三題噺「追憶」「コーラ」「常習犯」
白長依留
追憶の代償
「せーんぱい。どうっすか、今日の味は」
ニヤニヤと口角を上げて、後輩の吾妻が詰め寄ってくる。
うっぜぇ……こちとら、好き好んで味わってるわけじゃねーっつーの!
だまってりゃ美人のくせに、性格と言動がすべてを台無しにしている吾妻。夏用の薄手の制服もしっかりと着こなし、黙ってりゃそれだけでいい男を捕まえて勝ち組だろうに――ああ、もったいねぇな、ざまあみろ。
「なに犯人みたい顔してるんすか。さっさと仕事してくださいよ」
「誰が犯人だ誰が。これから犯人を見つけるんだろうがよ」
KEEP OUTのテープと、ブルーシートに囲まれた世界で、まるで俺たち二人から距離をとるように他の人員が作業をしている。
「まだ被害者の記憶は大して飲んでねーよ。これからだ、これから。急かすんじゃねーよ」
「先輩は特技がなければ就職すら怪しかったんですから、拾ってくれた恩を忘れないでくださいよ」
吾妻よ、今日も素晴らしくうざいな。
俺が今、手に持っている瓶の中身を無理矢理にでも飲ませてやりたい。とは言っても、そんなことをしたら、吾妻の精神が壊れるが別人になってしまうので、さすがにやらないが。
俺の不穏な空気を感じたのか、吾妻が一歩後ずさる。
顔とスタイルだけじゃなくて、勘もいいのかこいつ。これでこいつがリア充じゃないって、世の中間違ってるぜ、センキュー。
「とと、やっべ。記憶がバカなことしている間に、どんどん記憶がとんでいっちまうぜ」
殺されたと思しき遺体から、記憶を抜き出した結晶。黒く濁った液体の結晶からは、コーラのように記憶の泡が立ち上って、天に帰るように空へと昇っていく。
先ほどの味見で、この被害者がまっとうな人間じゃないことは確認済みだ。被害者の記憶に俺の心と記憶が侵されないように、慎重に記憶の結晶を飲み込んでいった。
「あの、大丈夫なんですか? さっきからピクリともしませんけど」
「ああ、先輩なら大丈夫ですよ。これでも平安から続く霊能者の末裔ですから。それに、百年に一人の天才って言われているんですよ」
さっきまで先輩を怖がり、近寄ってこなかった鑑識の男が声をかけてくる。
言葉とは裏腹に、先輩の事を心配しているなんて思っていないと思え、油断するな。
先輩が意識を手放し、被害者の記憶を追憶している間はどうしても無防備になってしまう。この鑑識の男の真意がどこにあるのかなんてどうでもいい。先輩を害する可能性がある者は、排除するだけだ。
「それよりも、そちらの仕事は終わったんですか?」
「え、あ、いや。ちょっと休憩してただけですのでおかまいなく」
笑わない笑顔を鑑識の男に向ける。相手にどう伝わるか、今までの人生で嫌と言うほど効果を理解している。
「くだらない。ねえ、そう思いませんか……先輩」
八の字に足を開いた、いわゆる女の子座りした私の膝上で、先輩が静かに息をしている。周囲の人間たちは、私と先輩がコンビを組んでいるように見えるらしい。事実、同じ班員として行動を共にすることは多い。でも、先輩だけが今の状況を知らない。能力を使っているとき、自身がどんな状態にされているか。
ぼやーっとする視界で、今が夕暮れなのだと理解した。今回の被害者の記憶は、はっきりいってクソだった。追憶した記憶も自我もすべていますぐ洗い流したい。
「せんぱーい? 仕事が辛いからって放棄するのは駄目ですよー? 国民の血税をもらってご飯を食べさせてもらってるんですから、ちゃんと働かないと」
てめえは少しは俺の心配をしやがれと、一瞬声を荒らげそうになったが、被害者の記憶がちらついて、嘔吐きそうになる口を閉じた。
「せんぱい?」
「お前こそ、俺が寝ている間はちゃんと仕事してるんだろうな。いっつも思うんだが、俺と一緒に居るとき、お前仕事してなくねーか?」
「何言ってんすか! 先輩と一緒に仕事してるんですから、先輩の功績は私の功績でもあるんですよ?」
あー、いますぐコンクリに埋めて、東京湾に沈め――じゃないじゃない、被害者の記憶に引っ張られるな。こいつをぶん殴りたいが、そこまでは俺の考えじゃねぇ。
「飯おごれ」
「え?」
「だから、今日の夕飯をお前が俺におごれ」
「普通、男がか弱い女性におごる――」
「次は無ぇ、おごれ」
「あ、はい」
珍しく怯んだ表情で、首をおとなしく盾にふる吾妻。ふう、これで今日の仕事のストレスをなんとか発散できそうだ。
班長を名前を呼ぶと、ブルーシートの外から無精ひげの男が現場に入ってきた。
「いやー、臭うね臭うね。じゃ、結果だけ聞こうか」
「班長、この女より仕事してないって思われても知りませんよ」
「歯に衣着せないね。で、犯人は?」
被害者は傷害が器物損壊の常習犯で、もっと言えばよろしくない集まりに属する人間だ。そんな人間に手をかけたのも、同じく堂々と表を歩けないような人間だった。
「こりゃ、事件の報道の仕方を間違ったら、ちょっとしたドンパチ騒ぎになるかな?」
だらけた笑みを浮かべているが、班長の目は鋭く光を放つ。
普段からそうしてりゃいいのに、なんでいっつも仕事をさぼるかのように現場から少し離れているのやら。
「今日は二人ともご苦労さん。きょうはもう上がっていいよ」
「いやいやいや、報告書とか色々ありますから」
「これでも僕は部下を大事にする派なんだよ? 他から茶々が入ってきたら、裏から手を回して黙らせるから平気平気」
堂々と言うな堂々と。
「せーんぱい。班長がこういっているんですから、もう帰りましょうよ。ほら、今日の金ローは、あの最新作の最速放送――」
「よし、今日の夕飯はウナギに決めた」
「ふぇ!?」
今日の気分の悪い記憶の口直しだ、たまには高級飯も悪くないだろ。まあ、さすがに高級飯を食うんだから、割り勘にしてやるか。
「せ、せんぱーい! 後輩がかわいくないんですか? 今月ちょーっときびしいんですよ」
「じゃあ、口直しにお前の記憶でも見せてくれるか?」
「……」
な、なんだ? ほんの冗談のつもりだったのに、こいつ固まったぞ? 俺がそんなことすると思ってるのか? だったら、まじでショックだぞ。
「なんだかなぁ、若い人間は若い人間同士楽しくやっててくれや。ほら、仕事の邪魔ださっさと吾妻連れて帰れ帰れ」
滑らせた口から漏れた言葉は撤回できない。俺が今まで飲み込んで追憶してきた記憶と一緒で、なかったことには出来ない。
格好良く言ってみたが、一言もしゃべらない吾妻が不気味すぎて、俺はどうしたらいいか分からなってくる。
「先輩」
「お、おう!」
「これからも、よろしくお願いします」
「あ、ああ」
機嫌が直ったのか直っていないのか、いまいちよく分からない吾妻を連れて、豪華な晩飯で気分転換するしかねぇと思った。
三題噺「追憶」「コーラ」「常習犯」 白長依留 @debalgal
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