きみの姿

葵染 理恵

第1話

水野桃香は満員電車の吊革を握り締めながら、8時55分になるのを待っていた。この時間になると車窓から彼の部屋が見えるからだ。

彼の名前は南野一馬、23歳の大学生。

9階建てマンションの6階の角部屋に住んでいて、2秒間だけ一馬の部屋を見ることが出来る。

最近、一馬の勉学が忙しく、なかなか会えない桃香にとって、この2秒は幸せな時間だった。

二人の出会いは落とし物を拾い合った事で、始まった。どういう事かというと、一馬は財布を落とし、桃香は携帯を落として探していた所、一馬は携帯を見付けて桃香は財布を見付けていた。そして交番に届けようと向かっている途中で二人は出会った。

同い年でお互いの趣味がDYIだと知って気が合った。そして一馬から告白をすると、付き合いが始まった。

たが、付き合い始めて半年も経つと、一馬からの連絡が少なくなり、逢う時間もなくなっていった。なので桃香にとって大切な瞬間だった。

電車がスピードを落として坂野駅に近付いていく。すると近い距離ではないが、一馬の部屋が見えた。

一馬は窓側に置かれた机で勉強をしている。

(今日も、しっかり勉強しているわ)

と、微笑みを浮かべながら3日前に会った時の事を思い出していた。


ピンポーン

桃香がインターホンを鳴らすと、一馬は眉間に皺を寄せながら玄関の扉を開けた。

「勝手に来るなよ」

「だって電話にも出てくれないし、女でも居るんじゃないかと考えたら心配になっちゃって…」

「そんなのいないよ。あと早朝から執拗に電話してくるのも、やめてくれる」

「なんで?一馬、言ってたじゃない。早朝の方が勉強がはかどるって。だから起きてると思って掛けているのに、なんで出てくれないの?」

一馬は深いため息をつくと、頭を横に振った。

「もう俺、無理だわ…俺たち別れよう…」

「なに言ってるの?こんなに一馬を愛しているのに?なんでそんな事を言うの?」

「桃香は俺を愛しているとは思えない。相手の状況や気持ちを分かろうとしない時点で、そこにはもう愛はないよ。さようなら」

と、言って扉を閉めようとした。

だが、桃香は持っていたバッグを扉の隙間に挟んで、強引に体をねじ込ませた。

「やだ!絶対に別れない!」

「お願いだから、もう俺の事は忘れてくれ!」

「嫌!!」

感情が爆発した桃香は、自分を追い出そうとする一馬を突き飛ばした。

そして傘立てから傘を取り出すと、一馬の後頭部を目掛けて振り下ろした。

鈍い音がすると、頭部の割れ目から鮮血が流れだして、一馬の体は痙攣をし始めた。

桃香は救急車を呼ぶでもなく、何もせずに一馬の命の灯火が消えていくのを静かに見守った。

痙攣が治まると、桃香は顔を覗き込む。

「一馬たら、鼻血が出てるわよ」

と、ハンカチで綺麗に血を拭き取ると、開いた瞳孔を凝視して「ふっふ、もう私しか見えないでしょ」と、言って目を細めた。

桃香は傘を戻すと、亡骸になった一馬の足を持って風呂場まで引きずる。

そして太腿まで洗い場に出すと、一馬を跨いで、DYIボックスからノコギリを持ち出した。

「これからは、ずーと一緒にいようね…」と、言うとノコギリで一馬の太腿を切り始める。

だが腿の肉は柔らかく、流れ出す血でノコギリの刃が滑ってしまい、思うように切れない。

「もう!」と、鼻息を荒げながら、キッチンから包丁を持ってきた。

プチプチと細胞が切り開かれた。

ピンク色の筋肉と白い脂肪が真っ赤な血で染まる。その血をシャワーの水で洗い流して、また包丁を入れると骨に当たった。

桃香は包丁からノコギリに持ち変える。

キコキコ

キコキコ

キコキコ

と甲高い音を鳴らして大腿骨を切断した。

時間をかけて両足の切断をし終わると、切断面にバスタオルを巻いた。

「さあ、お勉強の時間ですよー」

と、両足が失くなった一馬を勉強椅子に立たせて、細いロープで背もたれとお腹を巻くと、体を固定させた。

そして、一馬の両手を勉強机に乗せると、勉学に励んでいるような姿にした。

桃香は「私の一馬」と言いながら色んな角度で写真を撮る。

満足げに写真を見返していると、爪の間まで一馬の血に染まった自分に気づいた。

「あっ、これじゃ帰れないから、一馬の服、借りていくね」と、クローゼットから洋服とキャリーケースを取り出す。

その場で着替えを済ませると、脱いだ服と一馬の両足をナイロン袋に入れてキャリーバックに押し込んだ。

桃香はキャリーバックを引いて一馬に近づく。

「もうここには来れないけど、いつも一緒だからね。愛しているよ、一馬」

と、言って一馬の唇にキスをした。

そして、カーテンを開けると、部屋の照明を消して出ていった。


「次は坂野~坂野~お出口は右側です~」と、車内放送が入る。

桃香は首にかけているカプセル形のピルケースペンダントを握りしめた。

(今日も仕事、頑張るからね)

と、心の中で、一馬の骨の欠片に話しかけた。

そして、いつものように大学へ登校して行った。

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きみの姿 葵染 理恵 @ALUCAD_Aozome

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