十、進行速度

 朝活二日目。今日は麻結が不参加となった。オレが提案した段階で「毎日は無理」と言われていたため、致し方ない。茉実ちゃんのこともあるし、そもそも河原さんも朝練があり、不参加になる可能性のある人は一人ではない。

 天気は小雨。傘をさす程ではない。これなら少し体を動かしても大丈夫だろう。

 オレは駅のトイレで着替えるつもりでジャージで来た。

「ホンマに運動する気か…?」

 オレの恰好を見た有紀は引き気味にそう言う。

「話すだけだと間が持たないこともあるだろうし、何もしないのは時間がもったいないし」

「それはもっともやけど…」

 有紀と同じく河原さんも引いているし、行人は驚いている。しかし気にしていたら何にもならない。

 というわけで柔軟から始めたら河原さんが驚いた声を出した。

「え、は?なんでそんなに曲がんの!?」

「そう?」

 オレは手始めに前後屈から入った。まず体を前に倒したのだが、驚かれてしまった。

「『そう?』やないわ!そんな柔らかいなんて知らんかったぞ!」

「…姉さんたちも知らなかったの?」

 行人の言葉に河原さんと有紀が勢いよく首を縦に振る。目線が逆さのオレからするとちょっと面白い動きに見える。体勢を戻し、手のひらにしっかりと付いた土汚れを払い、身体を後ろに倒す。

父親はそこまでではないが、母親はかつて体操をしていたそうで、身体が柔らかい。その血筋か、風呂上りに水分補給をしたら柔軟をする習慣のお陰か、オレも相応の柔らかい身体になっていた。前屈すると手のひらが余裕をもって着くし、脚も前後、左右両方向ともほぼ百八十度に開く。I字バランスはまだできないが、Y字ならできる。このところはトレーニングの成果か体幹も身についてきたようで、そこまでふらつかなくなってきた。

 新体力テストでは特に隠すことなく行っているが、よくよく考えてみれば測定はおおよそ男女で別れて行う。その関係上、同じ学校でも二人は知らなかったようだ。この調子だと麻結も知らないかもしれない。

 伸脚をしながら、

「別に隠してるわけじゃなかったんだけど」

と言うと、

「いや、ありえないわ…高宮の癖に…」

と河原さんに嫉妬混ざりに言われた。河原さんはオレよりか身体が硬いらしい。

「意外な特技やな…」

 有紀まで呆然とした様子でそんなことを言う。流石に傷つく。

「ひどいなぁ…」

 そう言いながら屈伸に移る。順番はいつも適当だ。思いついた順にやる。一通り準備運動を終え、さて低いけれど鉄棒があることだしぶら下がって腹筋でも鍛えようかと思っていると、有紀から

「そういや、麻結とはどんくらい進行したん?」

と言われ、意識をそちらにもっていかされた。血液が顔に集まる。

「ちょっ…」

「あたしも気になる」

「ボクも」

 残りの二人も間を置かずに有紀の話に乗っかる。河原さんは麻結のことが心配なのもあるだろう。行人は、多分ただ単に興味があるだけだ。オレは逃げ場が無くなった。

「さァ、話せ」

 有紀が面白そうにこちらに詰め寄る。ゆっくりと距離を詰められる。

「で?どこまで行ったん?抱きしめたかァ?それともキスかァ?その先って可能性も…」

「ちょっと待って!」

 もう観念することにした。

「どうなん?」

「―」

「何?」

 声が小さすぎたようで聞き取れなかったらしい。

「たまに手は繋いでる…」

 有紀が「ハァ…」とため息を吐いた。

「もう一年経ったやろ…」

「幼稚園児?」

 河原さんの一言が容赦なく刺してくる。

 違うと言いたいが幼稚園児並みの進行速度という評価は世間一般からすると普通だろうし、否定できない。

 最初の一回目、麻結の誕生日に指を絡めたつなぎ方をしたときがまずかった。感極まったあまりオレが気を失ったのだ。

 あとになって二人で何が原因か考えてみた。気を失う前に熱ぽくなっていたことと、オレたち能力者が感情によって身体の機能が左右されることが大きな手掛かり。そして、チカラの源がある程度身体から失われると血の気が引けて気を失うことが大まかに分かっていることだった。

 手をつないで熱を出して気を失った原因を大真面目に考えていたオレたちは、麻結の一言で手がかりを得た。麻結は「逆だったらどうなんだろうね?」と。チカラの素が多すぎた場合はどうなるのか。身体という器に入りきらない行き場を失ったチカラの素がどうなるのか。

