Track.1 平行世界
──中学生になってから、俺にはよく見る夢がある。
その夢は決まって、真っ暗闇だ。
そんな中、俺の目の前には、いつも二股に分かれた道が続いている。
どちらに行こうかと悩んでいると、死んだはずのばぁちゃんが現れる。馴染みの皺くちゃの手を伸ばし、俺の手をつなぎ、一方の道に行くように引っ張られる。
俺は特に抵抗せずにそのままその道を歩く。
しばらく、ばぁちゃんと二人で歩いて……俺はふと選ばなかったもう一方の道が気になって振り返ってみると……あの卒業式の日に、怪異空間で見た、五つの動物の面が宙を浮いていて、恨めしそうに俺を見つめる。
俺はため息をつくと、どこからともなく現れたオレンジ色のスケルトンリコーダーを手にし、こん棒のようにお面に向かって振り下ろす。
念入りに何度も何度もぶん殴り、叩き壊して、粉々にする。ここまでしたのだから原型は失っている。だが、夢の中の俺はまだ満足できないようで、地面に落ちたソレラを踏み潰す。
罪悪感どころか、嫌悪感もまったくない。
一応快感はあるが、作業感の方が割合が高い気がする。
出来の悪いゲームをしているような疲労感というのが、もっとも正解に近いのかもしれない。
でも、このゲームには報酬がある。
終われば、なんと、ばぁちゃんが俺の頭を優しく撫でて、褒めてくれる。
お面は壊し終わった俺は満面の笑みで、この報酬を受け取る。
クソゲー寸前の作業ゲーが、神ゲーへと変わる瞬間だ。
この高揚感は癖になるほど、気持ちがいい。
ばあちゃんは少し悲しげな表情を浮かべるけど、抱きしめてヨシヨシしてくれるので、悪いことではないのだろう。
むしろ、これはいいことと、俺は当然だという勝気な表情で、受け入れる。
ああ、いい夢だ。
俺が目覚める寸前には決まって、砕け散ってすり潰したソレらを見下し、冷笑する。
不気味だが、気分がよくなる至福の夢。
目覚めスッキリなのも、気に入っている理由の一つだ。
中学二年生のあの日が来るまでは、そう思っていた──。
季節は夏。八月。
一般的な学生は夏休み期間だ。
それは、この場にいる、赤武中学校の美術部員たちにも言えることだった。
ちなみに、なぜ美術部かというと、部活必須だからだ。
運動部や吹奏楽部と違い練習時間がほぼ必要ないことと、美術的な感性は人それぞれだと、どんな駄作だろうと、どんな手抜き作品だろうと、言いくるめて丸め込めばいいのだ。
早い話、さぼりやすい。
こういった駆け込み寺になる部は、学校によって多少異なるだろうが、美術部はだいたいその筆頭になりやすい。部活必須にした弊害から生まれし、哀しきも必要不可欠な楽園。
唯一の欠点は、画材費がかかることぐらいだが、これも歴代の先輩方のささやかな支援という名の、いらなくなった絵の具や描きかけのスケッチブックを寄付されることで、イイ感じに体制を保つことができるのだ。
受験勉強や委員会メイン、学区外のボランティアや自主的な活動に勤しむ忙しい学生たちに大人気の、毒にも薬にもならない部活。
部活の顧問になる先生の数に限りがあるため、細分化が不可能ゆえのごった煮・闇鍋部活。
それが、赤武中学校美術部なのである。
「よし、鋼始郎。まずはボクの意見を聞いてくれ」
二年C組、
見た目は眼鏡をかけていることもあって、勤勉な真面目君に見えるし、学校内ではその仮面通りにキャラを演じている。
ただし、親しい人物に向けるその実態は、オカルトや心霊主義に傾倒している、黒歴史道を全速力で突っ走る、お年頃の少年である。
そして、俺の中学時代からの親友でもある。
ここ一年以上の親友エピソードはかなり濃密で、まるで十年分を一気に凝縮還元したのではないかと思うぐらいだったよ。
話が長くなるから、省略するけどね。
「我々はこの本の八十三ページにある【願いが叶うおまじない】、正式名称【シュウセンの祈り】を試したというのは、間違いないな」
ありきたりな効果のおまじないだった。
ちなみに、願いを本気で叶える気はなかったよ。
幾何学模様が描かれた魔法陣を書き写すのは楽しかったし、コレと言った代償も見当たらなかったので、お試しでやってみた。
好奇心を満足させるためにやったというのが、正しい。
だから、本気で不思議体験をする気はなかったのだが……偶然が重なってしまった。
「ああ」
「その時、願ったことは……好きな人に振り向いてもらいたい……でいいよな」
だいたい合っているので、俺は商一の言葉に肯く。
「正確には、ステキな夏のデートをしたい、だけどね。彼女の心を得られるかどうかまでは、願っていないよ」
でも、訂正するところは訂正する。
おまじないごときで、心まで奪う気なんてないのさ。
ただちょっといい格好をして、好感度を上がりますようにと願っただけ。
恋愛運向上を願うのは恋する乙女だけじゃない。恋する少年だって、願いたくなるものなのだ。
そもそも、このおまじないが書いてある分厚いおまじないの本は、近所に住む彼女のものだ。
夏休みのコンテストに出す絵の参考にしたいので借りたいとお願いしたら、貸してくれた。
「鋼始郎の言うことが正しければ、六歳年上の現役大学生の美女から借りた本だよね。彼女の名は……」
「ああ、
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