04 サラリーマン、ドラゴン族のお嬢様と出会う

 風俗街から少し離れた場所にお店はあった。結構ギリギリ境にあるんだな。


 喫茶店の名は『ギガス』と言った。

 なかなかオシャレでコーヒーの匂いが漂う。


「こっちだ、アンちゃん」

「は、はい……」


 店長さんの後ろをついていき、カウンター席へ座るように指示されたので――着席。



「さて、現在受けられるクエストだが……ドラゴン族のパルテノンというお嬢様が恋人を大至急で募集しているらしい。それでどうだ?」


「恋人ぉ? どういうことですか」


「このパルテノンは辺境伯のご令嬢らしい。つまり、貴族なんだと。で、お見合いで結婚が決まりそうで困っているから乗り切るための相手が欲しいとあるな」



 そういうことか。

 望まぬお見合い……結婚を回避したい為か。でも、それなら楽勝じゃないか?


「それにしますよ。報酬はいくら貰えるんです?」

「40万ベルだよ」

「それって報酬としてはいかほどなんですかね」


「アンちゃん、金の価値が分からのかい。変わっているねぇ……まあいいや。そうだな、普通に働いて得られる金額が月10万前後だ。40万というと、相当な報酬だ。破格と言ってもいい」


 マジか。異世界ってそれしか貰えないのかよ。しょっぺえな。

 とにかく、現実世界の日本円と思えばいいらしい。分かりやすい。


「じゃあ、それにしますかね。俺はどこへ行けばいいんです?」

「この外のアルゴ通りにある道を真っ直ぐ行く。城が見えるだろ? その前にある赤い屋敷さ」

「なるほど……では、行ってきます」

「がんばれ、アンちゃん」



 ▼△▼△▼△



 店長さんに言われた通り、俺は広い道を真っ直ぐ歩いて屋敷を目指した。……確か、赤い屋敷だったな。


 城の前にある赤い屋敷――あれか。


 背よりも高い柵に囲まれ、警備は厳重だ。玄関前には門番らしき人がひとり立っていた。


 俺はその人に訊ねてみた。


「あ、あの~」

「なんだ、貴様。見ない顔だな……不審者なら捕えて尋問にかけるぞ」

「そ、そんなんじゃありませんって。俺はパルテノンさんに会いに来たんです。彼女の恋人募集に乗ってきたんですよ」


「お嬢様のですか!? 分かりました……少々お待ち下さい」



 門番は慌てて屋敷内へ向かっていく。

 しばらくすると、それらしき女性が現れた。


 ……!


 その顔を見て、俺は非常に驚いた。


 ……美女だ。


 頭にはドラゴンの角を生やしているけれど、白い肌や金の髪が美しい。キラキラと輝いていてまぶしいほどだ。


 スタイルも抜群。

 こんな人がこの異世界にはいるんだな。


 正直、俺は一目惚れさえしていた。



「あなたが応募者ですか?」

「そ、そうです。はじめまして……俺は啓示という者です」

「ケイジさんですか、変わった名前ですね」


「はい、よく言われます。その、パルテノンさんの恋人募集で来たんですが」


「良かった。ついに運命の人が現れました」

「え?」

「わたくし、伯爵家の方とほぼ結婚させられそうになっていたんですよ。でも、あなたとなら乗り切れます!」


 ぱぁと顔を輝かせるパルテノン。

 表情がいちいち可愛い。


 けど、もう乗り切れるとな?