 以前、麻結と話しているときにカッと体が熱くなったことはある。それがその程度で済まなかったら。一時的なものではなくある程度継続的なものだったら。

 地下室の資料を漁っていたら裏付けるものが出てきた。『身体と魔』という本だった。その本では能力者ではなく「魔法使い」という表記ではあったが、内容はオレたちの血筋に関するものだった。


 体内の魔力は様々な要因によって増減し、その増減によって魔法使いたちは様々な影響を受ける。増減する原因としては次のことが考えられる。感情による増加、他派閥とのかかわりによる無意識の減衰、そして他の魔法使いに対しての魔力の譲渡、魔法の使用による減少である。

 これらの原因によって魔力が増減した結果として、体調に影響が表れる。少量の増減であれば、好調不調程度である。

しかし、著しく増加した場合、身体が熱を持ち、重怠くなる。あまりにも多量になった場合、そのまま気を失ってしまうこともある。そうなる前に自身で魔力を外に排出するか、消費することによって魔力の調整を行う必要がある。

 一方、著しく減少した場合は、血の気が引き、全身の力が抜ける。また、頭痛、吐き気、平衡感覚の低下、倦怠感、虚脱感などの諸症状が現れる。さらに膨大な魔力を有する魔法使いは生命維持と魔力が直結してしまうため、多量に体内から魔力が失われると死に至ることもある。


 非常に恐ろしい内容であることは確かだった。能力の素が無くなって死ぬというのは能力者の末路の一つなのだろう。普通の人に例えると失血死のようなものだろうか。どちらにしろ、そんな死に方はしたくない。

 読んだ感想は死の恐怖が一番に来たが、オレたちが知りたかったことはそこではない。『著しく増加した場合、身体が熱を持ち、重怠くなる。あまりにも多量になった場合、そのまま気を失ってしまうこともある。』オレの身に起こったことと符合する。

 同じようなことがそう何度も起こって欲しくないオレと麻結は、過度の接触を避けることを決めた。オレはそう何度も気を失いたくないし、麻結も心配する。

 触れ合いが少なくなることに少し物足りなさはあるものの、お互いのためにそう決めた。だが、それをこの場でつらつらと説明するのは気が引けるし何より恥ずかしい。そんな余計なことを考えるからヘタレだなんだと言われるのかもしれない。いや、それ以前の問題か。

 オレや麻結の葛藤を知らない二人は呆れた顔をしていたが、行人だけ感想が違う方向性だった。

「え、結構長いね?」

 そういえば行人には付き合っていることは話したが、いつから付き合っているとは話していなかった。

「広瀬さんが悠一と付き合ってることを話すとき照れていたから、てっきり付き合い始めてからそんなに時間が経っていないもんかと思ってたよ」

 行人の言葉に河原さんが反応した。

「麻結が照れて…見たかったような見たくなかったような…」

 そういえばあの場に河原さんはいなかったなと今更のように思う。

「こう、もうちょっと進行してるもんかと思うとったよ…」

 有紀ががっかりしたような様子を見せた。だが納得したように続ける。

「まァ、両片思い期間長かったからなァ。進行も遅いかァ…」

「ちょっと気になる…」

「行人、興味持たないで…」

 これ以上過去のあれこれを掘り返されたくはない。そう思って居ると、有紀が言った。

「…後で話すわ」

 有紀が行人にまともに会話する気を見せたことにオレは驚いた。

「え?う、うん」

そして当たり前ではあるが当の本人である行人も驚いていた。

 有紀が行人と話す話題を持ち、自ら話そうとしたことは素直に喜ばしかった、自分の恥ずかしい話でなければ。恥ずかしさと双子の距離感が詰まったことにほっとしたのがないまぜになる。喜んでいいのか恥ずかしく思った方がいいのか分からない。

「勝手にして…」

 絞り出すような声を聞いた有紀は心底楽しそうに、

「おう、勝手にするわァ」

と言った。

 行人はそんな自身の姉の様子を意外そうに見ていた。

 結局時間があまりなくなり、オレは準備運動しただけで学校に向かうことになった。話しながらできることを探さなくてはならない。しかし、双子の距離感が少し縮まった気がして、生贄になった自分の過去に目を背けたまま、純粋に喜ぶことにした。

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