02 最強のサラリーマン、女子高生を守る

【一週間前】


 ギガントマキアの四大陸の一つ、クロノス帝国とやらに俺はいた。なんだよ、帝国って。意味が分からないまま、明らかに人間ではない種族とすれ違いまくった。



「な、な、なんだあのバケモノ!」

「啓示さん、それ失礼になるから気を付けて。あの灰色の体をした人たちはオーク族」


 筋肉モリモリの悪魔が歩いていた。

 食い殺されそうでこえぇ~…。


「あっちのブニブニしたのは?」

「スライム族ね。人型になれるし、知性も持つから意思疎通も可能よ」

「マジかよ! ここはどうなっているんだ?」

「異世界だって。最初は慣れるの大変かもね。クロノス帝国は、いろんな種族がいるから」


 どうやら他にもエルフだとかドワーフだとか、さすがの俺でも知っている種族もいるらしい。というか――いた。ちょうど目の前を美男子のエルフが通って行った。


 この国は一言で中世みたいだった。


 発展はしていないけど活気はある。

 賑やかでお祭り騒ぎのようだった。


 あっちこっちに露店もあるし、武器や防具を売っているようだった。へえ、なんだかゲームみたいだな。



「ユナ、それで俺はどうすればいいんだ? この過酷そうな世界で魔王でも倒せってか?」

「魔王はいるけど敵ではないよ」

「へ? 普通、魔王って倒すべき敵じゃないのか。俺は勇者ですらないのか」


「残念ながら啓示さんは、わたしとあるお店を経営してもらいます!」

「ある店?」


 だが、ユナは笑顔を向けるだけで答えなかった。……その笑顔だけでお腹が膨れる。ありがとうございます。


 行く当てもないし、一人になったところで生きて行けそうないので俺はユナについていく。


 ユナはどんどん歩いていき、怪しい裏路地へ向かう。


 ……な、なんだか薄暗いな。


「こっちこっち」

「こっちって……いや、まってくれ。なんか明らかに怪しい人たちがいるんだが!?」

「大丈夫。こっちでは顔が広いから」

「そうなのか」


 よく分からないけど、ついていくしかなさそうだ。


 それにしても『サキュバスのお店』とか『ぬるぬるスライムのお店』だとか……なんだか、明らかに大人向けな感じのお店が目立つ。


 もしかして……ここって風俗街みたいな?


 ま、まさかな。



「到着っと」



 ユナが足を止めた。

 そこはまるで魔女の館のような、そんな不気味な雰囲気があった。……なんだこれ、お化け屋敷?



「この呪われてそうな家はなんだ?」

「ラブホ」


「はい……?」


「だから、ラブホテル」

「は……はぁ!?」


 ユナの言っている意味が理解できなかった。ラブホ……ラブホテル。つまり、あの男と女が【ズドドドド】【バッキューン】【バッキューン】(※卑猥すぎてモザイクが掛かっております)する場所だよな。



 って、なんでラブホテルなんだ!!



「わたし、ここの経営者オーナーなの。だからね、社会人である啓示さんに助けてほしいの!」

「な、なんだってええええええええ!?」


 俺は思わず叫んだ。

 そりゃ叫ぶだろ!!


 女子高生が異世界のラブホテルの経営者オーナーで……俺に助けを求める? なんだ、なんなんだこれ!?



