第一章・転生したら異世界でした
第3話 たゆたいのひととき、【加筆修正】
目覚めは唐突に──。
激痛で意識を失ったはずが今は痛みがなく、妙な浮遊感を感じつつ、意識は重く暗い闇から明るい世界へと浮上する。身体に感じるのは不可思議な温もりと得体の知れない空気。それを認識した瞬間、俺の世界観は一瞬で崩壊した。
(あれ? ここは一体、何処なんだ?)
目の前に薄らと見えるのは、病院の天井とも似つかない綺麗な絵柄の天井だった。木目とも言い難い、赤や黄色などを沢山使った目に優しくない天井。
周囲を目だけで見回せば、使い古された茶色の籠に覆われ、今の状況が全然頭に入ってこない。というより如何ともし難い眠気に襲われ、俺の意識は暗闇へと戻っていった。
(よく分からない。ここは何処なんだ?)
考えるだけで精一杯。それだけで眠気が酷く、状況を知ったのは次に目覚めた時だった。
§
「この子の名前はシュウというのね」
「そうだ。神父からその名を授けて貰った」
目が覚めた。
俺は自分の名前を呼ばれた気がして、ボーッとしながらも自身を見つめる大人達に気づく。
目前には金髪碧瞳の厳ついオッサンが一人。
「おー、お前に似て可愛い顔立ちだな。髪も綺麗な銀色だ」
銀髪碧瞳の綺麗な女性が一人だ。
俺が認識出来るのはそれが人であるということだけ。害意は無し。ただ優しげに俺を見つめるだけだった。ん? 害意云々ってなんで分かる? まぁいいか。
「もう、男の子に可愛いは無いんじゃない?」
「そうか? 俺のように厳つい顔になるよりはいいだろ」
「でもそうね、私の幼い頃にも似ているかもしれないわ」
「な、姿絵を陛下から見せていただいた時に」
「み、見たの? 私の姿絵を? 裸のあれを」
「あ、陛下から秘密だって言われてた!」
「お父様ってば、まぁいいわ。もう見られたあとだし」
「すまん、すまん」
微笑みながら俺を見つめる二人の言葉は日本語のようでいて何処か違う韻を踏んでいた。
それは方言だろうか? 俺も気になって会話に入り込もうとした。ここは何処なのかと。
しかし、
「あうあう」
「俺に用があるのか?」
「うぅ」
「そんなに顔を近づけないで」
「す、すまん」
考えた言葉と声に出した言葉が違った。
俺の野太い声が妙に華奢で、か細い声音に変化している。耳に入った声音に俺は
「貴方の顔がよほど怖かったみたいね」
「う、うぐっ」
「お乳をあげるから貴方は外に出てね?」
「お、おう」
「この子のあとに貴方にもあげるから」
「そ、そうか? うむ、存分に励めよ」
「はいはい」
それでも二人の話す言葉だけは理解出来る。
バカップルかってほどの仲の良い男女だ。
今は正しく発する事だけが出来ないだけだ。
(そんなに俺の身体は悪いのか?)
ある意味、衝撃で砕け散ったようなものだ。
発する事が出来なくても不思議ではない。
するとここで大きな手にすくい上げられた。
(は? 高校生の俺が女性一人に? ち、ちょっと! その大きなおっぱいは目の毒ですって!! 色白で綺麗だ、これだけでも粘土で表現したい!)
そして顔に迫るのは今まで見た事もないような豊満な胸だった。亡くなった実の母でも平面まな板だったのに。断崖絶壁がよく似合う幼児体型だったな、今思うと。
俺の彼女も薄く柔らかいだけの胸で。
(彼女? そんなの俺に居たっけか?)
