第10話 放送室
生徒数が二桁の時代は給食の時間に音楽を流していたらしいが、俺が転校した時には誰も使っておらず、半物置部屋になってしまった、古い機材が置いてある場所である。
ただし、この場では所狭しと並んでいた何が入っているのかよくわからない段ボールがすべて消えていて、机にはマイクやら学内に放送を流すには必要最低限であろう機材が、揃っている。
マイクの側に白い馬のお面がなければ、まともな教室に見えたのだが、残念ながらそうはならなかった。
「今回はホワイトボートか」
音楽室同様、不気味な文字で書きつづられた三行の言葉があった。
『やみぢに迷ふ獣どもはお前らを見ていた』
『豚どもには過ぎたる羨望であり愚行だ』
『理性を失いし憐れな獣たちを殺害せよ』
以上。
「今回は殺意の波動を感じるな」
思い出すのは、青い犬のお面の断末魔。
「やっぱり殺していたのか……なんとなくそんな気はしていた」
俺はしょげた。
このホワイトボードの言葉を鵜呑みにしたら、という条件が付くけど、感覚的に殺したような気はしていた。
予想はしていたけど、信じたくはなかったというほうが正しいのかもしれない。
突きつけられた事実に罪悪感を覚える。
「でも、人外だからな。危害を加えられている身としては、最低でも正当防衛だと言いたい」
曜丙の答えはドライだった。
「というか、嫌がらせか? 言い回し的には、僕たちの正統性を認めている気もしないでもないけど?」
善意なのか悪意なのか。
謎の三行の言葉に首を傾げつつも、やらなければならないことはあるわけで。
「張り切って、四番、歌おう」
気持ちを切り替える、それしかない。
だいたい自分を犠牲にしてまで、救いたい存在じゃないし。
そもそも俺たちをこんな心霊現象に巻き込まなければ、こんなことにならなかったのだ。
自業自得ってことで、死んでくれ。
それでなくても、俺たちはすでに一体殺してしまったのだ。これから残り四体(推定)殺したところで、戸惑う必要性は感じられない。
涙ぐらいは流してやろうか。もちろん、すべてが終わってからな。
「鋼始郎も結構いい性格しているよ。そこがいいところだけど」
「人間、やっぱり自分の身のほうが可愛いってことだよ。曲は頼んだよ、曜丙」
「はいはい」
俺は曜丙のリコーダーに合わせて、歌いだす。
「テン、テンテテン、テンテンテン、楽した馬、血を抜かれて、白くなるぅ♪ 白くなるぅ♪」
衝撃的な事実を知ろうと、歌いきった、俺たち。
残酷だと罵られようが、俺たちは俺たちの命の方が大事なのだ。
吹っ切れた感情のままに白い馬のお面の方に視線を向けると、ソレはガタガタを震えだしていた。
「なんだ、ポルターガイストか?」
さらに宙に浮かぶ、お面。
そして、どこからともなく現れたのは、細い竹。それも数本。
“いや、こ、来ないで! 痛い、痛いのは嫌なの! いやぁああぁああ……”
女の悲鳴。
何が起こるのか、わかっているようで、悲痛な叫びが放送室を占拠する。
反響音も凄くて、耳どころか頭もいたくなってきた時だったろうか……。
ザシュッ!
肉に竹が突き刺さった音だとわかるまで数分。
どう見てもお面なのに。タンパク質で構成でもされていたのか。
でも、この中心にひび割れているところをみると、肉には見えない。
なのに。
竹からは、赤い液体があふれ出てくる……。
「まさか、この竹……ストローの代わりか?」
竹の中は空洞だったらしく、突き刺した衝撃もあって、お面のくせになぜか内蔵されている、鉄さび臭い……ああ、もう、現実逃避するのはやめよう。
血だ。
真っ赤な血が噴出している。
そこで思い出すのは、かつて祖母の絵に描いてあった、楽した馬の惨殺死体。
失血死するまでストローを突き刺さした、無残な死体。
“ぎゃぁああぁぁぁああ、なんで、私がこんな目にぃ! 痛い! 痛いっ、苦しい、死ぬっ!”
ここで、さっさと死ね、と言わないだけでも、俺は人間性があると思っていいのかな。
喚き散らす女の悲鳴に、言いようがない嫌悪感を覚える。
恐怖よりも、なぜか不快感の方が強かった。
“なんで、私、殺されなきゃいけないの、いやぁああぁああ……”
……やっと、終わった。
うるさい白い馬のお面も、大量に巻き散らかされていたはずの血も消えてなくなった時には、深い安堵さえ覚えた。
「精神的に辛いな、コレ。怪異空間でお面を殺すことが、こんなにもきついことなんて知らなかったよ」
「普通体験できないことだから。教えてくれるほど知っている人は少ないだろうよ、鋼始郎」
自由帳に放送室での出来事を書きまとめる曜丙の表彰は暗く、心なしか青い。
「知ってても、この不快感は心の奥底に封じていると思うしね……」
オカルトに耐性がある曜丙でも、弱気になっている。
あんな血みどろと断末魔という、まさに心霊現象に相応しい状況を見せられたからね。
予想はしていても、実際目にすると気持ち悪い。
悪寒を感じ、胸どころか内臓ごと重くなる気がした。
軽口の切れも悪くもなるさ。
「あと三つか……先が思いやられるよ」
この白い馬のお面よりもグロテスクで無ければいいなと、非力な俺は願うしかなかった。
案の定、窓の外の中庭にある墓が一つ減っていた。
「なくなったのは、
生前本が好きだったのか、本型の墓石だった。
黒い石材を組み合わせて、本の形をイメージして造られた墓で、影彫りという特殊な彫刻技術で彫刻されている。
バラの花はまだいい。横のポエムがなんとも痛々しくて、苗字の草も相まって、墓場なのに全力で笑いをとっているのではないかと思ってしまうぐらいだ。
(瀟洒なバラはピースワールドで永遠の眠りにつく……って、そのまま彫るか、普通)
初めて見かけたとき墓場だというのに、顔がにやけてしまったのは、言うまでもない。
ネットスラングという不可抗力シュールギャグといい、笑いの神に変な方向で愛されているような墓は、俺の腹筋をダイレクトに襲ってきたものだ。
「うん、やはりこうなったか」
スマホで草家の墓があった場所を撮ると、白い影が現れている。
「ここまでは予想通りではあるのだけど……」
元天下井墓地の青い影も健在だ。
ただ、うっすらだったものが、大きくなった気がする。
「目の錯覚か。それとも、何かあるのか?」
嫌な予感はするが……何もしないはあり得ない。
「何かあったとしても、一つは残しておけば考える時間を稼げるかもよ」
二つは速やかに処置するってことですね。わかります。
「それに、勘だけど、この怪異空間に長居するのはもっと不味いと思う」
曜丙も感じていたか。
この心霊現象に巻き込まれる前、あの白い手に捕まった、嫌な感じ。
悪いモノなのは、絶対だ。
そんなモノに引きづり込まれた空間がいいモノなわけがない。
一刻も早く抜け出さないと、取り返しのつかないことになりそうだ。
(すべてまとめ、ひっくり返して、おしまいだ……だしな)
黄魁橋で確かに聞こえた、キゴミのわらべ唄の最後の歌詞は、この雨空よりも暗くおぞましかった。
初めて目にし本能的に感じた恐怖を心に留め、俺たちは次の教室へと向かった。
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