Track.2 ペリドットとトパーズ

 赤武区に越してきてわかったことなのだが、友希帆の叔母である奏鳴は、この近所の大学生で、一人暮らしをしていた。


 ソレを偶然知った俺は、友希帆のスマホを介した橋渡しもあって、比較的友好な関係を結んでいる。


 恋心を自覚したのはつい最近だけど。


 思えば、祖母の墓参りが終わって初めて出会ったあの時から、奏鳴さんに対して胸が熱かったような気がする。

 両親がめったに仕事から帰ってこないのと、奏鳴さんの優しさに付け込んで、結構彼女の部屋に入り浸っているのも認める。


 物の貸し借りなんかもできるくらい、進捗したよ。


 もしかしたら、奏鳴さんもこのおまじないをしたかもしれないと、内心ドキドキしながら、商一を誘って試してみた。


 何で野郎と、と思われるが、中学生になってから、女子との距離が縮みにくくなったのだよ。


 クラスメイトの女子とは、一緒におまじないを試すぐらいの親密度はないのである。



「ふむふむ。別世界だから、鋼始郎が好きな人も違うという訳か」

「まぁ、そうなるのかもな……」


 俺は今、平行世界の自分と入れ替わっている。


 商一の態度や性格こそ変わらないのだが、この平行世界では、祖母が生きているのだ。


 今は、買い物に行っているのでいないそうだが、仏壇がある部屋が、そのまま祖母の部屋になっていた。


 これが一番驚いた大きな違いだ。

 物的証拠は他にもあり、俺はこの状況を受け止めることにしたのだ。


 俺はくろのみ小学校卒業式直前に起きた怪異体験以来、多少、非現実的なことでも、状況を冷静に見極め、客観的に判断できるようになったのだ。いわゆる、ホームズの名言『全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる』と言ったところだろうが。


 平行世界という突拍子もないことでも前提条件にして、話を進めるしかないのである。


「でも、泣きぼくろの女性に心ときめくのは、こっちの俺と変わらないってことかな」

 机の上の写真立てのおかげもあって、俺の好きな人はすぐにわかった。


「そうか。奏鳴さんという人物も泣きぼくろなのか」

「俺はどうやらこの手の顔の女性に弱いらしいな」

 こちらの俺は後輩の泣きぼくろ美少女にお熱らしい。


 確かに、奏鳴さんがいない世界なら、惚れているだろうと確信できるぐらい、好みのタイプだ。


 わかりやすい共通点だ。


「で、この真ん中の女子の名は何だっけ、商一」

永業えいごう舞生まおだ。ボクたちの一年後輩の幼馴染であり、美術部員。ただし、今は入院している」

「入院か……。ゾッとする話だね」


 俺は病院という言葉に、思わず恐怖で震えた。


 学校で一番嫌いなところは保健室と豪語している俺だよ。保健室のさらに上の存在、それこそゲームでいう所のラスボス筆頭クラスに相当する病院に至っては、耳にするだけでも背筋が凍る。


 下手なホラーよりも恐ろしい。


「別世界の鋼始郎は病院嫌いなのか」

「こっちの俺は別に問題ないのか……」

 商一の違いについてよりも、俺こと大観鋼始郎の違いの方が明らかになっていくよ。


 なんか不公平だ。


「そう怖い顔をするなよ、鋼始郎。あと、こっち、あっち、別世界っていうのはわかりづらいなぁ。区別するのに、いいアイデアないかな」

 商一の言う通り、このままではどっちを指しているか一瞬戸惑う。

 ここは、明確に違う言葉を当てはめたほうがいいだろう。


「甲乙とか、金銀とか、ルビーサファイアとか、ダイヤモンドパール的にか?」

 ……ゲームソフトみたいになってきたな。


「そうそうそんな感じだけど……どっちがダイヤモンドで、どっちがパールかで戦争が起きそうだな」

「由来もクソもないしな」

 区別としてはわかりやすい方だけど。


 もうひとひねり欲しいところである。


「由来ね……由来にしたら、奏鳴さんと舞生からとるか? 奏鳴が鋼始郎の世界のことで、舞生はうちの世界ってことで」

「待って、それは待って、商一。確かにわかりやすいけど、俺の心臓が持たない」


 ソフト限定キャラで区別化するのはよくあることだけど、リアルに考えて。


 好きな人の名前を耳にするだけで、ドキドキが止まらなくなっちゃう年頃だから!


「奏鳴さんの誕生月は?」

「十一月だけど?」


 唐突に何を尋ねているのかと思ったけど、反射的に答えてしまった。


 別世界の商一のくせに。

 それとも、商一はどこの世界でも商一なのか。少なくても、俺を誘導させるテクニックの高さについては、そん色ないよ!


「舞生は八月生まれだから……」

 商一はスマホを手に取り、検索しだす。


「誕生石は……覚えやすいほうで……ペリドット、トパーズでいいか」

 ペリドットは八月の、トパーズは十一月の誕生石である。


「俺の好きな人の誕生石で区別するってことかよ、商一」

「いいじゃないか、トパーズ鋼始郎。覚えていて損しないし」

 芸人感が強くなってしまったが、好きな人の名前を連呼されるより、ずっと気が楽だ。


「それとも、星座の方が好みか?」

「う~ん……誕生石の方でお願いします、ペリドット商一」

 しし座とさそり座……じゃなくて、奏鳴さん十一月二十七日生まれだから、いて座だ。


 この事実を突きつけたところで混乱しそうだから、ここは誕生石の方がマシな気がした。


 それに商一の言う通り、覚えていて損しないし。


「そうか。で、話は変わるけど、ボクたちがこの【シュウセンの祈り】をやった理由についてなんだが」

 ほぼ同じ時に同じおまじないをしていたから、ペリドットとトパーズの俺こと大観鋼始郎が入れ替わったのは、納得済みだ。


 ならば、次は願いの内容だ。


「ボクたちは、原因不明で倒れ入院している舞生を救いたい、と願った」

 内容はペリドットの方が重いが、好きな女のために何かしたいということ根本的なところは変わらなかったようだ。


「鋼始郎が入れ替わった意味はまだ不明だけど……舞生を救わない限りは、このおまじないの効果が切れないと思うよ」


「そうか。仕方がないな」

 なんちゅうおまじないだったのかと、嘆くのが普通なんだろうな。


 だが、俺は何となくそんな感じはしていたと、妙に納得できている。


 そうしないといけないという強迫観念じみたものがあるのかもしれない。

 入れ替わった弊害なのか、本当におまじないの効果なのか、俺は無性にこのペリドット世界の俺の問題を解決したくて仕方がないのだ。


 商一はそんな俺の狂気的な熱意を感じ取ったようで、オロオロしながらも、俺の机の上に置いてあった何かの資料の束を突き出した。

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