第2話 軽率な不幸をもたらす。【加筆修正】
シスコンが極まる無能な兄──。
父から才能無しと言われ海外留学していた愚兄から『彼氏を見極めてやる』と言われ嫌々ながら応対した。それが結果的に私の愛する人を奪われる事になろうとは、その時の私には理解出来ようはずはなかった。
§
それは遙か遠く、ドンッと大きな音が響く。
私は愚兄に背中を押されたまま不意に振り返る。
「え? 今の音なに?」
「何処かで事故でもあったみたいだな」
しかし愚兄は私の不安を無視するかのように、屋敷へと連れて行こうとする。
「事故?
「他の誰かだろ? 気にするだけ無駄だ。言っただろ、あんな奴はお前には不釣り合いだ。別れるって言われただけで反論も何も出来なかった事がいい証拠だ。それはいいからさっさと中に入れ。お前が風邪引くと俺がクソ親父に怒られる」
反論するもなにも、睨み付けて反論出来なくしたのはアンタのせいでしょ。私だって本当はあんな事を言いたく無かったのに。
私は渋々と敷地内へと入り──、
「向いているとか、いないとか兄さんが決める事じゃない! 大体、父さんが認めた相手よ。それを帰国してきて自分が気に入らないからって見極めるって言ったのは兄さんだけよ。そもそも、二度と私の前に現れないでって、兄さんに言った言葉なんだからね!! さっさと自分の住処に帰ってよ! 兄さんが勝手に敷居を跨ぐだけで、私が父さんに怒られるでしょ?」
背後から付いてくる愚兄に対して物申す。
愚兄はその一言から門扉前で立ち止まる。
父さんから無能と勘当されたも同然の愚兄。
自身の才能の無さに苛立ち気に俯いていた。
私は両手で胸を押さえ、不安が拭えないでいた。
(大丈夫かな? どうしよう胸騒ぎが収まらない)
蒐は父さんが唯一認めた相手だ。
私の父は造型師として有名で仮に付き合うならそれなりの腕を持つ者を欲していた。二度と出会えない相手、そのような者に継がせると。
今までお見合いで何度も試験を行い、誰もが失敗する中で蒐だけはその試験を突破した。
それは粘土を使って平面から立体を造る試験だ。陰影から形状を正確に把握して造り出す。
私の目に狂いは無かったと改めて実感したほどだ。その試験は当然、私を始め家族も定期的に行っているが、愚兄だけはどうやっても失敗の連続だった。才能が無い、まさしくそれを体現しているような無能だったのだ。
無能だからこそ出来る人間が憎いのだろう。
愚兄は私の一言を聞いて開き直った。
「ああ、大いに気に入らないね! あんなひょろっとした男の何処がいいんだ? それよりもマシな男はたくさんいるだろ!」
「居ないわ! 蒐ほどの逸材は居ないの! 兄さんのように能力の無い人には絶対に分からない相手だわ!」
「てめぇ! 俺の何処に能力が無いって言うんだ!」
「海外にまで学びに行った割に、平面把握が下手くそ過ぎて、使いものにならないって突っ返された事が証拠でしょ!」
「て、てめぇ!」
図星を突かれるとすぐムキになる。
荒っぽいだけでは精密な物は造れないよ。
その直後、私のスマホに電話が入る。
見たことも無い電話番号だ。それが固定電話だということだけは分かったけれど。
「電話? はい、もしもし」
『こちらは
「は、はい」
『私は警察の者です』
「け、けいさつ?」
『
「え? 家族?」
『はい。ご遺体の引き取りについて』
直後、私はフラつき門扉近くで腰が抜けた。
現実を受け入れたくないと、電話の声は耳から遠退き何も聞こえなくなった。
(え、ご遺体って言った? 蒐が死んだ?)
