雪解け
美湖
第1話
「愛ってなあに?」
そう今にも泣き出しそうな顔で尋ねる幼い頃の私に、あの人は確かにこう言った。
「うーん、そーだなあ…。私の場合、ほとんど祈る、みたいな?ましろもいつか分かるよ。」
そう言って彼女は笑ったけど、あのときの言葉があまりにも自然に心に溶け込むから、一瞬、泣いてもいいんだと思ってしまった…。
あのときはまだ、桜が咲いていた。
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ジリリリリ…
いつになっても、いや、この音だけは一生好きになれそうにない。ご丁寧に10年間、毎朝不快な目覚めを贈ってくれる。
「まお〜!ごっはんっだぞー」
次いで不快なこれも。
「今行くってぇー!」
いつもだったら出したくもない大声を出したせいで、朝からにじみ出る気だるさが、今日は浮かれまくってどこかに飛んできそうな気持ちしかない。そう、今日は4月3日。この日をどれだけ待っていたことか。
リビングに降りていくと、私以上に浮かれた兄が、食べ切れるはずのないほどの朝ごはんの向こう側で、満面の笑みで私を迎えてくれた。
「お前今日あれだろ、入学式だろ、だからな兄ちゃんな、張り切っちゃった。」
今にも舌を出しそうな顔でこっちを見てくる兄に、呆れることしかできない。
「…お兄ちゃんは来ないでよ。」
兄の考えを一瞬で悟った私は即座に先手を打った。つもりだった。
「なんでだよおおお!兄ちゃん、今日という日をどれだけ待ち望んでいたと思ってんだ!」
それはさっき私が思った。そしてなぜお前が待ち望んでんだ。
言い返そうか迷ったが、何を言っても無駄な気がしてそれ以上は何も言わなかった。
兄の作った朝ごはんは、不器用だけど優しかった。
「一人、ものすごい美人がいるぞ」
そんな噂を入学式で7回聞いた。名前はゆきむらましろ、と言うそうだ。噂で聞いただけだったから漢字はわからなかったが、同じ教室の後ろの席に「雪村純白」と書かれたネームプレートを見つけた。
彼女は、チャイムがなる5分前くらいに教室に入ってきた。彼女の顔を盗み見ると、なるほど、名前負けも噂負けもしない、透き通るような白い肌に、猫を連想させる大きな目、筋の通った高くて小さな鼻を持っていた。背も高く、モデルでもやっていそうな慣れた歩き方をしていた。
一瞬、時が止まったような静かな時間が流れた。次の瞬間、彼女に話しかけようと駆け寄っていった女子達を筆頭に、次々と人が押し寄せ、彼女はその渦に飲まれていった。が、その時間は長くはなかった。
「はい、席につけー。お前ら初日でもう固まってんのかー、仲良いな。」
入学式だからか、予定よりも早く来た新しい担任が、人間の塊を一言で解した。
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