が明らかになった。

 幻晶弓兵ディオネ。 ステータスはグラニュールに比べるとかなり低い。


 平均で四十万前後。

 恐らく免罪武装Ⅲプルガトリオ朦朦悔悟イラじゃなくても仕留められるレベルだ。


 ――だが、それは相手が一体だった場合だ。


 ディオネの背後から滲み出るように似たような連中が次々と現れる。

 剣、槍だけでなく馬に乗った奴までいた。

 片っ端から鑑定をかけると――

 幻晶槍兵テティス、幻晶歩兵フェーベ、幻晶騎兵ミマス。


 ステータスは偏りこそあるが似たようなものだった。

 そして最大の問題は最後に現れた奴だ。 全身鎧みたいな形をしており、偉そうな歩き方からも非常に人間くさい。

 幻晶将軍イアベトゥス。 こいつだけは別格だった。

 

 ステータス平均百万。 取り巻きの倍以上だ。

 加えてスキルも大量に保有しており、中には軍団を指揮する類の物も含まれており統率が取れている事が窺える。 その証拠に連中は俺達を取り囲むように現れたからだ。


 ここまで来て俺はようやく悟った。 この階層に入って今まで何も現れなかった事を。

 こいつ等は早い段階で俺達に目を付けており、確実に仕留める為に俺達を深くまで誘い込んでいたのだ。 甘く見ていた。 格が落ちると脅威度は下がる?


 単体で見るならそうだろう。 だが、数が揃うとどうだ?

 正直、グラニュールを何とか出来た事で俺は調子に乗っていたのかもしれない。

 グラニュール以下なら最悪、免罪武装を使えばどうとでもなる。 そんな驕りとも呼べる考えがこの危機を招いたのだ。 どうする? どうにか突破を図らないと不味い。


 先へ進む道はイアベトゥスが塞いでいる。

 免罪武装Ⅲプルガトリオ朦朦悔悟イラでどうにか――

 ――不意に何かが軋む音が聞こえた。


 視線を下げるとアルフレッドが全身に亀裂を走らせながらどうにか動こうとしているのが見えた。

 

 ……馬鹿か俺は。 突破よりも先に考える事があるだろうが。

 

 自分で自分を殴りたくなった。

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