呆然とした私を見た愚兄は首を傾げ、私からスマホを奪う。
「私達は無関係です。別れた者にかけてこられても困ります」
そう、言うだけ言って電話を切った。
無関係と原因そのものが平然と宣った。
私は怒りから愚兄をキツく睨む。
睨まれた愚兄は鼻で笑い──、
「丁度良かったじぇねーか。もっと良い男なら俺が紹介してやるよ!」
有り得ない事を平然と語った。
それを聞いた私は更なる怒りが沸き立ってきた。
「馬鹿言わないで! 蒐は帰ってこないの! 人の命をなんだと思ってるの!?」
「一人や二人亡くなったところで関係ないだろ? あんな男よりも」
「それなら兄さんが亡くなれば良かったのよ! 蒐を返してよ!?」
私はなんとか立ち上がり、バッグの中から防犯ブザーを取り出して思いっきり引っ張った。
轟音が敷地内に響き、屋敷から父さんと家政婦が出てくる。愚兄は父さんに気づいた途端、一目散に逃げ出した。次に見える場所に来たら殺すとまで言われていたもんね。
落ちたスマホを拾った私はかかってきた電話番号にかけ直したが通話中となり繋がる事はなかった。
§
それは蒐の葬儀日が決まった翌日の事。
この日の私は普段とは違う装いで別の友達の元を訪れた。訪れたというかお呼び出しを受けた方が正しいね、私の相棒は既に居ないけど。
「どうしたの、
「う、うん、ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
それは蒐に隠していた私のもう一つの姿だ。
「ところで相方は?」
「うっ」
隠していたというか気づかれてなかった。
この姿でも、お尻を触らせていたのにね。
鈍感過ぎたよね、思い出すと泣けてきた。
「うぅぅぅ」
「どうしたのよ? なんで泣いているの」
「わ、私がバカやって、居なくなったの」
「はぁ? 何をやったのよ?」
「それは、言えない、の」
「言えないって。まぁいいわ、シャワー浴びなさい。どうせ今日は雨で中止だから。他のバカ達も屋内練習場に行ったしね」
「う、うん、借ります」
「そんな他人行儀な、私は少し出てくるから楽にしててね」
そう言い残した友達は雨の中、外出した。
その間の私はシャワーを借りて、今まで溜めに溜めた喪失感の悲しみを吐き出していた。
「わ、私のばかぁ。何で、何で、あんな」
自分自身を責めても仕方ないのにね。
泣きわめく私を見つめる冷静な私も居た。
居なくなった者は戻らない、どうあっても覆る事などない。私が不用意にやらかした罰は、一生かけても償わなければならない罰だから。
なお、出て行った友達も何故か帰ってこず、
「え? 嘘っ!?」
ニュースで亡くなった事を知った。
私が不幸を招き入れたとでもいうように。
辛い現実を突きつけられてしまった。
§
私が蒐達に会ったのは数日後に行われた葬儀。学校の友達と参列した葬儀。二人の身体は原形を留めておらず見せる事は出来ないと関係者から言われた。
それと蒐には後見人となる親戚が一人しかおらず、両親は他界したあとだったらしい。
「名字からもしやと思っていたが、お前か」
「馬鹿な愚息が悪い事をした」
「気にするな。蒐の心が弱かった事も要因だ」
「そうか。すまない大事な甥っ子だったのに」
後見人の親戚が父の大親友と知った時は運命を感じたけど、そんな事は生きているうちに知りたかった。火葬場にて蒐達の身体が燃える間も私の心にはぽっかりと穴が開いたままだった。
(あんな提案に乗るんじゃなかった。無視すれば良かった。それさえなければ蒐達は死ななくても良かったのに)
その日、蒐の骨壺を見た私はショックから外に飛び出し迎えに来たバスに跳ね飛ばされ数秒後に頭から地面に叩き付けられた。
(ああ、私も蒐達の元に連れていって二度と離れたくないの)
§
《あとがき》
とてもヤンデレなスタート。
描写不足分を加筆しました。
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