不意によく分からない思考に見舞われたが、段々と近づく大きな胸に俺の思考は途切れ本能のままに吸い付いた。
(これってまさかだけど、そのまさかだよな)
乳に吸い付いたままチラッと見えた物は、病院とも言い難い天蓋付きのベッドだった。俺の居た籠と異なり、こちらはとても大きなベッドだった。そして反対側を見れば、そこは大きな建物と剣を振る男達が目立っていた。
(今は赤子なのか、あ、ダメだ。これ以上考えると)
思考停止。考えるより感じろとでもいうように無心で乳を吸い続ける俺だった。幸いなのはこんな状況でも過去の記憶を残している事だろうか? しばらく吸い続け、お腹が一杯になると俺はあくびと共に胸から離された。
(この状況、よく読んでた異世界転生物の内容と同じじゃねーか。あ、考えると眠くなる)
目前で微笑む綺麗な女性は優しく俺を籠に戻し隣で寝息を立てだした。
§
次に目覚めた時、俺の意識はすこぶる快調だった。それは何故かって? 今までは本能という物が全てを担っていたのか、気がつけば掴まり立ちをしていたのだ。ここから先はお前の番だというように、意識が勝手に切り替わった。
(俺ってば二年近くも寝てたんかい!? 今の俺って三年寝太郎に近い状態じゃねーか? よくそこまで寝ていられるな? ま、娯楽が何も無い世界だったなら暇すぎてあれこれやっていそうだよな、きっと。多分、それは今後も)
自分自身にツッコミを入れるくらいには元気らしい。普通ならフラフラ立ちのはずが過去の経験があるからか身体を無意識で使ってしまった。おおよそ二歳児とは思えない急な挙動。
「おぉ、奥様! 大変ですぅ!」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
それを側で見ていた老齢な家政婦が大慌てで別室へと駆けていった。目覚めてすぐの立ち歩き。
どちらかといえばムクリとベッドから起きてフラつく事なく窓際に走り抜ければ驚かれても仕方ないだろう。微かに聞こえる声音では前日はヨチヨチ歩きだったのに急に歩いたという。
(これってやってしまった感がある? でも、出来るものは仕方ないしな。まぁいいか、クヨクヨ悩んで、眠気に襲われでもしたら堪らないし。今後は考えるよりも心の赴くままに楽しまないと、前世での大失敗は二度とごめんだ!)
やらかして示してしまった以上はどうしようもない。言葉も拙いはずなのにスラスラと出してしまっていたしな。しかも発音までしっかりしている。世界が世界なら悪魔憑きと思われるだろう。
だが幸い、この二年間の記憶を思い出せば早い子は割と早いらしい。しかもこの世界には魔法という物が存在するそうだ。俺の母親とされるミシェルが目前で魔法を使っていたからな。
眠りにつく魔法だとか、夜泣きしない魔法だとか、一種のまじない的な魔法を使っていた。
しかも、こっ恥ずかしい詠唱呪文を唱えて。
(本当にここは異世界なのか。魔法に関する知識が無いからなんとも言えないけど。そういえば光を灯す魔法だったか? 空間を浄める効果があるとか、えっと──)
とはいえ、こっ恥ずかしい呪文でも魔法は魔法だ。ついつい好奇心が勝った俺は不意に口ずさんでしまう。
「暗闇を打ち払う、光を求むる、我、シュウ・ヴィ・ディライトなり、ここに光よ顕現せよ」
無意識故か自身の名を名乗っていたり。
直後、猛烈な酩酊感と共にパッと明るいフラッシュが焚かれ、俺はパタリと絨毯の上に転がった。
のちに知った事だが、これは魔力を使いすぎた時に起こる症状との事だ。魔力を練りすぎたとか、考え無しに放出した時に起きるらしい。
そうして俺が倒れた直後、物音を聞いた家政婦達が「ご当主様!」「伯爵様!」と叫んでいた。
(ああ、俺って貴族家の子息だったのか)
異世界転生して伯爵様と聞けば、あちらの世界の価値観が唐突に崩壊するのはどうしようもないだろう。大きな屋敷の時点で気づけば良かったが、おおよその二年間、俺の意識は眠っていたままだったのだから、どうしようもない。
しかも、つい先日まで目の前で他国のドンパチが行われていたという大変危険な領地であると知ったのは次に目覚めた後の事だった。
§
《あとがき》
本能に勝るものなし。
途中途中を加筆修正しました。
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