宇宙に漂う一隻の船の謎

 漂流している宇宙船に出くわしたのは、宇宙警備パトロールをしているササナカ・ヨウヘイにとっては初めてのことだった。

 毎日決まった航路を巡回し、異常がないかを確認する単調な作業。

 航宇艇で逃げ出したコロニー犯罪者を追いかけるという経験は何度かしたものの、救難信号を発している巨大な宇宙船と遭遇するとは思ってもみなかった。

 ヨウヘイはすぐさまコクピットの中から通信を試みた。


『こちらXY4411宇宙警備パトロール。救難信号を発してるが、なにか異常事態か?』


 しかし、ヨウヘイの問いかけに相手は一切答えなかった。

 スピーカーからはノイズの音だけが聞こえてくる。


『こちらXY4411宇宙警備パトロール。救難信号を発しているが、なにか異常事態か?』


 ヨウヘイは再度通信を送った。

 やはり巨大な宇宙船は、まるで聞こえていないかのように応答しない。

 周波数は合っている。

 現に、音声が届いているランプは点灯している。

 しかし応答がない。


 再度呼びかけようとした矢先、反応があった。

 ノイズの音にかき消されながらも向こうから通信がきた。


『……すぐ……せ……』


 しかし雑音がひど過ぎて何を言っているかわからない。


「なんだ? ノイズがひどすぎて聞こえない。もう一度言ってくれ」

『……こ…じく……いる…………れ……』

「なんだって?」

『……………』


 通信は、それが最後だった。

 以降、何度通信を試みても相手からの応答はなかった。



 なにかおかしい。



 ヨウヘイはそう悟るとすぐさま宇宙服に身を包み、本部へと連絡を入れた。


『こちらXY4411。救難信号発信中の正体不明の宇宙船と遭遇。通信を試みるも雑音で聞き取れず。今から乗り込んで中を確認する』


 その躊躇(ちゅうちょ)ない行動は20年間培ったパトロール経験の賜といえるものかもしれない。

 正体不明の不気味な宇宙船の単独調査。

 他の隊員であればためらうようなことでも、彼にとっては当たり前の行動であった。


 ヨウヘイは念のため光線銃を持つとパトロール艇を宇宙船の船底につけてワイヤーで固定した。


「でかい船だな……」


 遠目からでもその大きさはわかっていたのだが、こうして近くまでくるとその巨大な迫力に目がくらむ。

 船体の前部と後部がまるで見えない。

 おそらく全長1㎞はあるのではないか。

 このクラスの宇宙船ともなると、その出所は限られてくる。

 限られた人間しか乗れない豪華客船か移民用の船だろう。



 しかしそういった船が出航したという話は、ヨウヘイの記憶の中にはない。

 毎日、どこのコロニーでどんな船が出航するかを確認しているのだ。

 これほどの規模だと、まず間違いなく記憶に残るはずである。

 船底から見える船の名称は見知らぬものだった。


 ますます謎が深まる。


 もしや密入国船か。

 はたまた海賊船か。


 ヨウヘイはゴクリと喉を鳴らし、船底にとりつくと外側のハッチを開けた。

 空気の漏れ出る音とともに、内部のハッチが閉じる。


 どうやら電源は働いてるらしい。

 気密センサーが作動しているのが何よりの証拠だ。

 ヨウヘイは中に入り、外側ハッチを閉じると気密室の中に空気がいっぱいになるまで待った。


 その間に船体の中をX線でスキャンする。

 範囲は狭いが、人間や動物がいればなんらかの反応を示すはずだ。



 だが、船内には何もいないようだった。

 少なくとも、周囲数十メートルの範囲には人はおろかネズミ一匹いない。


 そうこうするうちに気密室に空気がたまり、ヨウヘイはようやく宇宙服のヘルメットを脱いだ。

 不測の事態に備え、ヘルメットはすぐにかぶれるように肩から背中にかけておく。


 そうしていよいよ内部ハッチに手をかけた。

 動体センサーに反応がなかったとはいえ、ここは宇宙だ。

 何が起きるかわからない。


 ヨウヘイは光線銃のグリップを握りしめ、ハッチを開けた。



 乾いた音とともに、ハッチが開かれる。と同時に、ひんやりとした空気がヨウヘイの身体を包み込んだ。

 絶対零度の宇宙空間において船の空調設備は重要だ。

 定期的に行われる点検項目でも最重要箇所と位置付けられている。


 どうやらそれが上手く作動していないようだった。


 つまりこの船には空調設備を整備できる人員がいないか、船自体が大きな損傷を受けているかのどちらかということになる。

