第12話 保健室
保健室。
怪我や具合が悪くなったら行くべき場所。
「辻岡先生がいるから、普段は長居どころが見渡すこと自体少ないのだけど……」
消毒液とアルコールの匂いが充満している保健室。俺はこの臭いが生理的に苦手なので、なるべく病気にかからないように気をつけている。
アレルギーではないはずなんだけど、この臭いを嗅いでいると、体が動かなくなるような気がする。
動くわけがないと、思い込んでしまうというのが正解かな。
どちらにしろ、体の自由が利かなくなるから、とっとと出たい。
「今回の三行怪文はベッドの側のカーテンに書かれているな」
「書きづらそうなのに、よくやるな」
布に書いたからか、多少にじんでいたが、読めなくはなかった、ソレ。
『格好が悪くても、足掻くのか?』
『祈れ、祈れ、祈れ、祈れ、間抜けども』
『でたらめに、淡い希望にすがって、悪化させろ』
俺たちの現状に注意喚起を促すような、文章であった。
「お面を殺していくだけでは、目的を達成できないってことかな」
真面目に推理していかないと、ゲームオーバーになるパターンか。
もちろん、この文章がフェイクという可能性も捨てきれない。
それらについてじっくり考えたいところなのだが、この保健室のお面は破壊すべきだろう。
カーテンをめくるとあるのは、ベッド。そして、その中心部に赤い羊のお面がある。
「最後の一つは黒い豚のお面というのは、ここでハッキリしたな」
「そうだね。で、赤と黒ならどちらを残すかというと……黒の焦がすほうだよな、鋼始郎」
首を斬られるというフレーズは、物理的に危険だ。
「ああ。即死系は一番残しちゃいけない気がする」
キゴミのわらべ唄は六番まであるものの、死に方は五通りある。
ソレを踏まえ、わざわざ、教室でばらけているところから、予想していたことはある。
俺たちは最後に残ったお面の歌詞通りに、殺されかけるかもしれない。
そうなると、首が斬られるなんて、一発でアウトだ。
可能性の話だけど、俺たちはその可能性を潰さないといけないのだ。
「じゃ、吹くよ」
曜丙はキゴミのわらべ唄の楽譜を見て、オレンジ色のスケルトンリコーダーで吹く。
四回目となると、耳も慣れてきた。
「テン、テンテテン、テンテンテン、怒った羊、首を斬られて、赤くなるぅ♪ 赤くなるぅ♪」
歌い終わってから、俺はそういえば天井、見ていなかったな……と思った。
まさか、天井に鋭い光沢のある斧が吊るされていたなんて想像がつくわけがない。
あと、歌詞では首を斬られる、だったじゃないか。
頭をかち割る、なんて思わなかった。
しかも、縦に。
「……そういえば、聞いたことがある。首とは、日本語では頭部そのものを指す場合もあるって……」
頸部だけじゃなかったの?
曜丙のこういう時の知識はほぼ外れないから、事実なのだろう。
知識の幅が増えたが、素直に喜べない。
「うわ……」
いくら切れ味のいいものでも、人の体を刃物で貫くと、断面も傷口も見苦しくなるものだ。
人間だったら、二つに割れた脳みそがこぼれるといったグロテスクな光景になるところであったが、これはお面なので真っ二つに両断されているだけで、まだセーフだ。
ただし、真っ赤な血潮は白いベッドを染め上げていく。
白い馬のお面の時から思っていたけど、どこから血を調達しているの。
知りたくないけど、疑問には思ってしまう。
“あ……あ、ああ、ああああああああああ!”
頭が割れているのに、断末魔はあるのか。
口まで切れているようだけど、喉は無事だったのか。
しかも、女の悲鳴。
青い犬と黄色い牛は、状況が状況なだけに性別不明なのだが。
わかりやすく叫ぶのは女と決まっているのか?
“こぼれる、こぼれてしまう、あたしの、命が、こんな奴に壊されてしまうなんて……。ウソだ、ウソだ、ウソだぁああ!”