「驚いた?」

「そりゃ驚くって。異世界という存在もそうだし、その国にラブホテルがあることにも驚愕した。てか、女子高生のユナがなにやっとるんだ」


「あはは……わたしもそんなつもりじゃなかったんだけどね。ある人を助けたら、ここの経営権を譲ってもらっちゃってさ。もう半年もやってる」



 つまり、ユナは半年前からこの異世界に来ているのか。どうやって来れたのか分からんけど……それがどうしてラブホの経営者オーナーに繋がるんだか。



「……分かった。いろいろ受け容れられない事態ではあるけど、これが現実なんだよな」


「うん。これからは異世界でがんばっていこう」


「マジか……。けど、あんな腐った世界で生きるよりも、こっちの方が何千倍も面白そうだな」


「そうでしょ、啓示さん! わたしだって現実世界にうんざりしていたんだもん。こっちで第二の人生を謳歌しましょ!」



 握手を求められ、俺はほんの少し悩んだ。


 ……ユナと異世界でラブホ経営か。


 思えば俺の向こうでの生活は、腐りに腐りきっていた。

 失敗ばかりで彼女もいないゴミみたいな毎日。虚無……退屈さえ感じていた。あのまま俺は無となっていくのだろうと思っていた。


 でも、今はどうだろう。


 俺はなぜかラブホテルの前にいた。

 しかも、とんでも異世界の。


 こんな面白そうでワクワクするイベントは、もう一生ないだろう。


 このチャンスを逃したら一生後悔する。


 冴えないサラリーマン生活とは――おさらばだ。



 アデュー、過去の俺。



 俺はユナの手を握った。



「よろしく頼む」

「ありがとう、啓示さん。手を握ってくれると思ったよ」


「ただのサラリーマンの俺に何が出来るか分からないけどな」

「ううん、大丈夫だよ。この世界ではね、啓示さんは“最強”なんだから」


「最強?」

「う~ん、なんと説明していいやら……実戦で学べばいいと思う」



 どういうことだ?

 ユナの言うことは、時々よく分からないな。


 中へ案内してもらうと、すぐ受付があった。


 天井には豪華なシャンデリア。

 ロウソクが空間を照らす。


 なんだかアンティークな雰囲気だな。

 ちょっと不気味さがあって、冷や冷やする。



「ほ~、ラブホっていうかホラーハウスだな」

「うん、前のオーナーの趣味みたい。これから改造していこうかなぁとは思ってるけどね」


「そういうことか。客入りとかいいのか?」

「少ない時は数人、多い時は三十組かな」


 時と場合によるのか。

 確かにこのホラー要素つきでは……ちょっと近寄りがたいのかも。


「で、俺の担当は?」

「う~ん、まずは受付業務かな。それと用心棒もお願いしたいの」

「用心棒?」


「最近、横暴なオークが多いの。最初は普通の客さんかなって思ったんだけど……たぶん、わたしを狙っているのかなって」


「な……ユナを?」


「うん、三日前にちょっと脅されたんだ」



 ユナによれば、ある常連客のオークがいるらしい。ソイツは今までは嫁オークを連れ添っていたらしいが、ここ一週間の間は一人で来ることが多かったようだ。

 オークは“店を潰されたくなければ、お前が俺の相手をしろ”と要求したようだ。……最低かッ!


 そりゃ一大事すぎるな。



「そうだったか。じゃあ、用心棒をしてやるよ。ユナのことは俺が守ってやる」

「……啓示さん。お願いします」



 ――そうして俺は、暴漢オークをブン殴ったんだ。



 俺の強さの秘密。それは『サラリーマン』という職業にあった。異世界ギガントマキアで唯一の職業にして存在なのだ。


 サラリーマンは、この世界では“最強”だった。

 どれくらい最強かと言えば、ユナによれば勇者とか魔王をワンパンできるレベルということらしい。


 ……強すぎんだろう、サラリーマン。


 目からビームも出せるし、空も飛べるし、めちゃくちゃ重いものも余裕で持ち上げられるし、強靭すぎる肉体も持っているし、超パワーも持っている。


 用心棒としては申し分ない力を持っていた。


 俺はあれから悪いヤツ等をブチのめし、風俗街の治安と秩序を保っていた。


 

『……聞いたか、おい。サラリーマンのケイジってヤツが暴れ回っているらしいぜ』『聞いた聞いた。とんでもねぇ用心棒だとか』『……ああ、クロノスの悪魔と呼ばれている』『おかげでオークは来なくなった』『ユナちゃんのところのホテル、利用しやすくなったよな』『ケイジのおかげだろ。ヤツがいれば醜いオークは来ねえ』『違いねえ。これからはケイジが街を守ってくれるはずだ』



 あのオークを倒して以降、良質な客が増えた。今日も受付でユナと共にお客さんを迎えていく。



「啓示さん。最近、お客さん多いね」

「あ、ああ……けど、こうして受付に二人で立つのは慣れないな」

「う、うん……そうだね」


 このホテル、壁が薄いから声が漏れるんだよな……防音にしないと気まずすぎるぞ。ユナは、いつも耳まで真っ赤にしていた。


 店の雰囲気も変えていきたいし……まずは内装を変えていくか。

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