 それはそれですぐに本部に報告しなければならない事案だったが、ヨウヘイは引き返さずさらに歩を進めた。


 まずはこの船の出所を突き止めなければ。

 その使命感が彼を突き動かしていた。


 明らかにこの船はおかしい。

 これほどの巨大な船が宇宙空間をさ迷っているだけでも異常なのに、船内には人の気配が感じられないのだ。

 少しだけ通じた通信も怪しかった。

 まるで中に入って欲しくないかのような必死さが感じられた。


 もしかしたら、とヨウヘイは思った。

 もしかしたら宇宙犯罪者テロリスト集団に襲われたのかもしれない、と。

 だとすれば、放っておくわけにはいかなかった。

 ヨウヘイは正義感の強い男でもあった。



 光線銃を握りしめながらしばらく進んでいくと、貨物室のような場所に出た。

 大きなコンテナがアームで固定され、整然と並んでいる。

 その数は計り知れなかった。

 はるか前方まで固定されたコンテナは続いている。 

 これほどの規模の貨物室は見たことがない。


 さらに積荷は厳重に保管されていて、ヨウヘイの持っている道具では開けられないようになっていた。

 いったい何が入っているのだろう。

 コンテナに記載されたロゴを見ても、よくわからなかった。


 しかし、そこに描かれたエンブレムを見て、彼は何か引っかかるものを感じた。


 シャトルの周りを月と地球が回っているようなエンブレム。

 具体的にどう、というのは思い出せないが、見たことのあるエンブレムだと思った。


 ますます謎が深まる。



 しばらく進むと、居住区のような場所に出た。

 枯れ果てた大きな木を中心に、いくつものドアが円形に並んでいる。

 木の側にはベンチがあり、語らいの場が設けられていた。


 しかし、肝心の人間は一人もいなかった。


 ドアも完全にロックされており、外からは開けられないようになっている。

 誰かが来たことで、慌てて中に逃げ込んだのか。

 はたまた、不慮の事故で出られなくなったのか。


 出られなくなったのだとしたら……。


 ヨウヘイは一つの可能性を想像して身震いした。

 木の枯れ具合からして、この船はそうとう古い。

 中に人がいたとしたら、もう生きてはいないだろう。

 場合によっては白骨化してるかもしれない。

 ヨウヘイはロックを解除してまで開ける気はなく、コクピットを目指すことにした。

 少なくとも、そこから通信が入ったのだ。誰かがいるはずである。



 侵入した場所とコクピットの位置を計算し、ヨウヘイは歩を進めた。


 居住区をすぎると、今度は真っ暗な空間に出た。どうやら照明が落ちているようだ。

 すぐさま宇宙服の両肩についたライトを点けて辺りを照らす。

 暗くて不気味な通路がずっと続いていた。

 手元の360度方位計を見ながら、ヨウヘイはコクピットを目指した。

 侵入した場所から考えてそう遠くはないはずである。


 案の定、10分も経たずにコクピットにたどり着いた。


 巨大な船と同じように巨大な扉が目の前を塞いでいる。

 この扉もまた居住区の扉と同じくロック状態になっていたが、ヨウヘイは腰からケーブルを引っ張り出し、センサーに差し込むと解除を試みた。

 扉がロックされるという事故は比較的少ないが、こういう時のために全警備隊員に配備されているオートロック解除の機械である。


 ロックの解除は思った以上に時間がかかった。

 厳重にいくつものロックがかけられているのか、はたまた別の要因か。

 何はともあれ、無事に扉のロックが解除されるまで優に5分はかかってしまった。

 宇宙警備が誇る最新鋭の機械をもってしてもである。


 やはりこの船は何かある。


 ヨウヘイは光線銃のグリップを再び握りしめ、コクピットの扉を開けた。

 ゴウン、という大きな音とともに縦横3メートル以上ある大きな扉が斜めに開いていった。


 そこでヨウヘイが目にしたものは……。




 何の変哲もない巨大宇宙船のコクピットだった。




 指揮を執る船長席を中心に、半円に座席が並び、それぞれの場所にモニターが設置されている。

 おそらくはそれぞれの場所に人が座っていたのだろう、色あせた蓋つきのコーヒーカップがところどころ置かれている。

 しかし、肝心の人間は誰もいなかった。


 つい先刻、ヨウヘイはこの場所から通信を受け取ったはずなのに、である。

 誰もいない。