否定的な断末魔。
見ているこちらとしては、どう考えても、死ぬしかないんじゃないかなって言うぐらいの致命傷だというのに。
アドレナリンの効果か。それとも、淡い希望にすがっているのか。
死ぬまであきらめない精神には感心するが、こうなると滑稽だ。
現実から逃避するモノを黙って眺めるというのは、こんなにも冷めた笑いがこみ上げてくるのか。
これが、愉悦か……。
変な扉が開きかかったところで、赤い羊は永遠の眠りにつく。
絶命したと同時に、あれだけ血に染まったベッドもあっという間に元の白いベッドに戻り、背景と一体化。
まるで、残すのは無価値だと言っているような不気味な静寂に、俺の背筋は凍る。
正直、赤い羊のお面の凄絶な死よりも、何事もなかったように静まり返ってしまうこの空間のほうが恐ろしく感じた。
「後は、男子トイレか女子トイレってところか」
東棟一階にある教室はすべて確認したのだ。
最後はトイレか……。
穢れという言葉がもっとも似合う場所。
怪異体験コースとしては、王道中の王道の場所だな。
「もしかしたら、この三行怪文とお面が分かれて置いてあるかもしれないし、両方探索はしようね、鋼始郎」
その前に、中庭チェックは忘れないけどね。
という暗黙の了解は、経緯を書き終え、自由帳を閉じた曜丙の目が言っていたような気がする。
口に出すのも億劫になってきたからなぁ。
これぐらいの省略はいつものことだと、俺たちは保健室を後にした。
中庭の墓石は、ついに一つになっていた。
「なくなったのは、
鷹が彫られたデザイン墓石。
羽が一枚一枚刻み込まれていて、よほどきめの細かいスポンジを使わないと綺麗に汚れが取れないだろうなと思っていた墓だ。
「で、例にもれず……墓跡には、赤い影……というか、影じゃなくなっているよね。卵になんかオーラがついているよ」
俺が撮ったスマホの映像を横から見ていた曜丙の感想である。
「そうだな。火の玉みたいになっているよなぁ」
「深く考えたくないけど……殺しているからってことか」
さまよえる魂が墓跡に居座っているというのか。
触れてはいけない知識だったかもしれない。だが、どんな小さなことでも見過ごしていけないと、俺の何かが警告している。
怪異空間に囚われている以上、何が生還への道につながるか、俺にはわからない。
だから、どんな些細なことであろうと、怖い情報であろうと目を背けてはいけないのだ。
どんなに恐ろしくても、必要なことだと割り切るしかない。
「残りの一つは
墓というよりも、墓庭という言葉の方が似合いそうな、小木に囲まれた墓である。
生前叶えられなかった夢を模した、赤子のモニュメントがあり、切なさと造形美を併せ持っている。
交通が不便なくろのみ墓地じゃなければ、ここまで荒れ果てることはなかっただろう。
それとも、小木は手入れが必要だというのに、作っただけで満足したのか、墓守が手入れしてくれると思ったのか、小木は成長しない造花かなんかと勘違いしたのか。
もちろん、くろのみ墓地に管理者はいるが、個々の墓の細かな清掃については、基本遺族任せだ。
猫脚とか細かい装飾が施されている墓は脆そうだものな。
破損させたら、責任問題とかが発生するから、触れたくないのは当然だろう。
で、勧夕家の墓は頻繁とは言わないけど、それなりに掃除のため訪問し続けないと、きれいに維持するのが難しいモノだった。
小木は大きくなりすぎたり、虫に喰われたり、枯れたりするものだからね。
今となっては無残で不気味な枯れ木だよ。
ある意味、墓場に最もふさわしい、荒れっぷり。
怖いもの見たさで遠くから眺めるぶんには、面白いと思う。
だけど、こんなところで見続けたいとは思ってねぇよ。
超怖い。
「後は変わったところはないかな」
「じゃ、トイレに行くか」
曜丙の自由帳に今までのことを書きとめた俺たちは、今行ける中で最後の探索場所のトイレへと向かった。
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