Track.8 大観史健と双子
スーパー『ビックなアロー』黄魁川支店。
黄魁マンションに隣接した上で、広大な敷地を陣取る、比較的新しいスーパーだ。
橋下の住民はもちろん、くろのみ町全体の食品事情を一手に担っているのではないかと思うぐらい、食材も総菜も豊富だ。
二階から上は貸店舗で、電気屋に服屋、百円ショップ、ドラックストアと隙のない構成の四階建てだ。
日常生活を送るだけなら、このスーパーに行くだけで事足りる。
価格も財布に優しく、時には混音市からわざわざ黄魁川支店にやってくる人もいるぐらい、安い。
丁度ショッピングカートを押している、あの親子もそうだろう。
なんでそう言い切れるかって?
顔見知りだからだよ。
「おや。
浅黒いやや角ばった顔をし、背丈は高い。休日は主に趣味の畑を耕したり、料理を作ったり、家族と日帰り旅行をしていますという、マイホームパパとしては理想的な生活をしている男らしい、気さくな面である。
「あ、照乃さん。お久しぶりです」
おじさんは軽く会釈してくる。
こういう細やかな気遣いもの、おじさんの人の良さを感じるよ。
「お久しぶり、です?」
それに倣って、二人の子どももお辞儀をする。
今年小学一年生の男女の双子。
姉の
姉の環奈は髪にパールピンクのリボンのヘアクリップをした女の子。歳の割にはしっかりした性格の仕切りたがり屋。
弟の源登は爽やかなショートレイヤーの男の子。少し臆病なところのもあるからか、姉に引っ張りまわされることが多い。
だけど、やはり双子というか、活発的なところはそっくりだ。
やんちゃ盛りは世界が違っても相変わらずのようで、不機嫌そうにおじさんの服を引っ張ったり、ショッピングカートを蹴っている。
構って構って攻撃がさく裂しているよ。
大好きなパパさんの視線を、俺たちがとっちゃってごめんね。
でも、こちらもきちんと挨拶しておかないと。
「久しぶりだね。元気そうで何よりだよ、史健」
「こんばんは、おじさん。大観鋼始郎です」
俺はおじさんのかなり世話になったから、もう少しウェットに富んだ反応を示してもいいのだが、ペリドット世界の俺はそうじゃない可能性が高いんだよね。
違和感を持たせないように、差しさわりのない態度に調整しないと。
「おぉ、君が鋼始郎君か」
……やはりあまり接点がないようだな。
おじさんが俺のことを君付けするなんて、俺にとっては新鮮だよ。
ちなみに、俺のところのおじさんは、俺のことを鋼始郎か、略して
「パパ、知り合いなの?」
「誰々?」
双子たちもこの通り、完全に赤の他人を見る目だよ。
俺の顔を覚えていないほど、会っていないのね。
くろのみ町に引っ越していない俺じゃぁ、そもそも出会っていないかも、とは思っていたよ。でも、ここまであからさまに警戒されるのも、心が痛い。
まぁ、この双子に至っては、トパーズ世界でも俺のことについて、あやふやだったけどさ。
そりゃ、物心が多少ついた程度の時にしか会っていなかったからな。
久しぶりに会合した昨年の夏は、家族写真に時々写っている、どっかの兄ちゃんぐらいの認識にだったし。
でも、ここまで、不審者を見る目で睨まれなかったよ。
あの時の久しぶりの顔見世でも、まだ軟化していたほうだったとわかっただけでも、めっけ物なのかもしれない。
「くろのみ町の家の持ち主さんだよ」
双子たちを落ち着かせるためか、先に祖母のことを教える、おじさん。
スーパーの一角でこれ以上騒ぐのは他の客に迷惑だからな。ここは年上が余裕をもって接しないとな。
「ああ。くろのみ町の家の持ち主、大観照乃だよ、かわいい双子ちゃんたち」
祖母の対人技能の一つ、穏やかな菩薩な笑みが披露される。
俺はこの祖母の笑顔に弱い。
幸せな気持ちになるしかない。顔が緩んでいても仕様だ。決して変な人を見る目をしないでくれ、周りの方々。お願いします。
「ん。てるの、おばあちゃん?」
「あの大きな家のもちぬし?」
「そうそう」
祖母は腰を下ろして、視線を双子たちに合わせて、話し出す。
こういうところが、子どもに甘いというか、優しいというか。
大好きだよ、ばぁちゃん!
尊いものを見た俺の思考は限界突破してしまったので、復旧するまでしばらくお待ちください。
「ここ数日はくろのみ町にいるからね。よろしくね」
締めの言葉のところでやっと意識が戻ったよ。
祖母のことだから、いい感じに差しさわりのない会話をして、近状を報告した程度なのだろうけど。
俺たちがくろのみ町で行動しやすくした上で、もしもの時はおじさんを頼るように橋渡しもしてくれたのだろう。
「わかりました、照乃さん。鋼始郎君とその友人の商一君のことも任せてください」
「もう一人、お兄ちゃんいるって、げんと」
「うん。くろのみのおうちに、もう一人しらない人がいても、おどろかないよ、かんな」
源登、人見知りなところもがあるからな……。
スーパーで会ったから、あまり騒いでいなかったけど、家だったら泣かれていたかもな。
前もって、商一のことをおじさんたちに伝えてられてよかった気がするよ。
「では、私は妻に頼まれた買い物がありますので、これで失礼します、照乃さん、鋼始郎君」
「じゃぁね、お兄ちゃん」
「バイバイ」
奥さんがいないのは、きっと夕飯を作っている最中なのだろうな。
おじさんが双子たちを連れているのは、料理の邪魔にならないようにするためと、気分転換か。夏休み期間中だからな、家でゴロゴロしていたのもあるだろうし、この数日間大雨洪水、しかも水害で自由に外に歩けなかったのかも。
双子たちが近所のスーパーでも、あれだけ賑やかだったのも、そういう鬱積が溜まっていたのもあるかもな。
……というか、スーパー全体、周りに子どもたちが多く、俺が知っている以上に騒がしい。
「さて、買うもの買って、あたしたちも帰るか」
商一に頼まれたカツどんをキープしつつ、俺は俺で食べたいものを手にする。
オムライスと唐揚げ。あと、サラダは三人前のデカいパックのやつ。
祖母は何かのお弁当に納豆巻きを買い物かごに入れる。
後は……塩十五キロ、買った。
商品棚に置いてあった塩をほとんど買ったようなものだったな……。
車だから、楽に持ち運べたぜ。
言い換えれば、初日で車だったから、豪気に買ったともいう。余って後悔するよりも、無くて後悔したくなかったのだから、仕方がないだろう。
店員さんを呼び止め、在庫まで手を出していないだけ、俺たちは良心的だったと言い張る。
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