自殺検閲官概説

五水井ラグ

1 アイスココアとアイスワイン

Part.0 アイスグレーの神様

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「要人の死を阻止し未来史に介入する、それだけの簡単なお仕事です……」


 と、アルバイトの求人広告みたいな軽さで言ってくるんだよなぁ、さっきから。彼女はまだ二十代かそこらの初々しいというかたどたどしいというか、いや、なんつーかもっと自信持ってほしい感じにおどおどと「新人研修と……その後の入局年数に応じた段階的な研修……もちろん先輩からの丁寧なOJTも……そういうのあるので……」と呟いた。


 ふーん、未来史に介入する系の職業にもオンザジョブトレーニングが存在するんだ? あれじゃん、実際に働きながら仕事のやりかたをその場で教えてもらうやつ略してOJTだよね。ちょっとしたミラクルだった。この世って「絶対こんなの何処にも無いでしょ(笑)」とおもわれがちなマイナーなものもわりとちゃんと実在してる。ウケる。だって歴史変えちゃうOJTだよ? あはは、この世すごーい。


 彼女はアイスグレーのトレンチコートに包んだ全身をかたくこわばらせ、月給や休日日数や勤務地などについて激低テンションで営業トークを続けた。半泣きで震えてるのがちょっぴり可哀想だった。あまりにあまりでなにかしら彼女のためになることをしたかったけど、残念なことに僕のほうとしてはちょうどタイミングが悪かった。


「あのー。ごめんね、アポ無しで急に話を持ってこられても困るんだ。今はどうしても都合がつかないから、これ終わったあとにしてもらえないかな? あとどうでもいいことかもだけど、君のほうは緊張しすぎだよ。申し訳ないね、椅子があれば座ってもらうとこなのに」


 これ終わったあと、と言うときには「これ」がなんなのか分かりやすいよう足元を示した。僕の動きにあわせて彼女がのろのろと目線を落とした。


 客人へすすめる椅子も無い殺風景で狭い部屋の床を、ちっぽけな魔法陣が覆い尽くしていた。正確には、部屋が狭いためにちっぽけな魔法陣すらもはみだすので、此処におさまりきるよう折りたたみさらにちっぽけにした複数枚の文字列だった。


 予定がひとつも無い日時を選んでいざ魔法陣発動、の直後に何故だか求人広告朗読会が強制開催されてしまい、やむを得ず一時停止したのであって、これ疲れるんだよね、めちゃくちゃ中途半端に浮いてるもん。ぷかぷか。


 ぷかぷか。


 ぷか、ぷか……。


「……もういい、かなぁ? 見てのとおり取りこみ中だからさ、僕。野暮用を済ませるよ。席外してもらっても?」


 再び足元を示した。度を越して殺風景な部屋には照明も当然置いてなくて、窓も無いから、魔法陣が唯一の光源になってる。その淡いひかりでぼんやりとしか顔立ちが分からない彼女が、でもはっきりと分かるくらいの緊迫した表情で再度床を見おろした。


 どうということはない。記名式の自殺用攻撃魔法だ。


「――野暮用を済ませたら、あなた亡くなってしまうじゃないですか!」


「新たな旅立ちに乾杯だぜ、ひゃっほう」


 しばし沈黙が流れた。


 僕はあっというまに退屈した。〈攻撃〉の一時停止に疲れ始めてもいた。っていうかそれ以前にだいぶぜんぶ疲れ終わっていた。もうよくない? 彼女にはぜひなにかしら目的のある行動を起こしてほしい。発言するか出ていくか一発芸かましてくれてもいい。


 かましてくれそうにないわけで先ほど聞いた月給と賞与から初年度の想定年収を計算して遊ぶことにした。なんと五百十万だった。いきなり新人にそれだけ出すんだ。なんせ未来史に介入する系職業だもんな。あはは、この世すごーい。


「……魔法を解除してください!」


「この世すごーいと考えつつもこの世に未練とか無いよね」


「検閲官になりましょう、ね? 国際機関『魔法管理機構』の職員って言ったら誰もが憧れるエリートで、しかもそのなかの秘匿部ですので、いずれ機構の幹部にだってなれるかもしれません、希望によってはほかの秘匿部、例えば執筆官になって歴史を定めることなどに関わったり――」


「こころ優しい僕はその立派な一生を次の採用候補者に譲ることにしました。めでたしめでたし」


「きっと楽しいですから……! 現実離れした綺麗な見ためのあなたならおしゃれするのも楽しいでしょうし、美味しいものを食べたり、此処を出ればあなたにはさまざまな人生が――」


「さまざまな人生から僕自身が選択してるんだよなあ」


「有休や夏季休暇などたくさんあります、産休も取れます、とても優しい先輩たちばかりです、生きていたらいいことがあるとおもいます……!」


「君がそうおもうのは自由だけど僕がどうおもうかも自由だよね」


 もうさ。


「せっかくその容姿で生まれて、人生を楽しまないなんてもったいないです――」


 ほんとうもうよくないですか。


「エリートしか選ばれない職場で――」


「あと何秒?」


「わたしたちと一緒にこんな場所から出――えっ」


「あと何秒を、こっちの意志無視で、お前に、使わされんの?」


 とうとう彼女は泣きだしてしまった。ティッシュでも渡してあげられたらよかったけれどもあいにくそんなものは此処に無い。ほんっとなんにも無い部屋だなあ。さすがの僕も若い女性を泣かせてることには罪悪感がぶわーっときた。しょうがなかった。僕は溜め息をついて彼女の後方へ目を向けた。


「ねえ。君のほうは悠長すぎだよね。同業者の女性が目の前で死にそうなほど震えたり泣いたりしてても、君は我関せず眺めてるだけ。魔法管理機構の検閲官とやらが『とても優しい先輩たちばかり』ってのは信じがたいけど?」


 柔和な笑顔を浮かべたまま彼女の後ろのほうでずっと黙ってた白衣姿の男が、大人の余裕ってやつを感じさせて礼儀正しく会釈した。

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