 通信装置に目を向けると、そこには受信した痕跡がはっきりと示されていた。



 やはり、自分はここで誰かと交信した。



 ヨウヘイはすぐさま船長席に向かい、航海データを閲覧した。

 そこには2534年という年表が表記されていた。


「これは……500年も昔の船じゃないか」


 航海データによれば、2534年にこの船は月を出発している。

 今よりも500年も前のことだ。

 つまり、この船は500年間ずっと宇宙空間に漂っていたことになる。


 誰にも見つからずに500年……。

 そこでヨウヘイははたと気が付いた。


 貨物室で見たエンブレム。

 あれは、歴史の資料に載っていた大昔のとある会社のエンブレムではなかっただろうか。

 今なお謎が残る『突如消息を絶った巨大宇宙船』を保有していた会社。


 500年も前のことなので定かではないが、確かその会社は巨大宇宙船に大量の時空発生装置を乗せてタイムトラベルを計画していたとされている。

 ヨウヘイのいる現代でもタイムトラベルは実現できていないが、当時はかなり本格的に取り組んでおり、実現するのではないかとの呼び声も高かったらしい。


 しかしそんな中、実験中の宇宙船が突如消息を絶ち、二度と現れることはなかった。



 だとすれば、この船は……。



 船の航海記録を表示すると、不思議なことにこの船は2534年のまま動いていなかった。

 たとえ500年間さ迷っていたとしても、そのルートや距離、時間が加算されていくはずである。

 だがこの船は2534年のまま、同じ場所、同じルート、同じ距離しか表示されていない。


 これはどういうことだ。

 ヨウヘイは眉を寄せた。


 と、その時。

 通信装置の電源が入った。

 別の誰かがこの船に通信を入れている。

 すぐに通信席に向かい、耳を傾けた。



『こちらXY4411宇宙警備パトロール。救難信号を発してるが、なにか異常事態か?』



 その言葉にヨウヘイは耳を疑った。

 XY4411宇宙警備パトロール。それはまさに自分のことだ。

 自分がここにいるにも関わらず、船外から自分が通信を送っている。

 発せられている声も、自分の声に似ている気がした。



『こちらXY4411宇宙警備パトロール。救難信号を発してるが、なにか異常事態か?』



 通信はなおも返答を求めている。

 ここにいたって、ヨウヘイは自分の置かれている状況を察した。



 間違いない。

 この船は、同じ時間軸をループしている。



 つまり、一定の時間帯を繰り返しているのだ。

 原因はわからないが、おそらくタイムトラベルの実験でイレギュラーが発生したのだろう。

 一定の同じ時間を繰り返すというタイムループに巻き込まれてしまったのだ。

 ということは、自身もまたそのループされた時間の中に引きずり込まれてしまったということか。


 ヨウヘイは戦慄した。

 だとすれば、船外で通信を送っている自分の身が危ない。

 彼は慌てて通信機に顔を近づけた。


「おい、すぐに引き返せ!」


 ノイズのあと、船外から自分の声が聞こえてきた。


『なんだ? ノイズがひどすぎて聞こえない。もう一度言ってくれ』

「この船は時空が歪んでいる! すぐにここから離れろ!」

『なんだって?』


 ダメだ、ノイズがひどすぎて聞こえないらしい。

 どうにかして引き返してもらわないと。

 ヨウヘイはコクピットの扉を再びロックすると、船の行先を変更しようとモニターに手を伸ばした。


 次の瞬間、彼は虹色に光る宇宙を見た。

 きらきらと眩しく辺りを包み込む七色の光。

 宇宙空間では絶対に起こりえない光の現象に、ヨウヘイは息を飲んだ。


「なんだこれは……」


 コクピット内の計器が激しく揺れる。

 その場の空気が一瞬で沸騰したかのような変な感覚に襲われた。

 そして、彼の姿は一瞬にしてかき消えた。

 霞のように音もなく。


 あとに残ったのは、ヨウヘイが扉を開けて入ってきたのと同じコクピット内である。

 通信装置からはなおも船外にいるヨウヘイからの通信が入っていた。

 しかし、答える者はもう誰もいない。



 宇宙に漂う一隻の巨大宇宙船。

 この船は未来永劫、このタイムループを繰り返す。

 まるで時間に取り残されたかのように、ひっそりと。

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