砂遊記

Slick

第1話 永遠の砂漠

 もうずっと、男はこの場所を歩き続けている。

 何もない土地。

 ゴールなどない。

 時間が流れているのかも、分からない。

 無機質な空間、静寂の支配する世界で。

 でも、道はあった。

 このだだっ広い砂漠のど真ん中で、多くの足跡に踏み固められたこの道だけが、今は男の道標だった。


 男は長い間、どうしてここにいるのかを思い出そうと努力してきた。

 だが夢の始まりを覚えていないのと同じように、ここがどこなのか、一体いつからここにいるのか、そしてどこへ向っているのかさえも全く分からない。

 ただ足下の道に沿って歩く必要がある、ということだけは分かった。

 今だって、その気になれば歩みは止められる。でも一度止まってしまったら、何が起こるか分からない。急に疲れが押し寄せて脚から力が抜けてしまうかもしれないし、もしかしたら二度と立ち上がれなくなるかもしれない。

 なら今のまま歩き続けたほうがいい。

 幸いなことに、少なくとも歩いている間は疲れを感じなかった。

 だがそれでは、自分で歩みを止めるのは不可能なのと同じではないか?

 それは果たして、自らの意思で歩いていると言えるのだろうか?

 だがそれでも、男は歩き続けた。

 地平線の先、遠く彼方のまだ見ぬゴールを夢想しながら。


 その時は、ふと訪れた。

 砂漠の上、真っ青な、清々しいほどの快晴を見上げた時に。

 男はふと、子供の頃の1コマ思い出した。

 あの日、公園の砂場で時間を掛け、何とか作り上げたお城を友達が崩してしまった時。その情景が、驚くほど鮮明に目の前に浮かんだ。

 いや実際、目の前の砂の上には、かつての二人が座っていた

 幼い自分は無残に崩れたお城の前で呆然とし、その横では友達が必死に謝っていた。

 男はふと、自分の手を昔日の彼らに向けて伸ばした。

 だがその指先で、二人の姿はかき消えてしまった。

 男は再び、砂漠に一人で取り残された。

 心の中で、何かが疼いた。

 だが男は、既に自分が一人ではないと感じていた。

 そしてその間、彼は一瞬も歩みを止めなかった。


 巨大な砂丘がうねるように連なり、その山の一つ一つが、砂漠という名の怪物の鱗のように見える。

 砂で波形に切り取られた地平線の果てには、しかし何もなく蒼い虚空だけが居座っている。

 彼の背後には、2列の足跡が、ミシンの縫い目のように点々と続いていく。

 そしてある砂丘の頂上を乗り越えた時――、男は再び思い出した。

 

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