 そんな簡単でいいのか。


「分かりました。さっそくお見合いを無効にしてやりましょう。相手を諦めさせたいんですよね」

「その通りです。今ちょうど相手が屋敷にいるので、恋人を演じて貰えませんか」


「なんと……お見合い相手が乗り込んでいるんですね。お任せください」



 そんなタイミングだったとはな。

 俺は連れられて屋敷へ。


 長すぎる階段を上がって――広間らしき場所へ出た。


 そこには太っちょのチョビヒゲおっさん貴族が堂々と構えていた。……うわ、典型的な貴族じゃないか。絶対に裏では怪しいことしてる人だ。



「遅いじゃないか、パルテノン! ……ん、その男はなんだ!」

「伯爵様、お待たせして申し訳ございません。実は、恋人を待っていたのです」


「……な、恋人だと!?」


「はい、ずっと黙っていて申し訳ありませんでした。実は、わたくしには心に決めた恋人がいるんです。それがこのケイジさんです」


「ば、ば、ば、馬鹿な!! パルテノン、お前には男がいないと聞いた。潔白を貫き、今の今まで男との接触はなかったと聞いた!」


 顔を真っ赤にして憤慨する伯爵とやら。

 これで諦めてくれるといいんだがな。


 とにかく、攻めていくしかない。


「俺は啓示。パルテノンさんとは長い付き合いでして、お互いに愛し合っています。ですので、お見合いはもう無駄です。お引き取りを」


「……ぐぬ、ぐぬぬぬ……!! 貴様、よくもパルテノンを!!」


 恨むような目つきを向けられ、俺は少し焦る。なんかもう憎悪に近かった。怖すぎだろ……!


「さあ、行きましょう、パルテノンさん」

「そ、そうですね。伯爵様……さようなら」


 あくまで演出のつもりで俺はパルテノンの手を握る。パルテノンもまんざらでもないようで、手を握り返してくれた。……うわ、大胆っ。


 その光景に伯爵がブチギレた。



「おのれえええええええ!! 男、ケイジとか言ったな……貴様のような平民風情が!! 許さん!! 絶対に許さん!!」



 懐から枝のようなものを取り出し、俺に向ける伯爵。……あれは、もしかして『杖』なのか?



「ケイジさん、あれは魔法の杖です! 伯爵は魔法を使って、あなたに危害を加えようとしているんです」



 ――違う。杖はパルテノンへ向けられている。



 やがて、杖から稲妻が走り……それがパルテノンの顔を目掛けていった。



「パルテノンさん!!」



 俺は体を使ってパルテノンさんをかばう。



 バリバリバリバリっと背中に電気が走って――プスプスと黒い煙が充満する。



「ふははははは!! 小僧! そんな女をかばうから死んだ!! お前は丸焦げだ……ざまあみろ!! ふはははは――は?」



 煙が晴れると、俺は無事だった。


 そりゃそうだ。


 俺は最強の『サラリーマン』だからな。



「この肉体は鋼で出来ている」

「へ!?」

「この拳は愛で出来ている」

「く……来るなァ!!」


「ボロアパートに住んで五年。年収216万円……ボーナスゼロ。もやし生活……サービス残業の日々、彼女なし……約束された生涯童帝……。その力は偉大な魔法使いをも凌駕する。……くらえ、愛と、悲しみと、怒りの鉄拳……!」



「や、やめろおおおおおおおおおおおおお!!!」



「シャイニグドロップキック!!!」



「ぶおおおおおおおおおおおおおおおお!! パンチですらねえええええええええええええええ!!! ぎゃああああああああああああああ!!!」



 太っちょの伯爵は、俺の強烈なドロップキックを食らい――窓を突き破って外へ吹っ飛んでいった。


 ……すげえ飛んだな。


 ホームランってところかね。



「……ケイジさん、お強いのですね」

「パルテノンさんにケガがなくて良かった」


「守っていただき……ありがとうございます。その……えっと、わたくし……えへへ」

「ど、どうしたんだい」


「決めました。ケイジさんについてきます!」

「なぬ!? ……いや、俺はクエスト報酬が欲しくて……」

「40万ベルですよね。はい、報酬は特別に“倍”にして差し上げます。あと、わたくしもつけちゃいます。連れていって下さいまし」



 え、え……


 ええッ!?



 つまり報酬は80万ベルで……超絶美人のドラゴン族パルテノンもついてくると!



 マジか!!

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