熱帯夜のフランケンシュタイン

@wasihato

第1話

「今日死ぬ人ってのはさ、きっと自分が今日死ぬなんて考えてもないだろうね」

誰と交わしたかすら覚えていないそんな話が、俺の走馬灯の全てだった。酸性雨の降る、蒸し暑い夜。運び屋の仕事をして5年は経つが、まさかここまで危険なブツを引くとは。足に、腹に、胸に数え切れないほどの鉛玉を喰らい、意識が朦朧とする。追ってくる足音と怒号が遠く聞こえ──俺は酸性の水たまりに倒れ込む。血が流れ出し雨に溶けていく。後悔も、思い残すことも何もない。家族も、友達も、守るべきものは何一つない人生だった。それに少し侘しさを感じながら、俺の人生は終わった。


目が覚めると、人工の光がやたら眩しかった。

「ああ、やっとお目覚めかね。住民IDを見せてもらったよ。死人に口なし、障子に目ありってね」

出鱈目な慣用句を吐いたその声に敵意は欠片もなく──待て。

「俺はさっき、撃たれて死んだはずじゃ……?」

「そう。銃弾の摘出、大変だったよ?そのままでも問題ないけど、やっぱり動きが悪くなるからね」

眩しさに目が慣れ、声の主の顔がぼんやりと、次第にはっきりと網膜に増を結ぶ。

「はじめまして。あたしはヴィクター。よろしくね、死人1号、ランケ・シュータくん」

シミひとつない白衣を着た、病的なまでに細く白い長身の女はそう名乗った。

「どういうことだ。俺は死んだ、だがここであんた──」

「あんた、なんてよそよそしい呼び方を命の恩人にするつもりかい?」

「君と──」

「ヴィーちゃんと呼んでくれないかね」

「……ヴィー………ちゃん……と話してる。つまりここはあの世か?」

もしここがあの世なら間違いなく地獄だ。めんどくさい女が命の恩人面をして、変な渾名呼びを強制してくるのだから。

「違う違う。ここはちゃんと現世。あの世の存在はまだ調査中さ」

「つまりなんだ、あんた──ヴィーちゃんが死にかけた俺の命をつなぎ止めてくれたわけだ」

「それも正確には違うね。鏡を持ってきてあげよう。きっとその方が話が早いからね」

ふらふらとした足取りで、ヴィクターは机の引き出しから鏡を引っ張り出し、俺に向かって放り投げた。

「ほれ」

「うわっ!危なっ」

何とかキャッチした鏡には、死人のように青い顔色の自分が映っていた。

「ウケるでしょ。青魚みたい。それが今のシューくん。魂は生きてて、体は死んでる。」

「死んだ後も動く、生ける死体というものが存在すると聞いたことがあったが………まさか自分がそれになるとは……」

「冷静ね。もう少し取り乱すもんだと思ってた」

「俺もだ。で、何故俺をこんなゾンビにした?」

「そりゃあもう、シュー君にしか出来ないことがあるに決まってるからさ。ねえ。お願いなんだけどさ、シュー君」

ヴィクターは首元に手をやり、細い鎖のついたペンダントトップを俺に見せる。

「命を救った恩返しとして、あたしの復讐を手伝ってくれない?」と。

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