海と沈んで

真白 まみず

彼女と沈んで

「あなた、それ、生きてて楽しい?」

 高校2年生、始まって2日ぐらい。

 たまたま彼女と二人になったので、色々と話をしてみようと試みていた。

 けれど、彼女から返ってきた言葉はそれ。

 ロボットみたいに言われた通りに生きてきた私には重くのしかかる。

 二人きりの教室。

 一人、殴られたように怯む私。

 私になんて興味のない彼女。

 変な状況。

 多分、その子は、なんとなく言っただけなんだろうけど。

 私にとっては、17年全てを否定されたようなもの。

「私、安藤瑠奈。よろしく」

 そういう彼女は、PCに何かをずっと打ち込んでこっちを見ようとしなかった。

「あの、安藤さん、何、してるの?」

 ツッコミたいことはこの世の人間の数ほどあったけど、何よりも先に出てきた。

 なんだか異常性やら狂気性を感じた。

 そして、どこか、危なっかしい。

 ほっといたら、死にそうな、そんな感じ。

 なのに、力強い目をしている。

「ちょっと、そこで待ってて」

 そう言われて、丸まったアルマジロみたい座って、一時間ぐらい待った。

 すると、彼女はようやく一息ついたのか、私の方を見て、

「私、安藤瑠奈。よろしく」

 とだけ言い直す。

 私との会話なんて、興味なさすぎて忘れてるんだろうな。

「あの、私は」

「知ってる、星井さん。委員長の」

 そう言ういうと、ポケットからゴソゴソと何かを取り出して、私に渡した。

「これ、私の小説。保存してみたんだ」

 見ると、SDカードだった。

「え?」

 というと、彼女はちょっと照れたように笑って、

「自己紹介、みたいな?」

 と言って、荷物をまとめてさっさと帰っていった。


 その日の帰り道、ぼーっと、彼女のことを考えていた。

「安藤瑠奈。安藤瑠奈。安藤……瑠奈……」

 なんだか恋に目覚めたみたいな仕草。

 いや実際、私は恋ではないけれど、恋をしていたのかもしれない。

 彼女の自由さ、その、何にも囚われないような、生きる姿に一瞬で虜になっていた。

 厳密に言えば、惚れた、のかも。


 家に帰って早速、自分のPCで彼女の小説を読んだ。

 まくしたてるような話し方で、人に興味のないような、生を感じない彼女の小説が、気になって仕方がなくて、食い入るように読んだ。

 天才の、それだった。

 小説家は誰しも、誰かの影響を受けている。

 それを元に書いて、そしてまた次に受け継がれる。

 人間も、誰かの影響を受けて、それを元に生きてる。

 小説も、人間も、同じ。

 でも、彼女だけは違う。

 独特の文体、どこにもないような比喩、魅入られるような登場人物の人間性。

 これを、同級生が、書いた。


 そして何より、この小説はまるで、私のことが書かれているかのようだった。

 人の決めたことに従って、普通に生きる。

 けれど、ある日、友人が事故で死んだとき、どういう感情になればいいか、わからなかった。

 それを境に、その子は狂った。

 友人の死に、接し方がわからない。

 誰も、教えてくれない。

 気づけば今まで自分が何を考えて生きていたか、わからなくなっていた。


 面白くて面白くて、仕方がない。

 何度でも読んだ。

 そして、私も怖くなった。

 いつか、私も生き方がわからなくなるんじゃないかって。

 でも、今はそれより早く、感想が言いたくて、仕方がなかった。


「昨日の小説、すっごい面白かった」

 私があまりにも熱烈に、彼女に話しかけるので、周りの人間には変な目で見られていた。

 でも、そんなことそっちのけで、語り続けた。

 そして、彼女をもっと知りたかった。

「あ、あの、ちょっと、抑えてほしいんだけど」

 と、彼女に言われたけど、私は止まらなかった。

 それから、彼女も私を気に入ってくれたのか、よく行動を一緒にするようになった。

 でも、友達とは少し違った。

 彼女は小説家。

 私はファン、ただの。

 もっと、近づきたかった。

 彼女の横に、立ちたかった。

 そして、私は、なんだか、安藤 瑠奈になってみたかった。

 独特の自分だけの世界を持つ彼女に、憧れていた。

 だから、彼女が何を考えて、どう生きてるのか、知りたかった。

 だから、勝手にずっとついていったし、よくチラチラ見ていた。

 行動とか、知りたくて。

「私、キモいな」

 なんて、独り言つぶやいたりして。


「星井さんって、私のファン?」

 購買で買った私のアイスをひったくりながら、彼女がそんなことを聞いてきた。

「そうだよ」

 なんなんだろう、今更。

「なら、私が死んでも、死なないでね」

 この頃、彼女は顔色が日に日に悪くなっていて、学校にも来たり来なかったりしていた。

 もう夏で、暑いから。とかではない。

 私はなんとなく気づいてたけど、多分、彼女は、小説を書くのに行き詰まってる。

「安藤さんは死なないよ」

「小説、書けなくなったら死ぬから」

「書けるよ」

 私は無責任なことを言った。

 死んでほしくない。

 友達じゃなくて、ファンとして。

 ただ彼女に、書いていていてほしかった。

 生きる道を見失うみたいで、怖かった。

 なんだか、自分がいつの間にか、冷たい人間になってるみたいだった。


 そんなことを言われてからというもの、私の「安藤 瑠奈になりたい病」は苛烈を増した。

 彼女と同じヘアピンを探してつけたりしだした。

「そんなことするなら、小説、書きなよ」

 夏休み、公園のベンチに二人で座って、彼女が小説を書くのを見ていたとき、突然言われた。

 当然、私のおかしな行動は彼女に筒抜けであり、夏休み前からクラス中ほぼ全員気づいていたらしい。

「でも私、小説、書いたことないし、読まないし」

「私の読んでんじゃん」

 私にとって彼女の小説を読むことは、どこか別の世界で生きてるみたいな感覚だから、読んでるという実感が無かった。

 それに、昔はよく色んな小説を読んでたけど、最近は彼女の小説しか読んでいなかった。

「読んでるだけで、書ける?」

「書けるよ。小説は、面白く書くんじゃない」

「つまり?」

「星井さんの世界を書けばいい」

 私の世界なんて、ないのに。

 いっそのこと、彼女の世界に住みたい。

「安藤さんの小説だけ、読んでたい」

「私の世界なんて、退屈でつまんないよ」

 そういう目は死んでいて、出会った頃のような力強さは、どこにもなかった。

「私が死んだら、海にこのPCごと、捨てて」

「嫌だよ」

「こんなこと、星井さんにしか、頼めないから」

 そういうと、「お願いね」と言って、帰っていった。

 私には、どうすることもできなかった。

 彼女は私のことを、友達と思っているのか、なんだと思っているのか。

 ファンにそんなこと、出来ないよ。


 そうして一人でモヤモヤしているうちに、秋のある日、安藤瑠奈は死んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る